第39話 囲碁将棋部の幽霊部員 at 1995/4/24

 新しい週のはじまり、月曜日の朝であった。



「おはよう、モリケン」


「おはよう、古ノ森君」


「うん、おはよー。早いね、二人とも」



 登校したての僕に声をかけてきたのは純美子と咲都子だ。僕はカバンを机のフックに吊り下げながら、あれ? 純美子はともかく、咲都子ってこんなに早く来たっけ? と疑問に思う。



「それがさー? あたし、転部しようかと思ってて」


「へー。……なんでまた? っていうか、何部だったっけ?」


「バスケ部。でもねー、なんか向いてないっていうか、なんとなくこれじゃないっていうか」



 ご存知のとおり、咲都子は校内でもトップクラスの高身長女子だ。運動神経もそこそこ良かったはずだから、辞められたら女子バスケ部としては手痛い損失となるに違いない。



「で? どこか入りたい部活でもあるの?」


「それがねー。特にこれっていうのがあるわけじゃないんだなー」


「……なんだそりゃ」



 本末転倒な答えに半ば呆れて隣に座って話を聞いている純美子を見ると、やはり困ったように眉を八の字にして弱々しく微笑んでいた。すると、そうだ! と僕に尋ねてきた。



「古ノ森君って何部に入ってるの?」


「ええと、僕は――」



 あ、あれ? 何部だったっけ?

 思い出せ……思い出せ、僕!



「あー……。そ、そうそう! 囲碁将棋部だ! ……いや、です、はい」


「忘れるとかあり得ないでしょ……馬鹿なの?」


「ハハハー! ソウデスネー!」



 くっ、咲都子め……覚えてろよ。



 ただこれだけは言わせて欲しい。


 元々バレーボールクラブに入っていた僕は、中学入学時に迷うことなくバレーボール部に入部しようとした。だがしかし、当時男子バレー部は、二年先輩の牧君というちまたでも名の知れた不良が仕切る悪の巣窟そうくつだったのである。その惨状を目の当たりにして、それでも入部したい、と申し出る勇気は僕にはなかった。結果、入りたくもない定員割れの囲碁将棋部に入部することになり、以降一度も顔を出さない幽霊部員に成り下がったのだ。


 過去の歴史どおりであれば、このまま僕は形だけの囲碁将棋部員として終わることになる。




 ……待てよ?




 どうせだったら、アレにチャレンジしてみてもいいんじゃないか? ラノベやアニメでよくありがちなアレ。そう、『やりたいことリスト』にも書いたアレを実行してみるチャンスだ。



「あ、あのさ、二人とも聞いてくれるかな? 実は僕、新しい部を作ろうと思ってるんだ」


「はぁ!? 新しい部活ぅ!?」


「す、すごいじゃない、古ノ森君! ……で、どういう活動をする部なの?」


「それはだな……。あ! 楽衛門センセイ! 折いってご相談があります!」



 まだ始業の時間ではないが、偶然通りかかった白衣の荻島センセイを見つけた俺は、慌ててあだ名の方で呼んでしまったことをお詫びしつつ――なんだか妙に嬉しそうだったけれど――廊下のはしっこで口早に新部活設立のアイディアを伝えてみた。



「――が――でして! それで――を――という。――あ、はい――そうですそうです!」



 なにしろ今さっき思いついたばかりなので、言いたいことがまだまとまっていなかったけれど、荻島センセイはむっつりと眉をしかめ、歌舞伎役者のように目を見開いて耳を傾けていた。



「ふむ……なるほど、ね。それはそれは面白そうですねえ。それに、新しい。未来があります」


「ありがとうございます! できれば、今日のLHRのあとにでもお時間をいただきたく――」


「はいはい。わかりましたよ、古ノ森君。そうしましょう」


「お願いします! お忙しいところありがとうございました!」



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