14. クグロフ(11/30)
本日は十一月の最終日。昨日は何やら荒れ模様のお天気でしたが今日は良いお天気です。それにしても本当にすごい風でしたね。お店は幸い定休日でしたので、わたくしは二階のトーゴさんのお部屋でのんびりお休みを満喫させていただきましたが。
え、大丈夫だったのか、ですって? 何のことでしょう?
美味しいルイボスティーを入れていただいて、あとは本を読んだりして過ごしておりました。そういえば、トーゴさんはなんだかそわそわしてらして、結局キッチンの方に試作にいってしまわれましたけれども。
そうそう、アドベントカレンダーは一日抜けてしまってはたいへんですから、わたくしがしっかりと責任を持って開けておきましたとも。
何が入っていたかですって? それはもう綺麗なきらきらの赤い色のビー玉が入っていました。ほら、こちらです。まるでとれたてのりんごのようですね! あいにくとアップルパイにするときには皮はむいてしまいますから、綺麗な赤をお見せできないのが残念ですが。
「何と張り合ってるんだ、お前は」
「別に張り合っているわけではございませんよ。ビー玉よりもわたくしの実の方が綺麗な赤であることをご説明しているだけですとも」
「……まあ、そうだな」
珍しくトーゴさんがそんなことをおっしゃるので、うっかりビー玉を落としてしまいました。幸い床は柔らかめの木板ですから、コロコロと転がるばかりで傷ひとつきませんでしたけれど。何だかその頬が少し赤いようです。試作をはりきってなさっていたせいでしょうか?
「何だよ?」
「いえ……」
以前は隙あらば意地悪なことばかりおっしゃっていたトーゴさんが、最近なんだか様子がおかしいのです。とはいえケーキは相変わらず絶品ですし、売れ行きも好調なのであまり気にする必要もないのかもしれません。
考え込んでいるうちに、軽やかな音楽が流れ始めました。壁にかかった仕掛け時計が三つに割れてくるくると回りながら優しい音楽を奏でます。そういえば、この時計を眺めながらお昼寝をしてしまった時に、何だか不思議な夢を見たような——。
「いつまでぼんやりしてるんだ。眠いなら、少し上で寝てきたらどうだ?」
「失敬な。もうわたくしは一人前のりんごの木の精霊ですから、午前のお昼寝など致しませんよ!」
言いながら振り向いて、思わずわたくしは目を丸くしました。
トーゴさんが持っている大きな銀のトレイに、見たことのない不思議な形のお菓子が並んでいたのです。
わたくしの両手の拳を合わせたくらいの大きさの、山に似たかたちのそれは真ん中に穴が空いています。そして何より素敵なのが上に白い雪のようなコーティングがされているのです。
「見たことのないお菓子ですね」
「ああ、今年初めて作ったな。クグロフだ」
「くぐろふ?」
「普通はもう少し大きな型で焼くんだが、あんまりでかいと食べきれなくなっちまうからな。これくらいの大きさの方が、他のケーキと一緒に買えるし」
言いながら、トーゴさんはショーケースに手際よく並べると、一つを取り出して、ナイフで半分に切ってわたくしに差し出してくださいます。
「上のはホワイトチョコレートだ」
「雪のようで綺麗ですねえ」
「だろ?」
素直に得意げな顔に、なんだか胸の辺りがまたじんわり熱くなったような気がいたしましたが、ともかくもといただいた半分のクグロフを口に運びます。パウンドケーキよりは固く、シュトレンよりは柔らかい感触です。ケーキというよりはドライフルーツがたっぷり入ったパンに近いのかもしれません。
「とっても美味しいです。でもお腹がいっぱいになってしまいそうです」
「まあ、腹持ちはいいだろうな。マリー・アントワネットが、『パンがなければお菓子を食べればいい』と言っていたのが実はこれらしいが、意外と悪くない考えだったのかもしれないな」
「本当はマリー・アントワネットはそんなことはおっしゃっていないそうですよ?」
残りのクグロフを一口で食べ尽くしてからわたくしがそう申し上げると、トーゴさんが驚いたように目を見開きました。
「そうなのか?」
「ええ、そもそも年代が合わないのだとか」
「何でそんなことを知ってるんだ?」
「それはもう、小鳥さんたちからの情報収集によねんがありませんから」
えっへんと胸を張ったわたくしに、トーゴさんがぷっと吹き出して、それからその顔が近づいてきます。頭のてっぺんに柔らかい唇が触れて、すぐに離れていきました。
このところ、そんな風にトーゴさんが触れてくることが増えています。でも離れた後はすぐに背中を向けられてしまうので、どんな顔をしているのかはいつもわからずじまいなのですが。皆さんはどう思われますか?
わたくしは、なんだかいつも頬が熱い気がするのですけれども。
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