第2話 転生初日・大ピンチ

 (ヤバイやばいyabai!)

(シ☆ヌ!)

 黒髪清楚の新しい神様が手を振りかざした途端、草原に現れたと思った矢先にこれである。


 植物だから呼吸の仕方がわからないのだ!


 さらに前世の記憶も曖昧なため、光合成も自力ではできない。記憶があったとしても体は既に人間なので光合成などで気もしない。


 まさしく植物の恥である。


 しかしそうも言ってられないのが現実だ。みるみるうちに顔は青ざめ鼓動が早まる。


 どうにかしようにも経験がなく、意識が沼に落ちるように消えかかる。


「うぅッ…ぁ」

「あの、誰かいるんですか?」


 最後の力を振り絞り、精一杯の声を出した瞬間に聞こえた誰かの声。


 声の主へ、残る力を振り絞り、近づく。


 そして彼は、そのただならぬ雰囲気を察知したのだろう。

 すぐさま駆け寄り抱き上げた。


「大丈夫ですか!?」

「うっ…たす、け」

「どうしたんですか?何があったんですか!?」

「こ…キュ」

「え?」

「呼吸、の仕方が…分かり…ま」


 衝撃が走る。誰でも一度は経験があるだろう。学校の授業で鬼教師に質問された時、はたまた鬼畜上司に作業進捗を正直に話した時。


 受け入れ難い事実とは、時に急に訪れるものだ。それは日常の風景を一変させ、呼吸を乱し、心に暗闇を作る。


 そう、彼は今暗闇に落ちているのだ。


 生まれた時から平凡で、唯一の取り柄といえば人一倍の優しさ。どんな時でも

「お前だから話せるんだ」「あんただから頼みたいのよ」

 幾度となく、己の今までの優しさに自信の心が満たされる。そんな日々が続いてた。


 今日、初めて思う。


(…は?助けない方が良かったのかな、これ?)


 もはや無理だ。生理現象とまでは言わずとも、その運動に意識などほとんど存在しない。息を止めるのならばそれは脳からの指令によるものなのだろう。


 しかし!今!この地味な服装選手権ナンバーワンの座を欲しいがままにしそうなほどに地味な彼の腕の中にいる男の窮地、その全容は!


 『息の仕方がわからない』


 唇を噛み締め、涙を飲み腕を下ろす。無理だ、助けられない。


「安心してください」

「っ…?」

「ちゃんとお墓作りますから」

「ん、墓がどうしたって?ウーリ」

「うわっワイス!?」


 せめてもの償いに御墓参りの習慣化を決めようとした瞬間、背後から聴こえる友人の声。茂みの中から額の大きなゴーグルを覗かせる。


「なんか聞いたことのない声が聞こえると思ったんだけど」

「その声の人がこの人なんだよ!それでこの人が、なんか息の仕方がわからないって言っててね!?」

「なんだそんなことかよ」

「そんなことって、この人死んじゃうかもしれないんだよ?」


 茂みの中でああではないこうではないと、人の生死についての議論が交わされる。太陽が頂点に登る真昼間。

 繰り広げられる奇妙な光景。子供に人口呼吸をされる成人男性。シンプルに絵面がきつい。が、そんなことを言っている間に彼の顔色は、徐々に健康的な艶やかさを取り戻していた。


