希望の炎

 またも宝石泥棒サンドラから予告状が、フィリップの家と標的となる街に届いた。


【希望の炎を頂きに参ります】


 今回の盗みの舞台となる街は断崖絶壁の街ガルトス。赤い絶壁が特徴的な炎の寺院の街で宗教都市とも表現出来る。そこら中に居るのは修道女ばかりで、炎の寺院にて修行に励む人ばかりが目に入る。

 今回の断崖絶壁の街ガルトス行きに際してラズリを連れて行こうとホームタウンドミノの酒場にて待つ彼を尋ねるフィリップ。

 ラズリは遠慮しようとしたが、フィリップは誘った。


「俺達に関わるとあんたの命が……」

「もう既に深く関わってしまったよ。様々なジュエリアンの方にな。きにするなよ」

「断崖絶壁の街ガルドスに行くのか。パールを一人きりにするのは怖いから、あんたの家で預かって欲しい。大丈夫か?」

「一人娘が喜ぶよ」


 という事でプリンセスパールをラファエロに預けた彼らはガルトスへと向かった。

 街の中に入るとちょっとした子供の病気騒ぎが起きている。泣き声を上げて、お腹痛いだの、胸が苦しいだの騒ぎ立てる。

 ここの修道女は一言で言えばすべて『根性論』で片付けようとするので嫌われている。病気に掛かったのも自分自身を律する気合が足りないとか、病気など心身が丈夫ならそもそもならないとか。無茶ぶりもいいところだ。

 子供の病気騒ぎで普段の修行がままならない修道女はたまたま通りかけたフィリップに相談してくる。


「すいません?そこのお方」

「何かな?」

「先程からこのお子さんがお腹痛いとか胸が苦しいと訴えておりまして……」

「お腹痛いよ〜!誰か何とかして〜!」

「私達、修道女では手に負えません」

「あんた達、神に仕える聖職者だろう?なら、何故助けてやらない!楽になりたいだけなんじゃないのか?!」


 ラズリは棘のある意見を言う。

 確かにラズリの言う事も一理ある。

 仮にも修道女なのだ。人を助けてナンボでは無いかなと思うフィリップ。

 しかし、この騒ぎは既に3日間も続いている。この子供は単にかまってちゃんかも知れないという噂話までされていた。


「仕方ないな。よし。おじさんがどうにかしてやろう」

「お腹痛いよ。おじさん」

「下痢はしているかな?トイレとか行った?」

「トイレ行っても大きいの出ないよ〜」

「下痢はないな。どうするか」


 しばらくその病気で困る少年を連れてガルトスを歩く。そして道行く人に何処かに病気を診察出来る診療所みたいな場所はないか訊いた。


「あっ。ならルーベンスさんに頼ってみたらいかがですか?」

「ルーベンスさん?」

「炎の寺院にある希望の炎の管理者である技師です。希望の炎の力を借りれば病気を祓ってくれるかもしれません」

「ありがとう。捜してみるよ」


 話をしてくれたのは修道女の姿だった。

 しかし、実はフィリップは修道女に変装したサンドラに尋ねていた。

 修道女の大きなフードの下の顔が歪んだ笑顔を浮かべる。

 ガルトスの最果て、見晴らしの崖まで来るとその噂のルーベンスがいた。

 炎の技師らしい真っ赤な衣装を纏った男性だった。しかし冷徹な男性だった。

 子供の泣き声を耳にした途端、嫌そうな顔をしかめて、突き放す。


「帰ってもらってくれ。騒ぐ子供は大嫌いなんだ」

「君は炎の技師だろう?希望の炎の力でこの子供を助けてあげないのか?」

「フィリップの旦那の言うとおりだよ!何故、助けてやらないんだ!」

「いちいちうるさい奴だな!どうせ、治してやっても『お腹痛かった』だの『みんな助けてくれなかった』だの不平不満を言うに決まっている!俺はそういうのが一番嫌いなんだ」


 取り付く島もないように見えたフィリップだが、連れがジュエリアンなので尋ねてきた。


「お前、見たところジュエリアンだな。それも若い世代だな。なら少しだけ話してやるよ。ジュエリアンの過去について」


 ルーベンスは真っ赤な髪の毛に真っ赤な目をした男性だ。彼は忌々しいように爪先を貧乏ゆすりさせてジュエリアンに起きた悲劇の一端を話す。


「俺達、ジュエリアンはかつて戦争の道具にされかけた事があるんだ。あるジュエリアンを人柱にして、戦争に加担した。結果、人柱は崩壊して同じジュエリアンに裏切り者が現れたんだ!」

「そうね。でも。鬼は貴方達だった」


 修道女がいつの間にか見晴らしの崖に来ていた。そして変装を解くとサンドラが姿を見せた。

 サンドラは憎悪に顔を歪ませ、彼を殺そうと話す。


「その人柱を立てる事に賛同した奴が言う台詞かしら?貴様もその人柱に散々命を助けて貰った癖に!生命を毟り取った奴が吐く台詞かしら?!」


 サンドラが鋭利なナイフを握る。

 フィリップは咄嗟に拳銃を握り銃口をサンドラに向けた。

 ラズリも背中の剣を握り、構える。


「ここで殺させる訳にはいかない!」

「フィリップ。邪魔しないでくれる?この男に制裁を加えないとあの方が浮かばれないわ!一生ね!」

「例え過去に過ちを犯していたとしても、今は大事な希望の炎の技師だ!殺させる訳にはいかない!」

「ねえ?フィリップ?【希望の炎】とは何を指すのかお解りかしら?」

「寺院の炎ではないのか?」

「あれは何で炎を燃やしていると思う?」

「……」

「あれはこの男のコアが動力なのよ!」


 その瞬間、サンドラは鋭利なナイフでルーベンスの胸を貫き、そしてコアをナイフで抉り出した。真っ赤な鮮血にまみれた炎の形をしたルビーが彼女の手元にある。


「ガハッ…!」

「ルーベンス!」

「ガハッ!ガハッ!」


 血を吐きながら、それでも息をしているルーベンスに冷ややかなサンドラの声が聞こえる。


「へぇ。流石は輝石の座のジュエリアン。こんなになってまで生きている。呆れた生命力だこと」


 フィリップは拳銃を発砲した!

 迷わず、躊躇わず。

 サンドラはそれを華麗に冷ややかに回避する。


「貴様、これで2度目だな!!ジュエリアンを目の前で殺したのは!貴様をこのまま逃がす訳にはいかない!死体にして警察に突き出してやる!」

「なら黙ってなさいな、フィリップ。今から大事な事を聞くから」


 一瞬の間を置いてサンドラは問うた。


「あなた、涙は流せる?」


 フィリップは首を傾げる。


(またその質問…?どういう意味だ…?)


 ルーベンスは赤みを帯びた地面におびただしい血を流し、血を吐く。


「ガハッ…!」

「流せないのね。残念だわ。輝きを失くしたけがれた石の末路にお似合いねえ」


 サンドラは最後に病気で苦しむ子供に血にまみれたルーベンスのコアの力で、その病魔を祓った。


「これであなたは大丈夫よ」


 笑顔になるサンドラ。

 やがて、殺気を孕んだ視線を送るフィリップ・ストローと相方の連れのジュエリアンに挨拶をして大空に消えた。


「あなたとはまた会えそうな気がするわ。またお会いしましょう。フィリップ・ストロー」


 そして大鷲に乗り夕焼けの空に去っていった。

 ラズリは言い表す事が出来ない衝撃を受けて呆然としている……。

 そして、地面にはルーベンスの冷酷無残な遺体が横たわっていた……。

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