第22話 レ・ディ・ネーミ乗組員

「瓦礫撤去作業完了。右舷スラスター約60%の推力まで復旧」


「では、発進。出航後、敵に捕捉されないようクレーター・リムに沿いながら地形追随飛行で西側からアムレート市市内に進入します」


「アイ、サー!」操舵士官マイラ・ヴェラソラ少尉が答える。


「グリンスカヤ中尉、ヴェラソラ少尉お願いします」


「はい。マイラ、準備はいい?」


「あいよ。マストが潰れてレーダーも計器類も使いもんならない。真空空間だと遠近感が掴みにくいときたもんだ。あたしの視力と空間把握能力の持ってしても、さすがに無理だかんね。リーナ、あんたの微妙な重力の違いがわかるっていう能力が頼りだ」


〈レ・ディ・ネーミ〉は軍の宇宙港を脱出すると、円環状クレーターの山脈の陰に隠れながら敵に見つからないようにするため、地面すれすれの超低空飛行でアムレート市の東北東に位置する礁核体しょうかくたい灰神楽はいかぐら〉の反対側である西側から、アムレート市内部へと進入を試みる。


 ポリーナの誘導に従い、マイラが精確に艦を飛行させる。


 アムレート市の西に到達したところで上昇し、クレーターの山脈を越えるとそこには一面を覆う天蓋が広り、眼下に工業区が見えた。


 ポリーナは艦橋の窓から下に広がる工業区を見渡す。すでに電力が落ち真っ暗になった空間に民間人がいないかを確認する。


「工業区、普通なら無人機械のみで、人はいないはずですが、避難してきた市民が逃げ込んでいるかもしれませんね。赤外線センサーは?」サストリーがポリーナに問う。


「ダメです。赤外線センサー、及びカメラも使用不能です」


「……仕方ありません。艦長をここへ」

 しばらくののち、艦長のマスタンドレアが警衛二人に連行され艦橋に入ってきた。


「ケガ人を連行してきて、いったい、何をさせようと言うの……サストリー君?」


「これより、アムレート市内部へ突入を敢行しようと思いますが、赤外線センサーもすべてダウンし、内部に民間人がいるか確認できません。ですので艦長に御足労願ったのです」


「あ、そういこと。そういうことなら」


 赤外線を視認することのできるマスタンドレアが艦橋から下の工業区を隈なく、舐めまわすような視線で見渡す。


「う~ん、若い女の子はいないなぁ。というか、シニョーレたちは全然いないねぇ、残念」


「性別に限らず、民間人の有無の確認をお願いしているのです」


「ああ、野郎の姿もないね~」ぞんざいな態度で確認するマスタンドレア。


「了解しました。では、また医務室にてごゆっくり――」

 副長のサストリーは用済みとなった上官を丁重に排除しようと思った矢先、疫病神はすでに目の前から消え、航宙指揮所にいるポリーナの方へ向かっていた。


「艦長、任務の邪魔です。早く医務室へお戻りください」


「女性が近くにいるのに、話しかけないなんて失礼ってもんでしょ?」


「いえ、全然。艦長の認識に大きな問題があると思われます。はっきり言って、ウザイ」


 マスタンドレアは真顔でポリーナに拒絶され気勢をそがれるも、そのまま近づいていく。


「艦長は、でセクハラになるんです。以前もお伝えしたと思いますが、その線よりこちらへ近づかないでください」


 ポリーナ・グリンスカヤ中尉の担当する航宙指揮所の全周囲に、すでに赤外線を通さないシールドが張り巡らされ、さらに半径1.5mに赤いラインが引かれていた。それでも臆することなくラインを越え近づこうとするマスタンドレアに、ポリーナは容赦なく銃口を向ける。


「それ以上近づいたら、撃ちます」


 笑顔を凍らせ目をパチパチさせ、その場に立ち尽くすマスタンドレア。


(敵の強襲があったとき寝てて、そのまま急いで起きて来たから、ブラ着けてないのよね……あの艦長に見られたら……もう射殺するしかない!)


 引き金に指をかけるポリーナの目が本気マジなことに、マスタンドレアも完全にフリーズする。


 きびすを返し今度は操舵席に座るマイラ・ヴェラソラ少尉に話しかける。


「マイラくん、若者たちが冷たいよ~」


「艦長の日頃の行いが悪いからですよ」


「そんなはずはないと思うのだが、う~む。おや、マイラくん、今日のは……けっこう派手だね。もしかしてそれ、勝負下着? デートの予定でも、あったのかなぁ~?」

 ニヤニヤと舐めまわすような目つきでマイラを見やるマスタンドレアに突然、衝撃が走る。


 ゴフッ‼


 SWGパイロット時代、単騎で敵中突破を果たし、鉄人と呼ばれた男が、鳩尾みぞおちを押さえながら、苦悶の表情を浮かべ床に転がる。


 マスタンドレア艦長は腹を押さえながらよろよろと立ち上がり、再びポリーナの方へ歩み寄る。


「あ痛たた……ポリーナくん、ふらついて歩けないよ。ああ、眩暈めまいもしてきた、医務室まで一緒に付き添ってはくれないかい。ああ、そのあと二人で一緒に――」


「邪魔です。さっさと消えてください」

 先の乗艦で、浮沈艦と呼ばれたふねの艦長を務めた男が秒で撃沈。


 マスタンドレアは副長のサストリーに襟首を掴まれ、艦橋に入ってきた警衛に身柄を引き渡される。


「…………………………ぐすん」


 数多くの人命を救ってきた英雄が、誰にも見送られることなく警衛2名に両腕をがっちり掴まれ、医務室へと連行されて行く。



 工業区の安全が確認され、サストリーは突入の合図を出す。

「全レーザー砲5秒照射後、底部機関砲斉射、艦底部より突入、天蓋を圧壊させ内部へ進入します」

「了解、突入」操舵士官のマイラが艦を下降させる。


 クレーター内部に進入した〈レ・ディ・ネーミ〉はアムレート市中央にそびえ立つ軌道エレベーターに向かい、ゆっくりと上空を飛行する。


「前方軌道エレベーター周辺に星屑体を多数確認、防衛部隊が交戦中」


「このまま進めば、敵の対空砲火にさらされますね。H.E.R.I.Tヘリットの施設に通信を」


 サストリーの指示でポリーナが軌道エレベーター地下施設へ通信を試みる。


「こちらレ・ディ・ネーミ、H.E.R.I.Tヘリット各位、応答願います――」

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