小説家のあなたへ、ロボットの僕から挨拶を

古井論理

従姉は登場が唐突

 12月27日の正午の街を歩く僕の頭の中には、最近以前にもまして高まってきた羨ましさに似た考えが浮かび続けていた。

「みんなはいいよなぁ、友達がいて」

 そうボソリと呟いたとき正面から聞こえてきた聞き覚えのある声に、僕は顔を上げた。

「あ、英二くん」

 顔を上げた先には、優莉ゆうり姉さんが立っていた。優莉姉さんは僕の従姉いとこで、今は高校2年生だ。

「どうしたの、優莉姉さん」

「部活帰りだね?英二くん、ちょっと走るよ」

「え?」

「ほら、ついてきて」

 そう言うと、優莉姉さんは走り出した。中河原なかがわらの迷路のような町並みに沿った道を右へ左へと駆け抜けた優莉姉さんと僕は、一軒の民家の前にたどり着いたのだった。

「さて、今の状況を整理しようか」

 優莉姉さんが息も切らさず芝居がかった口調で放った言葉に、僕の頭の中では理不尽の三文字がおどる。

「状況……?」

 部活帰りにいきなり親戚がやってきたあとわけもわからず厚着のまま走ることになった中学2年生の気持ちを考えてみてほしい。おそらく理不尽を感じずにはいられないだろう。

「今、英二くんの親御さんと妹さんは旅行に行ってる。それは大丈夫だね?」

「……え」

「英二くんの親御さんと妹さんは、今日から1月4日まで旅行に行くことになっていた。その間するべき君の世話を私に押し付けて、7泊8日の正月沖縄旅行と洒落込むらしい」

「そんなこと言われた覚えなんて……」

 そこで僕は夏休みにお母さんに言われた一言をはたと思い出した。

――「英二、正月は旅行に行くんだけどどうする?」と聞かれた僕は「10日後までに返事をする」と答えたはずだった。そしてそのあと返事をした覚えはない。10日が過ぎたら行かないことになる約束だったような……

「あー……」

 頭を抱え、座り込む僕。優莉姉さんは哀れみの目で僕を見ているであろう。実際、顔を上げると「やれやれ」とでも言いたげな顔で僕を見下ろしていた。

「そんなに私と過ごすのが嫌なの?」

「嫌じゃないけど……」

「ならいいじゃん。旅行より楽しいことは保証するよ」

「ほう?」

「大丈夫、いいこといっぱいできるから」

「だめだよ」

 優莉姉さんの表情が少し読み取りにくくなる。

「何を想像した……?」

「……」

「なぁに、私が英二くんを性的な目で見てるとでも?自惚れすぎるのも考えものだね」

「……別にそういうわけじゃ」

「しかし英二くん、どこでも一人ぼっちだね」

「……」

「家でも学校でも一人なのは知ってたけど部活でも一人なのはちょっと引いたわ」

「……」

「何か喋らないの?とりあえず家入ろっか」

 優莉姉さんはそう言ってドアを開けて僕を招き入れた。

「お邪魔します」

 優莉姉さんは一人で暮らしている。僕の叔父夫婦……優莉姉さんの両親は2年前に富山に引っ越して野菜を作っているからだ。優莉姉さんは「私は高校2年生ながら一人暮らしのマスターだ」と豪語しているが、一回小火ぼやを出しかけたのは内緒だ。


 家の中に入ると、僕は途端に積み上げられた本に遭遇し、危うくぶつかりかけた。なんとか避けた僕は、階段を上がってリビングに入った。

「お昼済んでる?」

「済んでない……じゃなかった、まだ」

「じゃあ私が作るね」

「えっ」

「チャーハン作るんだけど何か文句でも……?」

「消し炭でしょ……?」

 僕はそう言って、置いてあったカップ麺を取った。賞味期限は切れているが、これでも消し炭よりはマシなはずだ。

「こら、ちゃんと栄養摂らなきゃダメでしょ」

 僕がパッケージを破るより早く、優莉姉さんはカップ麺を僕の手から奪い取った。

「ええ……」

 奪い返そうとする僕の手を遮って、優莉姉さんは「部活にも支障が出るでしょ」と言った。

「吹奏楽部だけど」

「吹部経験者として言わせてもらうと、吹奏楽で最重要のファクターは身体だからね」

「また身も蓋もないことを……」

「とにかく、チャーハン見てから決めよ?」

「……やだ」

「よっぽど食べたくないんだね……じゃあ10分待って」

「10分……?」

「10分で私はチャーハンを作る」

「はいはい」

 僕はカップ麺を諦め、優莉姉さんを追ってキッチンへと向かった。

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