第23話 そして、桃月と吉川と at 1995/4/13

 ぺろん!



「にゃっ!?」



 完全に不意をつかれた桃月は、スカート越しに尻をで上げられた途端、悲鳴を上げた。



「にゃにするのよっ! この、エロガエルっ!!」


「ふむふむ……。まーた少し成長したみたいだねー、モモちゃーん」



 そう、奴である。

 人呼んで『エロガエル』こと吉川薫その人だ。



 吉川は『小山田組』のナンバー2的存在であり、人を笑わせるのと同じくらいエロに対する執着心というか執念というか、とにかくケタ違いに熱い情熱をもった物凄い変態なのだった。


 当然というかやっぱりというか勉強は苦手で、小山田とはいつも底辺争いをしていたが、ことエロいことをやらせたら右に出るものはいない。そのためか、男子から絶大な人気を集めていた。もちろんベーコンレタスの話ではなく、いいぞもっとやれ、そういう意味でだ。


 エロに関してはアインシュタインも裸足はだしで逃げ出すほどの天才ぶりを発揮する吉川は、のちにいくつかの発明・発見をもたらすことになる。


 歴史に偽りなければ近いうちに流行することになるであろう鏡付きエチケットブラシを使ったスカートのぞきにはじまり、背後からの神業級のブラホック外しや、S字フックと竹竿を使ったスカート釣りなどといった実践的なエロテク指導から、学校内のパンチラスポットマップや未成年でも購入できるエロ本・エロビデオの自動販売機・販売店マップなどといった上級者向けのエロ情報まで、もうありとあらゆるエロというエロを極めし者だったのである。言ってる僕も、もはや何がなんだか訳がわからなくなって混乱してきたけれど、とにかく吉川はそういうとてつもなく凄くて『ヤバい』奴だったのだ。



 ただ、これだけは言える。

 大らかな時代で良かったな、と。



 今のご時世なら、たとえ中学生だろうがタダでは済むまい。セクハラだの性的虐待だのと糾弾され非難されて、人生・ジ・エンドだ。相手の親御おやごさんにとつられて、賠償請求まである。



「エロガエルってのはひどいんじゃなーい? ボク、こんなにキュートなのにー?」


「キュートって顔じゃないじゃん! つーか、今度お尻触ったら、梅センにチクるからね!!」


「ちょちょちょ! ちょーっと待って! それはやめとこうよー、ね? ね?」



 サッカー部顧問であり学年主任も務める一組担任の『鬼の梅セン』こと梅田うめだ豪造ごうぞう先生の名前が桃月のぷっくりつやつやリップから飛び出した途端、吉川は慌てふためき気色きしょくの悪い猫なで声を出しはじめた。サッカー部の副キャプテンでもある吉川は、小山田のように教師に対して真っ向から反抗的な態度を取るほどのワルではなく、むしろキャプテンである小山田の分までとばっちりを受けて叱られる損な役回りだった。それでも二人の仲が良いのは謎でしかない。



 ただこれはあくまで噂だが、小山田より吉川の方がはるかに凶暴で危険、とする説もある。まあ、少なくとも吉川にとって僕は限りなく存在感の薄いモブキャラのようなので安心だ。



 急に旗色が悪くなった吉川の様子がよほど滑稽だったのか、桃月はデビュー直後からトップアイドルの仲間入りをした広末涼子を意識した黒髪ショートボブの毛先をいじりつつ、小悪魔めいた笑みを浮かべて、ちらちらと視線を向けた。いやもうこいつ絶対ドSじゃんやだ怖い。



「どーしよっかなー? 吉川クンに毎日えっちなコトされてるんです、とか言っちゃったり?」


「ま、毎日はしてないって! 一週間に一回……いや、三日に……うーん、二日に一回とか?」



 言っちゃってる方も馬鹿なら、答えてる方もかなり頭の悪い馬鹿野郎である。


 そして、そんな甘々ボイスの桃月が発した湿度高めの『えっちなコトされてるんですぅ』が脳内エコーして、たちまち挙動不審になってるその他大勢の男子どももどうかしてるだろ馬鹿。


 しかしだ。


 いまだ童貞のくせして、こんな時でも経験を積んできた中身が四〇歳のおっさんは一切動じないのである。なお、貴重な音声データとしてスマホ標準アプリでばっちり録音済みの模様って馬鹿。



「そのへんで許してやれって、モモ。チクるのは勘弁してやってくれ。な?」


「はぁーい」



 なんだかんだいって、こういうやりとりが、夫婦やん! というかなんというか。


 そういや、この頃の小山田って桃月にベタ惚れだったんだよな、確か。

 うんうん、そうだ。



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