「良かった!ちゃんと蘇れたんたね!」

「あぁ、ありがとう」

「いやまだ死んでなかっただろ。ウーリくんそういうところ直さないとだぞ?」

「それにしてもなんでこんなところで倒れてなの?」

「しかも裸じゃん!?俺全裸の大人に人工呼吸したのかよ…」


 手頃な布で体を覆い、食料と水を三人で分けながら話時は続いた。

 先ほどとは打って変わって、賑やかな談話に変わる。ギリギリのところで助かったことや、なぜ裸なのか、どこからきたのか。


「いやいや、植物の転生者なんて聞いた事ねえよ!お前ほんとに面白いよな!」

「それに神様の話も気になるよね。新しい神様が生まれるとかもさ」

「まぁ気がついたらここにいたんだけどな」

「そうだ、早いところ俺らの街に案内して謎を解き明かそうぜ!」

「そうだね、それにまだ知らないことも多いだろうし。僕たちも何かできそうなことがあったら手伝うよ!」


 子供の好奇心と、まだ生まれたばかりの植物の人間的感覚。広大な世界の中でこの地へ来られたのは奇跡なのだろう。その巡り合わせを祝うように、彼らの会話は弾んで行く。 

 時期に日は傾きだし、夜が近づく。

 暗くならないうちにと向かい側に見える壁の方へ歩き出した。


「へぇ!じゃあお前今神様の体使ってんのか!?触ってもいい?」

「あ、ずるいよ!僕も僕も!」

「何があるかわからないが、いいぞ」


 そんなくだらない話をしながら、

 伸びる影とは真逆に近づく、冴え冴えとした白い壁。

 壁沿いに歩くこと数分。入り口の門が見えてきた。


 おそらく人の列があった痕跡と、何やら険しい表情を浮かべる二人の男。

 銀色の鎧を体に纏い、頭の兜を脇に抱えている。どうやら門兵のようだ。

 両者とも2枚の書類に頭を悩まされているようだ。

 一人の男が三人に気づいたようで、こちらと書類の両方に目を通す。

 もう一人の男が面倒だと言いたげな顔をし、数秒頭を抱えた後こちらに歩み出した。


「おいガキども、今度は何の悪戯だ?流石に俺でも怒るぞ」

「そんなんじゃねえよキルーグさん!聞いてくれよ転生者だよ!」

「草むらで死にかけていたんです。僕が偶然見つけて、その後来たワイスが助けました」

「助けられました」

「そうなんだぜキルーグさん!俺いっつも悪戯小僧だとか言われてるけど、やればできるやつなんだぜ」

「そうか、そうだなよくやった。とりあえずもう暗いからお前たちは早く帰れ。それとあんたは残ってくれ」


 ユーリたちと別れた後、キルーグと呼ばれていた男に連れられて街に入る。

 中の様子は活発だ。夕暮れ時にもかかわらず男連中は資材を運び、女連中は躍起になって装飾を施している。お祭り前の騒ぎ声だ。

 そんな中でも彼ら彼女らから、先を歩く男への声が届く。労いや挨拶、祭事への招待などさまざまだ。


 流し見だけでもこの雰囲気や街の装飾が普段のものではないと理解できる。この賑やかさがどこまで続くのかと気になっていた矢先、途端にその雰囲気が消えた。足元を見ると今まで歩いた道とは違う色合い、そして建物。


「ここから先はあまり一般人は通る場所じゃないからな。人混みは大丈夫だったか?何もなければこのまま進むが」

「大丈夫だ。それにしてもあれは何事なんだ?」

「そうだな、歩きながら話そう」


 なんでも明日から三日、街ではこれ以上の賑やかさが続くらしい。それがなぜかといえば、この国の歴史における転換点がこの三日に集中しているからだ。


 初日には大国との貿易の始まり、二日目には開戦と新技術の発見、そして三日目。最も古い日付。その日この国に神様が生まれた。それ以外にも奴隷からの脱却や国王の誕生、独立に終戦。あらゆる歴史がこの三日間に詰まっているのだそう。


「そんな祭りの直前に、あんたがこの国に来たってわけだ。しかも話によればその肉体は神様のものらしいしな」

「あぁ、そうだ」

「ホント、軽く言ってくれるよな。こちとらその三日が一番退屈な上に、上の連中はその間もずっと仕事だってのにさ。本当に不憫でしょうがねえよ」

「なんか、スマン」

「ま、俺はその辺見張っとくだけでいいからさ、まだ気楽なんだよ。たまにガキどもが飯くれるしな。あとは美人さんがこっちに寄ってきてくれたりだな」

「なるほど、門兵の皆さんには十分な福利厚生が敷かれているはずですが、まだサボるつもりですか?キルーグさん」


隣で変な声をあげて汗を吹き出すキルーグ。そして目の前の女性は何やら圧を放っているが、何よりも。


「え、お、俺か?」

「キルーグさん、彼がその人ですか?」

「あぁそうだ、ガキどもが見つけたらしい。なんでも最初は死にかけてたそうだ。あとでご褒美やらないとだな」

「そうですね、褒めないとですね。でも何よりもまず先に私の残業時間が増えることだけは阻止しなければなりません。とても残念ですがキルーグさんもついてきてください。サビ残です」

「マジかよ」


大人二人が生々しい現状への嫌悪感を表しつつ、さらに奥へ進む。

雰囲気はより一層重く、しかし美麗さを帯びた装飾も増えつつある。一眼でわかるのはこの先には一般人が取り扱う代物も仕事もないだろうということだけ。


「それとあなたにも言わなければならないことがあります」

「なんだ?」

「大体の情報はつかんでいます。前世は人間に滅ぼされた植物で、その後神様と出会い、体を譲り受けこの地に転生した、と」

「まぁそうだな」

「前提として、今までに転生者問われる方達は複数存在しています。圧倒的な力を持つものや特異な存在として現れる者も。それは実に百年前の今日から」


先ほどよりも重い雰囲気を纏った彼女は告げる。


「簡潔に述べます。結果次第では貴方を殺さなければなりません」






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