第65話 未来をあきらめるには早すぎる at 1995/5/29

「――と思うでしょ?」



 いちいち桃月が茶々を入れてくるのがとっても邪魔……なのだが、僕はいっそそれを逆手にとって、どうしても小難しくなりがちな説明話の合いの手代わりに利用してしまうことにした。



「でも、昭和の大スターだって、顔の大きさの割に背が低い人が多かったんだぜ? それにさ、背は低かったって書かれているけど、当時の一六五センチって結構大きい方だったんだ。『平治物語』では『年齢より大人びて見えた』という一文があるし、案外ひがまれてたのかもね」


「ふーん。なるほどねー。わかるわー」


「あとさ、実は政子の前にも伊東祐親すけちかの三女・八重姫がいて、彼女が頼朝の最初の妻だったんだ。残念ながら八重姫の父・祐親が激怒してしまい、離婚させられた上に子供も殺されちゃったんだけど……。追っ手を放たれて、窮地きゅうちに陥ったところでかくまってもらった先が北条家なのさ」


「すっご! 超映画みたいなんですけど!」


「でしょ? 北条家に匿われて過ごすうちに、頼朝と政子は恋仲になった。でも、京から戻ってきた時政はそれを知って猛反対! そりゃそうだよね、なにせ敵側武将の生き残り、罪人なんだから。でも、政子は絶対に頼朝と結婚すると言ってきかなかった。どうしてだと思う?」


「うーん……やっぱイケメンだから? イケメンは正義っしょ!」



 そこから離れろよ、もう。

 お前の興味は、イケメンかそうでないかしかないのか。



「実は政子は、頼朝がいずれ天下を獲ることを予見していたんだ、って話があるんだ。政子の妹がある時、太陽と月をてのひらに掴む夢を見たんだけど、政子は『それは悪い夢だから買ってあげる』って言ってね。当時は、悪夢は人に売れば災いが移る、って信じられていたんだ。やがてその吉夢は現実のものとなり、頼朝は天下を治める人物となって、政子は妻になった」


「あー。政子っち、妹騙したんだー。ずるーい!」


「あははは。まあ、そんなところ」



 さて、脱線はこのくらいにしておこう。

 僕はチョークをつまみ取り、黒板へ向かった。



「じゃあ、二人の馴れ初めはそれくらいにして、本格的に北条氏の治世下での鎌倉幕府について、ざっくりと説明していくことにしよっか。わからないところあったらどんどん聞いてねー」




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「なーんかさー。ロコがケンタベタ褒めだったの、マジわかるわー」



 結局、陽が暮れるまで校外活動の事前準備と称した勉強会は続いてしまった。意外なほど、聞き手である純美子やロコ、そして桃月までもが興味津々で、ほとんどツッコミのような質問や、ボケかと耳を疑うほど斜め上の回答が飛び交い、教室に四人きりとは思えないほど盛り上がってしまったのだ。が、ひとしきり笑い合った後、急に桃月がそんなセリフを言い出した。



「は、はぁ!? だ、誰がこんなの、ベタ褒めなんかするわけぇ!? テキトーなこと言わないでよっ!?」


「こんなの」


「……じゃなくって。こんなのと勉強会した時の話してたじゃーん? 教え方うまいってー」


「こんなの(二回目)」


「ホ、ホントわかりやすいと思う。よければ、桃月さんも一緒に、こんなのの勉強会に――」


「こんなの(三回目)」


「あはっ。それはないっしょー」



 あまりに不当な扱いに僕が地道な抗議活動を続けていたところで、桃月はあっさり首を振ってみせた。その笑みは、いつも見慣れていた他の誰かをではなく、自分を笑うかのようだった。



「あたし、勉強ってガラじゃないしさー。確かにぃ? ガッコの先生になりたいなーとかって夢はあるんだよー? でもさー……あたし、頭悪いもん。栄養が全部お胸にいっちゃってさ」



 あははー、と桃月は気丈にも笑ってみせたたのだが、僕の目に彼女の笑みはとても痛々しく儚げに映ってしまった。自己中心的だしワガママだし、生意気だしムカつく奴だけど、まだたかだか中学生のうちから将来を、自分の未来をあきらめるだなんて、そんなのって――。



「……なれるよ、も、桃月さんならきっと」



 でも、どう言葉にしたら伝わるのか、全然わからなくって。

 だからそれだけを口にして。



「ぼ、僕で良ければいくらでも力になるから。最初からあきらめてたら何も叶わないから――」



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