第67話

夫婦となったその次の日から刹那は前よりも俺にベッタリとなった。


「圭介さん♥️」


「ん? 何だ?」


「ん~ん❤️ 呼んでみただけ♥️」


「圭介さん♥️」


「ん?」


「大好き♥️」


朝起きてからずっとこの調子である。


俺が少し刹那の呼び掛けに反応しなかっただけで


「圭介さんはウチの事が嫌いになった?」


と涙目で俺の袖や服の裾を引っ張り膨れる。 その度に


「刹那の事嫌いになる訳無いじゃないか。ずっと死ぬまで大好きだよ」


と言って刹那の事をあやす必要が出てきた。 少しだけ……ほんの少しだけ大変だ。


この刹那の態度に困った事が1つだけある。それは、刹那が俺の行く場所に必ず付いて来たがる様になってしまった事だ。


寝室~リビング~キッチンを移動するだけの距離を鳥の雛の様に俺の後をぴったりとくっついてくる。


それだけならまだ可愛い行動と思えるが、トイレの中まで一緒に入ろうとするのだけは止めて欲しい。


当然入浴をする時も一緒じゃないと嫌だと駄々を捏ねる始末。 ……こんなに甘えん坊だったか?




月曜日、俺が会社に出勤しようとすると


「圭介さんの会社にウチも一緒に行く」


と言い出した。


いやいや、刹那さんや。貴女も仕事が在るでしょうが。


「刹那も仕事があるだろ? 刹那の仕事を頑張っておいで」


「……嫌だ」


「え? 今何と?」


「やだ。ウチ仕事行きたくない。ウチずっと圭介さんと一緒に居る。圭介さんの会社に一緒に行く」


いやいや、それは駄目でしょ?


「駄目だよ刹那? 篠宮さんやスタッフさんに迷惑掛ける事になっちゃうからね?」


俺がそう言うと、刹那は目一杯に涙を溜めて


「やだやだ!! ウチは圭介さんと片時も離れたく無いの!! 圭介さんと一緒に行くんだもん!!」


と駄々を捏ね出した。


……何なんでしょうねこの可愛い生き物は。 刹那の駄々を捏ねる姿を見ていたら、俺は刹那を離したくなくなってくるじゃないか。


いやいや、そこは自重しよう。俺は刹那を優しく抱き締めて


「刹那が頑張ってくれるのが俺は1番嬉しいから。それに、刹那の事を待っていてくれる人達が沢山居るだろ? その人達を元気に出来るのは刹那だけなんだからね? 頑張って仕事に行こうね? その人達の為にも、俺の為にも……ね?」


そう言うと刹那は


「……ウチが仕事頑張ったら圭介さんは嬉しいの? だったら頑張る。仕事に行く。圭介さんの為に」


と渋々了承してくれた。 ほっ。良かった。 俺と一緒に居たいだけの為に大事な仕事に穴を開けるなんてあってはならない事だからな。


俺は刹那の支度を手伝い、刹那を仕事に送り出す。 玄関から出る迄に何度も俺の方を振り向き切なそうな顔を見せる刹那を笑顔で送り出した後、俺も自分の会社に出社した。 あの切なそうな顔を思い出すと胸が苦しくなるな。



出社し、自分のデスクに座り仕事の準備をしていると、後から赤坂が声を掛けてきた。


「お? どうした丹羽。 朝から疲れた顔をしてるけど。何かあったのか?」


「赤坂おはよう。実はな、刹那がなかなか俺から離れてくれなくて」


「何かムカつく悩みだな。別に良いじゃないか? 恋人同士なんだし。可愛いじゃないの。彼氏と一緒に居たいなんて我が儘」


「それだけならまだしも、一緒に会社迄来るって言い出したんだ。それは流石にまずいだろ?」


「……それは流石にまずいな。会社内がパニックになりかねん。 しかし……刹那さんってそんな甘えん坊だったか? そんなイメージが全く無いんだが?」


「刹那の誕生日パーティーをしてから甘えん坊になってしまったんだよ」


「ほうほう。甘えん坊になったきっかけがあるのか?」


「……あるんだ。 実は……誰にも言うなよ?」


「言わねーよ。ほれほれ、言ってみろよ」


「分かった。実は俺と刹那は夫婦になったんだ。刹那の誕生日の翌日に婚姻届を区役所に提出して入籍したんだ」


俺がそう言うと、赤坂はポカーンとした顔をして


「……え? 今何と?」


「聞こえなかったか? 俺と刹那は夫婦になったと言ったんだ」


もう1度俺がそう言うと、赤坂は声にならない程の絶叫をする。 まるでガラスを引っ掻いた様な声を挙げていた。


俺は慌てて赤坂の口を押さえる。


「馬鹿お前!! 何て声を出してるんだ!」


「お、おおお! お前! 今滅茶苦茶大変な事をさらっと言いやがったな!! 刹那さんと夫婦になっただと!?」


赤坂が俺に早口で捲し立てる。


「ああ。その日にプロポーズもしたしな。それに婚姻届にサインをしないと刹那が不安がって仕方なかったんだよ」


「……お前刹那さんのファンに殺されるぞ」


「そんな事百も承知だ。俺は刹那を世界中の誰よりも愛している。これからずっと死ぬまで護っていくつもりだ」


「……そこまでの覚悟があるのなら心配ないな。素直に俺はお前達2人を祝福するよ。丹羽、おめでとう。これから大変だと思うけど頑張れよ。俺で良かったら幾らでも力貸すからさ」


「ああ。ありがとう。お前にそう言って貰えると嬉しいよ」


俺達はお互いの拳をコツンと合わせ笑い合った。


「で、そのお陰で刹那さんが甘々に甘えだしたと」


「多分そうだと思う」


「……正直羨ましいな」



俺達がそんな事を話していると、何だか急に周りがザワザワしだした。


ん? 急にどうしたんだ? 何かあったんだろうか?


すると、ザワザワしだした場所を見た赤坂がサッと顔色を変えた。


「お、おい! 丹羽、あそこを見ろ!」


「急にどうしたんだよ? あそこに何が……」


赤坂が指を指す方向に目を向けると、そこには何か巾着袋を持った刹那が入り口に立って周りをキョロキョロしていた。


そして俺の姿を見つけると、満面の笑みを浮かべて走り寄ってくる。 そして一言


「来ちゃった♥️」



















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