第122話 恋は戦争(1) at 1995/7/16

「えっと……待った?」


「あ! い、いや、全然! ぼ、僕も、い、今来たところだから――!」




 そして、日曜日の一〇時。




『咲山団地センター』のバス停そばの屋根付きベンチで抜けるような青空を見上げていた僕の目の前に、ひとりの少女が姿を現した。今日の最高気温は二十七度。また暑くなりそうだ。


 若草色のサマードレス風ワンピース。胸元はスクエアに切り取られ、肩口はふんわりと膨らんだパフスリーブだ。そして黒髪の上にはリボンをあしらったつば広のストローハットがちょこりと載っている。その下で、照れたように笑っているのは――純美子だ。


 実のところ僕は、昨日の晩からどうにも落ち着かず、今日も十五分前には到着していたのだけれど、ベンチから跳ね起きるように立ち上がると――いや、立ち上がったはいいが、どうすべきかわからずにそのままぎこちなく笑い返すので精いっぱいだった。




(まずは、ファッションを褒めなさいよ? かわいいね、とか、よく似合ってる、とか――)




「き、今日も、あ、暑くなりそうだね」


「うん。そうだね。えっと……次のバスは、っと」




(――褒めなさいって言ってるでしょうが、馬鹿ケンタ!)




「あー。えっと……スミちゃん、その服、とってもよく似合ってるよ。か――かわいい」


「ふぇっ!? あ、ありがと……。う、嬉しいな、とっても」



 純美子はたちまち真っ赤になって、帽子のつばを引き下げて表情を隠してしまった。うまくいった――とこそばゆい気持ちになりながらも、脳内で盛んにげきを飛ばす広子に閉口する僕。



(ほーら、言ったとおりでしょ!? このロコ様に任せておけば、万事うまく――)



 思わず苦笑いを浮かべそうになる。


 と、同時に、昨日の晩、なかなか眠れなかったわけを考える。もちろん、純美子との『デート(仮)』が気になっていたのは事実だ。けれど、それだけではない、そんな気がしていた。



(僕にとって、ロコは師匠で、兄貴分で、幼馴染で――)



 あとひとつ、何かが足りない気がして、心がざわめく。

 その『あとひとつ』って一体――?



「あ! バス、来たよ、ケンタ君!」


「ホ、ホントだ、いいタイミング! じゃあ、乗ろっか!」



 僕らは揃ってバスに乗る。


 いつか口にした、『今この一瞬を頑張れ。一分一秒に全力を尽くせ』――その言葉を胸に。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「今日行きたいところ、ちゃんと話せてなかったよね。あの……ゴメンね?」



 町田駅までの車内で、純美子は僕にこう言って済まなそうに微笑んだ。



「まあ、学校じゃ、なかなか、ね? しようがないよ、スミちゃんが悪いわけじゃないんだし」



 バスに乗り込むや否や車内をくまなく索敵サーチして、クラスメイトがいないことは確認済みだ。


 こうして二人だけの『ヒミツ』を共有するのは不思議とドキドキして楽しい――それは間違いないのだけれど、昨日のロコとの予行演習では、むしろ僕の方が病的に神経質だと思えてしまうくらい、ロコは周りを一切気にしなかったっけ。なんとも対照的な二人である。



「……ケンタ君?」


「あ、い、いや、なんでもない、なんでもない! ……で、スミちゃんはどこに行きたいの?」


「中央図書館に行きたいな、って。ほら、最初の頃、好きな本はーって教えてくれたでしょ?」


「うんうん。そうだったね。じゃあ、古ノ森オススメの推薦本を披露するよ!」


「やった!」



 町田市立中央図書館は、一九九〇年に開館された五〇余万冊を越える蔵書を誇る巨大図書館であり、施設としてもまだ新しかった。『町田バスターミナル』から徒歩二分、という近さも魅力である。



(昨日もロコと来た……なんてのは、口が裂けても言えないな……。これって偶然、なのか?)



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