第6話 メアリとアン③
ルーサーは双子に連れられて、というよりは案内させる形で二階へと上がった。
二人の足は自由にしてやった。両手は後ろ手に縛ったままで、勝手に動き回られないようリードを一本足してある。双子たちに前を歩かせ、ルーサーは後ろからリードを引いてついていく。まるで犬の散歩気分だ。
「いい加減このロープ外してくれてもいいんじゃないの? 別に逃げやしないって」
「別に逃げるとは思ってないさ。これでも警戒してんだよ。また雷でも落とされたら面倒だからな」
「ちぇっ、ドロボーなのにチキンでやんの」
「なんとでも言え。泥棒ってのは臆病者の方が長生きするんだよ」
子供とはいえ相手は魔術師だ。最初こそ油断したが、そうと分かってしまえばもう遅れをとることはない。メアリはもちろん、ルーサーはアンに対しても警戒を緩めることをしなかった。姉が魔術師ならば、その妹も魔術師であると考えるのが普通だ。
むしろ、ここまでアンがその手の内を一切見せないのが逆に引っかかっていた。
するとルーサーの視線に気付いてか、アンはびくびくとした仕草で振り返った。
「……あの、なんですか?」
「いや、別に。気にせず案内を続けてくれ」
彼女の表情に嘘があるとは思えない。傷付けられるのが怖いから、大人しく泥棒に従っている。被害者の心理としてはおかしなところはない。気にしすぎだろうか。
「女の子をジロジロとやらしーんだ。気を付けなよアン、こいついきなり後ろからおっぱい触ってくるからさ」
「えっ、そうなのっ! 気持ち悪い!」
「いや本当に……、マジで黙って歩いてくれないかな」
その余裕っぷりが臆病な泥棒を不安にさせるのだ。分かっていてわざとそうしているのだとすれば、きっとこの双子たちは将来大物になるだろう。
その時自分がどんな人生を歩んでいるのかは、まさに今この仕事にかかっている。
「私たちの寝室は、ここです」
「用が済んだら早く出て行ってよね。ここは男子禁制、乙女の花園なんだからさ」
「はいはい、分かってるよ。そもそも最初から長居するつもりはなかったんだ」
階段を上がって通路を歩いてきただけだというのに、すでに一仕事終えたくらいの疲労感があった。その心労の原因は間違いなくこの双子たちだ。
これ以上ガキ共の相手は御免だ。そう思い、ルーサーは子供部屋の扉を開いた。
子供部屋は双子の共有スペースになっていた。仕切りなどはなく、シングルベッドが二つ中央に置かれている。そこを境に、それぞれのプライベート空間を彼女たちなりに区切っているようだった。そして、それぞれの個性や趣味も反映されているために色味や雰囲気もバラバラな内装になっている。
例えば片方にはぬいぐるみや可愛らしい小物が行儀よく飾られていて、本棚には小説や詩集が並んでいる。観葉植物を育てる趣味もあるようだ。全体的に綺麗に片付いていて、こちらは恐らくアンが使っている空間なのだろう。
だとすればもう片方がメアリ用のスペースだ。
メアリの方にも小物類は多かったが、そのどれもが珍妙なデザインの物ばかり。本棚を占める割合は漫画が多く、一部裁縫や衣装関係の本も差さっていた。机には裁縫道具と一緒に衣装生地が出しっぱなしになっている。案外手先が器用なのかもしれない。その他色々と雑な辺り、部屋の整理整頓はどうやら苦手なようだが……。
「それで、賢者の石を大事に仕舞ってるっていうタンスはこれか?」
ルーサーは部屋の角に置かれた
ルーサーはリードの先端をベッドの柵に括り付けながら、改めて訊ねた。
「で、それはどこに入ってる? 何段目だ? 俺が好き勝手に漁ってもいいならそうするが、それが嫌ならさっさと教えてくれ」
もうじきお宝とご対面。そう思うと、不思議と心が
だが、
「どうした? 早く俺に帰って欲しいんじゃなかったのか? こんなとこで今更意地を張ったって意味ないぞ?」
「ほら、メアちゃん?」
「……はあ、分かったよ。一番下だよ。お探しの物は一番下の段にございますぅー」
メアリは不貞腐れた口調で、しかし何故か頬がほんのりと赤い。棚の引き出しを開けてみると、その意味がルーサーにも分かった。
