第11話011「レコの作戦と誤算」



「! どうやら魔獣が現れたようね」


 私は索敵魔法を展開し、魔獣がカイトの前に現れるのを待った。


 これが私が考えた「カイトが魔法を使えるかどうか」の作戦だ。


 カイトに気づかれないよう、一定の距離を保ちながら索敵魔法を展開。そして、カイトの前に魔獣が現れたら彼が魔法を使えるかどうかを確かめる。


 仮に、カイトが魔法を使えないとわかれば即座に救出に向かうし、もし魔法が使えるのであれば、それを確認した後、速やかに救出に向かう。


 この程度の距離なら、カイトにケガをさせることなく救出は可能だし、もし、何かあっても治癒魔法で治せるから問題はない。


 もっとも、この森のこんな浅いところであれば強い魔獣はいない。せいぜい、Eランク程度だ。Eランクの魔獣なら子供では倒すことはできないが、普通の大人であれば何とか倒せる程度の魔獣だ。危険度も高くないからカイトの魔法習得の有無を確認するにはちょうどいい。


 準備は万端だ。


「さて、いよいよカイトが本当に魔法を習得しているのかどうか⋯⋯確認できるわね」


 そう呟くと、レコはカイトの後を追った。



*********************



「グルルル⋯⋯」

「おー、これが魔獣⋯⋯初めて見たな。うーん、まさに異世界」


 カイトは目の前の魔獣の出現に単純に感動していた。


 目の前に出現したのは三つの顔を持つ狂犬病のような犬っぽい魔獣『ダーク・ケルベロス』。


「あれ〜? おかしいな〜⋯⋯この辺の森にはこんな高ランクの魔獣はいないはずだけど⋯⋯」


 カイトは父の書斎で読んだ『魔獣大全』という本で『ダーク・ケルベロス』のことを知っていた。知っていたが、このダーク・ケルベロスがこの森にいることに驚いていた。


 ダーク・ケルベロスはBランクの魔獣で、通常であればもっと森の最深部にいるような魔獣である。そして、Bランクの魔獣というのは通常、騎士団要請レベルの高ランク魔獣に分類されるので、その魔獣に出くわした場合、死を覚悟するレベルの魔獣だ。しかし、


「自分の身体強化や魔法がどれだけ通用するのか試してみたかったけど、弱すぎる魔獣じゃ参考にならないと思っていたから⋯⋯⋯⋯ちょうど良いね!」


 カイトは魔獣を恐れるどころか、自分の力を試せることに興奮した。


身体強化ビルドっ!」


 キーン!


 カイトは身体強化魔法『身体強化ビルド』を展開。Bランク相手にどのくらいの強化レベルが適切なのかわからなかったのでとりあえず今できる全開の強化レベルになるよう、体内の魔力循環スピードを全開に加速させた。


「ウガァァァ!!」


 カイトが戦闘態勢に入ったのがわかったのか、ダーク・ケルベロスが飛び込んでくる。物凄い速度の突進であったが、


「へ〜⋯⋯身体強化ビルドって動体視力も強化されるんだな〜。ダーク・ケルベロスの突進がこんなにもスローモーションに見えるなんて⋯⋯」


 カイトは身体強化ビルドの効果をじっくりと考察しながら突進をよけた。すると、ダーク・ケルベロスはまさか自分の突進がよけられると思っていなかったのか、驚いた表情を浮かべる。


「ウ、ウガァァァ!!!!!!!」


 ダーク・ケルベロスは焦りにも似た咆哮を上げながら、目にも止まらない速さの連続突進を仕掛ける。


「ほい、ほい、ほいっと!」


 しかし、カイトにはすべてを軽くよけられてしまい、ダーク・ケルベロスの表情が焦りから驚愕の表情へと変わっていった。


「なるほど。今回、全開で身体強化ビルドを展開したけど、Bランクの魔獣程度であれば余裕で対応できるわけね。じゃあ、次は⋯⋯⋯⋯打撃を試してみるか」


 そう言って、カイトはダーク・ケルベロスに打撃での応戦を示唆する構えを見せた。


 ダーク・ケルベロスはBランクの魔獣なので、人間は本来『駆逐対象』『食用対象』という意識である。ましてや目の前にいるのは人間の子供。これまで突進を避けられたのは「たまたま、偶然」だと思ったのと「自分は人間ごときにやられる存在ではない」というプライドがその選択を誤らせた。


 ダーク・ケルベロスは自分に気合を入れるよう、もう一度咆哮を上げ、カイトの首筋を狙って噛み付いてきた。


 ガシッ!


