第32話 そんなの誰にもわからないよ at 1995/4/17

 ………………んー??


 何を聞いても取り乱さずに冷静でいよう――そう決意してまぶたを閉じ、ほんの少しだけ口角を上げたブッダ的微笑みで咲都子のセリフを待っていた僕と純美子の頭の中に、かなり大きめなクエスチョンマークが、ででん! と落ちてきた。意味不明すぎて表情筋が死んだままだ。



「……ち、ちょっと。聴こえたんでしょ? あ、あたしだって、こんなの恥ずかしいんだから」



 あれれれれー? 空耳かなー? 

 とか思いつつ、こっそりまぶたを開けてみると――。


 嘘……だろ……!?

 コイツ……頬を赤らめてる……だと……!?



「……見んなっ」


「ごふっ! 人を枕で殴るんじゃありません! やっていいのは修学旅行の夜だけですっ!」



 フルスイングした勢いのまま枕を抱きかかえると、咲都子はその中に真っ赤になった顔を埋めた。正直、あの咲都子が赤面するなどというレアイベントは結婚式の時に遭遇したくらいだ。



「……ね? 咲都子ちゃん?」



 それは純美子も同じなのだろう。

 くすぐったいような柔らかい表情をして頭をでていた。



「咲都子ちゃんは、渋田君のこと、嫌いなの?」


「……嫌いじゃない」


「じゃあ、好きなの?」


「………………好きかもしれない」


「じゃあ、良かったじゃない」


「良くない。……ううん、ちっとも良くないっ!」



 急に声のトーンを跳ね上げて、咲都子は悲鳴に似た叫びをあげたかと思うと仰け反るように天井を、きっ! と睨みつけた。そばにいた純美子が驚いて尻餅をつくほどの変わりようだ。



「優柔不断で! テキトーで! いつも慣れ合ってごまかして! その場の流れに任せてふらふらしちゃってさ? あんなおちゃらけたお調子者――! なのに……なのにだよ……!?」



 拳を突き上げるようにして咲都子は胸につかえたもやもやを吐き出しているかのようだった。やがてその震える拳から力が抜けていき、自分の両肩を抱きかかえるようにして座り込んでしまった。



「アイツ……アイツのくせにっ! あんまり無理しないでよ、なんてどうして言えるのよっ! いつでも助けて守ってあげる、なんてどの口が言ってんのよっ! どうして……どうしてっ!」



 くそっ――カッコイイじゃねえか、シブチン。


 心とまぶたが熱くて震えて仕方なかったけれど、僕の知る『アイツ』ならそう言うんだろう。



「あのさ、野方? これだけは言えるんだ、僕も」



 なんたって、四〇年経っても信じられる奴だからな、僕のたったひとりの『親友様』はさ。



「なんで、どうして? そう言ったよね? そんなの誰にもわからないよ。でも……僕は知ってる。いい加減でテキトーに見えても、アイツは『嘘だけは絶対につかない』ってことをね」



 これは、とてもじゃないけど本人には聞かせられないセリフだな――。


 照れ臭くなって鼻を鳴らして隣を見ると、満面の笑みを浮かべて僕を見つめる純美子と目が合った。途端に恥ずかしさがこみあげ、目をそらして気まずそうに咳払いなどする僕であった。



「それって……信じろ、ってこと?」


「別に信じる必要なんてないよ、アイツも僕も。咲都子自身がそう思えたならそうすればいい」


「あたし、自身……」



 うわべの言葉だけのキレイごとなんて誰にでも言える。そんなのをひとつひとつ信じていたらキリがない。信じる、信じない、を自分で決めてこそ心の底から信じられたってことなんだ。



「……なんか、ちょっとスッキリした気がする。サンキュー、モリケン」


「お、おう」


「また『咲都子』って呼び捨てにしましたね? あとでくわしく聞きますからね、モリケン・・・・?」


「お、おう(二回目)」



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