第69話 その9「好きな子と鎌倉の町を散策しよう」(2) at 1995/5/31

「お早う、ケンタ君!」


「お、お早うございます……」


「ふむ……。一番になるかと思っていたのですが。みなさん早いですね」



 渋田としばしの別れの挨拶を済ませてからしばらく経った頃、待ち合わせ予定より五分早いタイミングで、僕を含め四人のメンバーが揃った。だが、ロコの姿だけはまだ見えない。



「そろそろ混みあってきたなぁ……」



 世間的にはド平日なわけで、学校や会社へ向かう人たちで改札前はごった返していた。町田駅のあるJR横浜線のピークタイムは、七時三〇分から八時三〇分。横浜方面行きの南行き電車は、基本的に乗車する人の割合が多く、どっと降りるのは、町田駅をはじめとして新横浜駅までの区間の他路線乗り入れのある主要駅になる。僕はまわりのメンバーが混雑に巻き込まれないように改札口から少し離れた場所へとみんなを誘導して、ロコの到着を待つことにした。



「たぶん……あれかな?」



 約束の時間まであと三〇秒、という絶妙なタイミングで、人々が行き交うペデストリアンデッキの向こうからぴょこんぴょこんとテンポ良く弾むように揺れるポニーテールが見えた。



「ごめ……っ! 遅く……なっちゃ……って……!」


「大丈夫だよ、ロコちゃん! 待ち合わせ時間ぴったりだし!」


「マジ……ごめん……! 探し物してたら……さ……」


「だ、大丈夫ですよ、上ノ原さん。あ、あれ? そういえば、今日はポニーテールなんです?」



 確かにそうだ。いつもなら、体育の時間でも自慢の黒髪をまとめている姿はほとんど見かけない。すると、佐倉君のなんとなしの問いにロコは、急に挙動不審に思えるほど動揺しだした。



「!? あー……え、えっとぉ……気分、って奴? なんか、暑くなるって予報だったから!」


「で、でも、すっごくかわいいです! いいなぁー、どんな髪型も似合って……」


「そ、そーおー? あは、あはははは……」



 佐倉君のキラキラした憧れの視線を一身に受け、ロコはまんざらでもなさそうにポーズを取ったりなんかしている。途中、ちらっと何度か僕の方に視線が向けられた気もするけれど――まあ気のせいだろう。それにしても、ポニーテールを束ねている髪留めが妙に気になった。



「確かに、ロコのポニーテール姿なんて、子供の時以来見たことないなー。でも……くくくっ」


「……何よ。変質者みたいな嫌な笑い方しちゃって」



 変質者って。

 しかし、僕はどうしてもその一点をツッコミたくって仕方なかったのだった。



「その髪留め! ちょっと幼稚すぎないか? アレでしょ、昔テレビでやってた魔法少女の奴」


「そっ! そうだけど……」



 あ、あれ?

 凄い勢いで言い返してくるものだとばかり思っていたんだけれど。



 ロコのポニーテールを束ねている髪留めは、太めの空色の髪ゴムに、ハート型にカットされたサファイヤブルーの大振りな水晶とその両脇から天使の羽根のように生え出たパールホワイトのデコレーションが施されたデザインだった。けれど、材質はプラスチックか何かだろう。


 さすがにキャラクターやロゴは見当たらなかったものの、低学年の小学生女子をターゲットにしたおもちゃのアクセサリーのように見えたのだ。というか、具体的に番組名まで思い出せそうなくらいだ。ええと、確かアレは……。うーん、あともう一歩のところで思い出せない。



「そうだけど……何よ、ケンタ? それでなんなの?」


「いやいや。それさ、確か何とかってアニメの。違ったっけ?」


「………………それだけ?」


「え? そ、それだけって……そうだけど?」


「………………あっそ」



 問い詰められた僕がしどろもどろになってそう答えると、ロコは突然不機嫌になったようにぷいとそっぽを向いてしまった。どのアニメか当てられないだけでそんなに怒らなくっても。



「じ、じゃあ、みんな集まったし、そろそろ出発しようか。切符、買い忘れのないようにね」



 ロコの髪留めの、サファイヤブルーの水晶がきらりと輝いて、再び僕の記憶を揺り動かした。



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