「おっと!」

「ガ、ガウッ!?」


 カイトは首筋に噛みつこうとしたそのダーク・ケルベロスの大きな口を両手で掴み取った。


 ダーク・ケルベロスはカイトの手を何とか振り解こうと懸命に暴れ回るが⋯⋯⋯⋯まるでビクともしなかった。


「ほほう⋯⋯腕力も全開の身体強化ビルドならBランクの魔獣には余裕で対応できるな⋯⋯それ!」

「ギャン!」


 ドシャ!


 カイトはダーク・ケルベロスの口を掴んだ状態で強引に捻った。すると、その勢いに負けてダーク・ケルベロスの体が回転し、地面に倒される。


「カァァァーー⋯⋯」


 すると、ダーク・ケルベロスが空いた状態の口から魔力を収束し始めた。


「っ!? まさか⋯⋯魔法攻撃! ちょうどいい。今度は防御面を確かめよう」


 そう言うと、カイトは特に逃げることもなく、ダーク・ケルベロスの口から飛び出した魔法攻撃をモロに全身に受け止めた。


 ちなみに今、ダーク・ケルベロスが放った魔法攻撃は中級の火属性魔法『火炎弾ファイヤー・バレット』で、通常であれば骨も残らないほどの強烈な火力の魔法攻撃である。しかし、


「あっちぃぃぃぃぃ!!!!! や、やっぱり直撃だと、いくら全開の身体強化ビルドでも火傷しちゃうか。治癒キュアっ!」


 スゥゥゥ。


 服は上半身部分が焦がされたが、顔と全身はちょっとの火傷で済んだカイトは、治癒魔法の初級魔法『治癒キュア』ですぐに火傷を癒した。


「ほい!」


 火傷を癒した後、カイトはダーク・ケルベロスから手を離す。あと焦げた服は邪魔だったので脱ぎ捨てた。


 掴まれた口を解放されたダーク・ケルベロスはすぐさまカイトから離れ距離を取る。


「グ、グルル⋯⋯ウウウ⋯⋯」


 ダーク・ケルベロスはこの時点ですでに気づいていた⋯⋯⋯⋯「この人間の子供は化け物だ」と。


 そして、威嚇をしているもののダーク・ケルベロスは「この化け物には勝てない」と判断。何とかこの場から逃げ出そうと考えるのだった⋯⋯⋯⋯が時すでに遅し。


「あ、悪いけど君は逃がさないよ? だって、Bランクの魔獣なんて普通の人間からしたら脅威だからね。だから、最後に僕の魔法の威力を確認させてもらうよ」


 そう言うと、カイトはダーク・ケルベロスに向けて右手をかざした。ダーク・ケルベロスはそのカイトの仕草を見て「攻撃がくる!」と判断。無我夢中でその場から離れようと動き出す⋯⋯⋯⋯が、


氷結爆砕フリーズ・ブラストっ!」


 カイトの右手からダーク・ケルベロスに向けて、氷雪荒れ狂う吹雪のようなものが放出される。


 カッチーーン!


「あれ? これ中級魔法⋯⋯だよな? 中級魔法でもこんなに広範囲に展開されるものなんだ⋯⋯」


 カイトが放出した吹雪は、対象のダーク・ケルベロスだけでなく、カイトが視認できる目の前の木々をも巻き込み、その一帯が一瞬にして氷漬けとなった。そして、


 ボンっ!


 跡形もなく爆散した。


「ふ〜、終わった、終わった。いや〜中級の氷魔法だったけど威力すげーなー。しかし、これでまた一つ『異世界チート転生者』としての成長を実感できたな、うん!」


 カイトは爽やかな笑顔とやり切った表情を浮かべた。その時、


「な、なによ⋯⋯いま⋯⋯の⋯⋯」

「っ?!」


 声の方に振り向くと、そこには口を大きくあんぐりさせたレコが小刻みに震えながら立ち尽くしていた。

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