第11話 僕に似ている at 2021/03/30

(ああ、俺は――無力だ)



 広子の抱えているモノを聞いても、何もできやしない自分に『腹すら立たない』くらいに。



「あーもう、そんな顔しない! そういうつもりでケンタに話したんじゃないんだってば!」


「そんなこと言ったって――」



 困ったような顔で笑う広子を見るのはひさしぶりだったし、なんだか懐かしい気分がした。



「あーあー! そんなこともあんなこともなし! あたしが話したい気分だったから話しただけ! 余計な気なんてつかったら、あたし、怒るからね! お酒がまずくなるだけじゃんか」



 そう言って広子は、まだ開けてない方の缶チューハイを押しつけるように差し出した。



「ほら! 仲間外れ同士の同窓会ってのもいいじゃない! ……あー、でもケンタは違うか」


「違うって、何がだよ?」


「何がって。自分の好きな仕事を見つけて、自分の好きなように、自由に生きてるでしょ?」


「……そういうことか。知りたい? じゃあ特別に教えてあげるよ」



 手の中の缶チューハイを開けるか開けないか迷いながら、正直に話してやることにした。



「念願かなって渋谷にある大手のゲーム開発会社に入社して、早いモンでもう一五年目になる。職場では『断れない』プログラマーとして重宝されててね、一〇時きっかりの始業から十九時終業なんて当然のように素通りで働きっぱなし、家に帰るのなんて毎日深夜過ぎだ。泊り込みや休日出勤を言いつけられたって文句ひとつ言わない――言えないだけなんだけどね。名刺に書かれた役職はチーフプログラマー。要するにていのいい何でも屋さ。今まで以上にプログラミング業務をこなして、プラス、販売管理やら教育指導やら、やりたくもないことまで押しつけられる。そのくせ給料なんて大して変わらない。残業代も含みになったからむしろマイナスかも」



 ぺちん、ぺちん――俺はまだ開けるべきか開けないべきか迷ってプルタブをもてあそぶ。



「で――おととしの年末。突然、仲の良かった同僚とお袋方の叔父さんが、ほぼ同時に亡くなってね。病気でも事故でもない、って言ったら想像できる? ……すっごくショックでさ。で、気づいたらベッドから起き上がれなくなってた。どうしても気力が湧かないんだ。で、会社の管理部の勧めで病院に行った。それこそ這うような感じで。診断された結果は『抑うつ状態』」



 ぺちん――そうそう。投薬中はアルコールの摂取を控えるよう医者から警告されてたっけ。



「会社に行ったところで使い物にならないから休職ってことになった。でも、それももう終わりさ。勤務規定で定められてる最大休職期間が一年半までなんだ。このままの状態が続いて四月からも復職できなければ自然解雇される。十五年……十五年もがんばったんだけどなぁ……」



 それ以上言うことが見つからない。

 見ると、広子もさっきの俺と似たような顔をしていた。



「おいおい。そんな顔すんなって、ロコ。お酒が・・・まずくなる・・・・・だけ・・、だろ?」



 そうおどけてうそぶいた俺は、今日くらい良いはず、と缶チューハイを――ぷしゅり――開けた。医者曰く、抗うつ薬とアルコールの相性は最悪らしい。依存のリスクもあるんだとか。くそ喰らえだ。俺たちは、手にした缶チューハイをしらじらと輝く満月の空に高々とかかげた。



「サイテー最悪の、ストーカー野郎の元旦那に――」


「この先無職確定の、なんちゃって独身貴族に――」



 ごいん――まだたっぷりと中身のある二つの缶は鈍くこもった音を立てた。二人してぐいと缶をあおり、しゃべり疲れて枯れた喉を潤わせる――うまい。よく冷えてる。いつぶりだろう。



「そういやケンタって、恵比寿の高級マンションに住んでるんだって? すごくない!?」


「住所は渋谷区恵比寿……でもさ、管理費込で月一〇万円もかかる築十五年も経ったバス・トイレ付の1Kの賃貸マンションだよ? 別に自分で買ったわけでもないし、高級でもないしね」


「ふーん、そういうモンなの? ……あー。でもさ? 『独身貴族』ってのだけは嘘だよね」


「はぁ? 嘘? それってどういう意味さ?」



 話の行き先がまるで見えずに尋ね返した俺に、広子は平然とした顔つきでこう言ったのだ。



「どういう意味って……ケンタと河東純美子って、大学時代から付き合ってる……でしょ?」



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