夏休み
『フラれた』
夏休み初日。
まあ第一声と言ったって、実際に言ったのではなく、スマホのメッセージアプリで送られてきた言葉なんだけど。
『そっか』
それだけ打って、送信した。
普段、晴はオレのメッセージのことを「素っ気ない」とか「無愛想」だとか言うけど、人のこと言えないよな、と思った。
ボスッとベッドに寝転び、アクビと伸びを同時にする。
まだ時間は8時過ぎ。もうひと眠りするか……
目を閉じたとき、手の中のスマホが震えた。
晴からだ。
『「そっか」って
それだけかよ』
『それだけだよ
長文送って欲しかった?』
『それは嫌だ』
文字だけだけど、晴が顔を顰めているようすが、ありありと想像出来た。
ほら、やっぱり嫌なんじゃん。
そう打ち込んでいる途中で、
『でも、ありがとう』
予想もしていなかった言葉が送られてきた。
思考が一時停止する。
このタイミングで『ありがとう』? 晴ってこんなこと言ってくるヤツだったのか?
『どうしたんだよ急に』
『いや、なんとなく……』
『なんとなく?』
すぐに返した言葉の横に、既読の表示が着く。
でも、すぐには返事が帰ってこなかった。
それは特に珍しいことでもない。
どうせ、晴のことだからなんて返すか、グダグダと考え込んでいるんだろう。
5分くらい間が空いて、やっと来た晴からの返事。
『
『翔が背中押してくれた。相談したとき、ああ言ってくれなかったら、たぶん神田さんに伝えてなかった。だから、ありがとうって』
「………………」
読んでるだけで、こっちが恥ずかしくなってくるような文章だった。嬉しくはあるんだけど。
『ふーん、そっか』
『それに』
「それに?」
それに、って、まだ何かあるのか?
『フラれたっていっても、望みがないわけじゃないから。「友だちから」って言われた』
「……………」
『そっか
よかったじゃん』
一分くらい間を置いて、オレは必要最低限にそう返した。
なぜか胸のあたりがもやもやしてる気がする。
『友だちからとか、それって望みないじゃん』
本当は、そう返そうとしたんだ。
だけど、できなかった。
『望みがないわけじゃない』
そう言っている、晴の吹っ切れたような、どこか晴れ晴れとした表情が思い浮かんからだ。
晴は本当にそう思ってるだろうし、たぶん神田の『友だちから』っていうのも、本心なんだろう。
それはわかってんだ。
わかってんだけど、でも、だけど。
もやもやした感情が、オレの中で渦巻いている。
ベッドから這い出し、部屋のカーテンを開ける。
すると、まだ午前中だっていうのに熱中症になりそうなくらい強い日射しが、オレの部屋に入ってきた。
そのあまりの眩しさに、そっと目を細める。
空は、オレの気持ちと正反対に、爽やかな色をしていた。
ピコンッと電子音が響く。
ベッドの上に手を伸ばし、スマホを取る。
メッセージアプリを開くと、晴から返事がきていた。
『うん、よかった
ありがとう』
「はぁ……」
なにも返さずに、オレはスマホをベッドの上に放り投げる。
もうひと眠りしようという気持ちは、すっかり消え去っていた。
***
夏休み、授業は休みだけど部活は休みではない。
運動部のほとんどは炎天下で練習しているけど、オレが入ってるバスケ部は体育館を使う。
外じゃないぶん直射日光は免れるけど、体育館は体育館で蒸し暑い。
熱中症対策のために休憩時間になったとき、オレは体育館の外に出た。
一瞬だけ涼しいと思ったけど、それは勘違いだと言わんばかりのセミの大合唱と太陽の光に、一気に汗が吹き出す。
ジリジリと照りつける日光は痛いくらいで、家の中に閉じこもっているだろう幼馴染みを恨めしく思ってしまう。
「暑い……」
呟いて、つぅ……と流れた汗をタオルで拭う。
出来るだけ日陰を選んで、体育館横の手洗い場に向かう。
ギリギリ日陰になっていたけど、ついさっきまで日が当たっていたのか、触れた蛇口が熱かった。水も冷たいというより、ぬるい。
しばらく流したままにしておくと、ようやく、いい感じに冷たくなってきた。
それでバシャバシャと顔を洗う。
冷たくて気持ちよく、生き返っていく心地がした。
「ふぅ……」
タオルで顔を拭いて顔を上げると、視界の端に何かが写った。
目線をやると、それは神田だった。
「やっほぅ、翔くん」
「ん」
「ん、って愛想ないなー。それにしても、考えることって同じなんだねー」
笑いながらオレの隣に並び、水道の蛇口を捻る。
「
少し眉を寄せて、しばらくそのままにしてる。
冷たい水が出てきたところで、パシャパシャと顔を洗う。
そこまで、オレとまったく同じ行動だった。
違ったのは、顔を拭く前に水を飲んでるとこ。
水を止めた神田は顔を拭こうとして、
「あ、タオルないや」
当たり前のように体操服の袖で拭こうとしてたから、
「お前、一応女子だろ」
自分が持ってたタオルを放り投げた。
タオルはふわっと神田の頭の上に乗る。
「あ、ありがとねー」
と軽く言うと、遠慮なく濡れた顔と手を拭き始める。そしてさりげなく汗も。
「おい、汗拭くなよ」
「別にいーじゃん……ほい、ありがとね」
神田そう言いながら、貸したタオルを畳んで投げて寄越した。
あまりきれいに畳まれてないタオルが、投げたせいでグチャグチャになる。
ちゃんと畳めよー……と小さくぼやきつつ、そのタオルを首にかける。
「明日だねー、海」
「そうだな」
「筋肉痛にならなきゃいいけど」
神田は壁に持たれかけるようにして、夏の青い空を眺めながら言った。
その横で同じようにしながら、オレは夏休みに入る数日前のメッセージのやり取りを思い出していた。
オレと神田と晴と
『せっかくの夏休みだもん、みんなで遊びたいよね〜』
言い出したのは神田だった。
晴や月代が賛成の意を示す顔文字やスタンプを送る。
オレも『いいな、それ』と返し、
『海行かね?』
ほとんど考えもなしにそう打っていた。
しまった、と思って、送信を取り消そうとしたけど、それよりもはやく反応があった。
『いいね、海!夏といえばやっぱ海だよね』
もちろん、真っ先に食いついたのは神田だ。
肯定的な意見で、少しほっとする。
『さっそく予定立てよ』
『…って思ったけど、まだ夏休み中の部活の予定わかんないや』
立て続けにメッセージが送られてくる。
『あ、オレも』
『私はいつでも構わないから貴方達に合わせるわ』
『僕も月代さんと一緒で二人に合わせる』
『(*`・ω・)ゞ』
これでやり取りは終了したと思いきや。
『ねね、海行くって当然泳ぐってことだよね?ってなったら、となり町だよね?』
『そうなるわね』
『うん』
『それがどうしたんだ?』
このとき、たぶん神田以外の全員の頭の中に?マークが浮かんでいたことだろう。
『もしタイミング合ったら、となり町の夏祭り行きたいなーって思って』
『いいんじゃねーの?
オレはさんせー』
『僕も』
『私も』
『やったー!
楽しみだねぇ』
「……よかったな、祭りの日と部活が休みの日とが同じで」
「うん!」
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