第61話 勉強会は楽し at 1995/5/15

「にしても……ちょっと驚きだったな。ぷっ、くくく……」


「なっ! な、何笑ってんのよ、ケンタのくせにっ!」



 思わず思い出し笑いをする僕に、真っ赤な顔をしたロコがたちまち噛みついてきた。



「い、いや、だってさ? 今まで僕らみたいな連中に見向きもしなかった、あの学校一の有名人で人気者のロコが、どうか助けてください! だなんて半べそかいて頼み込んでくるなんて」


「は、半べそなんてかいてないわよっ! ムッカつく……!」



 元々がクール系キャラのロコがむすりと厳めしく顔をしかめると、本気で怒っているようにもみえてくるが、案外中身は子供っぽいところがあり、そこまでのレベルじゃなかったりする。



「大体っ! その『僕らみたいな連中』って何のことよ? べっつにあたしは、クラスメイトとか同級生をランク付けとかどうだとかした覚えなんて、これっぽっちもないんだけど?」



 ロコは不満そうに吐き捨てて、僕以外の純美子や渋田たちの顔を順番に見つめていったが――どの顔も不思議そうな表情を浮かべていると知って、唇をとがらせますます不機嫌になった。



「……はぁ。どいつもこいつも馬鹿ばっか。あたし自身が言ってないことをに受けて、あたし自身が思ってもいないことをカンタンに信じちゃってさ。誰が原因なのかは見当つくけどね」


「それって……?」


「ふン! 誰だっていいでしょ? ケンタには関係なーいしー?」



 えーえ、どうせ関係ありませんよーだ。

 なんで僕にだけひねくれた態度取るんだよ、コイツ。


 しばらくロコはブツブツひとりごとを呟いていたけれど、大きな溜息をついて気持ちを入れ替えてから、佐倉君を相手に次々と質問しはじめた。文句を言わないのでお気に入りのようだ。



「ねー? ねー? どーしてこうなんのよ?」


「あ、うん。ここはね――こうだから――こうすると、ほら、ね?」


「ふーん。ふんふんふん。……ゴメン、ちっともわかんない」


「えええ……」



 ロコのあまりの覚えの悪さに、これ以上どう噛み砕いて教えたらいいのか途方に暮れた佐倉君が、ウルウルした熱っぽい瞳で見つめて無言で助けを求めてくるのだけれど、僕は心を鬼にして気づかなかったフリをする。ゴメンな、佐倉く――いや、かえでちゃん。そっちのルートもすっごく魅力的なんだけど、僕には最優先で攻略したいルートがあるんだよ!


 結局誘ったクラスメイトは全員参加してくれた――僕、渋田、佐倉君、五十嵐君、純美子、咲都子、それにロコを加えた七名が『電算論理研究部』の部室である職員用当直室に集合し、来る中間テストに向けて真面目に勉強していた。僕もそうだったけれど、ほとんどの生徒がこの当直室の存在を知らないので、おかげで突然邪魔が入る心配もなかった。ついでにいうとこの部屋は、特殊教室のように例外的に施錠することができる。『電算論理研究部』のためにこの部屋を開放してくれたのは、設置されたコンピューターの盗難防止目的も兼ねているらしい。



「ここは――そうそう――そうすると――ああ、できたね!」


「なるほど! 教え方上手だー! じゃあ、次、こっちは?」


「――でしょ? えええ!? なんでそうなっちゃうの!?」


「ア、アンタの教え方が悪いんでしょ!? もっかいやって」



 普段は挨拶すら交わさないメンバーもいるけれど、中間テスト攻略! という共通の目的で一致団結しているせいか、意外なほど会話はスムーズで次第にぎこちなさも薄れていった。成績面で一番不安があるロコに関しては、苦戦している佐倉君を見かねたのか、突如それまで傍観していた五十嵐君までやる気になってくれたようで、二人がかりの熱血指導を受けていた。


 だが、教わる側にも教える側にも、少なからず問題があるようで……。



「つまり公式を応用すれば良いのですよ。これを覚えて下さい」


「これって……二〇個以上あるんですけど……マジでぇっ!?」


「あは、あはははは……。まずはこれ一つでも大丈夫ですよー」



 しかし、ロコの方から頭を下げて頼み込んできた時は、本当に驚いたなあ。


 確かに学業の成績は振るわず、常に中の下から下の上あたりをさまよっていたロコだったが、一体この『リトライ』でどういう変化があったのだろう? ひょっとして原因は僕なのか?



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