引き出しの中には彼女の衣服がぎっしりと入っていた。肌着や靴下、下着もまとめてそこに詰め込まれている。確かに、そんな所を見ず知らず男に漁らせるのは彼女でなくとも嫌がるはずだ。だが、こっちは泥棒。そこまで気遣ってやる必要はない。
「大方この中のどれかに包んでるんだろうが、一枚一枚捲ってみないと駄目か?」
メアリは悔しそうに「ぐぬぬ」と唇を噛む。それでもなんとか羞恥心を噛み殺して、渋々ながらに口を開いた。
「……………………パンツの中……」
「どの?」
「一番奥の真っ白い奴だよっ! レースの付いた、黄色いリボン付きの!」
やけくそ気味にそう叫んだあと、メアリはその場に膝をついて「ちくしょう、変態に汚された……」と泣きべそをかき始めた。
「メアちゃんはよく頑張ったよ。きっとお母さんも天国で褒めてくれてるよ」
その隣でアンはメアリに寄り添ってやっていた。直接その手で頭を撫でられない分、お互いの頭をこすりこすりとやりながら慰め合っている。
……まったく、仲がいいのやら悪いのやら。
謎の罪悪感に苛まれながらも、ルーサーは引き出しの中からその一枚を引っ張り出した。黄色いリボン付きの真っ白いパンツだ。触れてみると、ただの布切れには似つかわしくないゴロゴロとした感触がある。広げてみると、その正体が現れた。
賢者の石。俗にそれは、おとぎ話に存在する魔法の石のことを指す。
手にした者は全て手に入れる。そんな伝説と共に語り継がれる秘宝中の秘宝だ。
そしてそれは、一人の錬金術師の手によってこの世に具現した。
ニコラ・フラメールが創り出した“それ”は紛れもない、お宝だった。
だが、その姿形を目にしたその時、その姿形に触れたその時、ルーサーの心に沸いたのは疑問だった。
「……これが、賢者の石なのか……? ……こいつが?」
間違いなく“それ”を手にしているという実感はあるのに、その感覚自体が間違っているのではないかという認識のズレ。その違和感が、ルーサーの思考を止めた。
そして、その一瞬の空白が命取りとなった。
「おいお前ら、こいつは一体なんの真似——」
ルーサーは背後の双子たちを振り向こうとした。が、それは叶わなかった。
——プスリ、と。
なにか細長いモノがルーサーの首筋に突き刺さった。
「……う、ッ……!?」
蜂に刺されたような鋭い痛みが首筋に触れたと同時、ドロリとしたなにかが体内に染み込んできた。その異物感は痛みと共に瞬く間に全身に広がっていく。
そして、気付いた時には床にうつ伏せで倒れていた。
……一体、なにが……ッ、……俺は今なにをされたんだ……?
「ごめんなさい、泥棒さん。きっとそれって痛いですよね」
全身の筋肉が痙攣を起こしていた。身体が引き攣った笑いを延々と繰り返していて、思うように身体を動かすことができなかった。
それでもなんとか首だけを動かして、少女の声がした方に向き直る。
「でも、泥棒さんが悪いんですよ? 私たちの大切な物を盗もうとするから」
「……妹……っ、お前か……!」
アンは依然メアリの隣に寄り添ったままだったが、その両腕は自由になっていた。彼女の足元には、切断されたロープが転がっている。いつの間に切ったのだろうか。彼女の手にはそれらしき刃物は握られていない。だとすれば一体どうやって。
思考の定まらぬ頭で考えていると、その答えは自ら目の前に現れた。
トコトコ、トコトコと。
そいつらは、二本の足で歩いてやって来た。
『クィィッ、キッキッキィィ……ッ』
——その正体は、ぬいぐるみだった。
ヒト形の小さなぬいぐるみだ。二本の腕があって二本の足がある。綿しか詰まっていなさそうなふにゃふにゃとした体をしていて、頭にはボタンの目玉と口を模した縫い目が付いている。そんな珍妙な輩が十数体。鳴き声とも笑い声ともつかない不気味な声を上げながら、ルーサーの周りを取り囲んでいた。
そして、
「お願い、ぬいぐるみさんたち。その悪い人を縛り上げちゃって」
『——ヘェェィル、イエェェェェエエッ!』
アンの号令で一斉に飛び上がったぬいぐるみの集団は、奇声と共にルーサー目掛けて飛び掛かって来た。きっと今晩は悪夢にうなされることになるのだろうな、とそんな考えが頭をよぎり、そのままルーサーの意識は昏い眠りの中へと堕ちていった。
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