33.なんで琥珀にあんなことしたの?



次の日の朝、琥珀は学校でみっちょんに、原稿中のいおくんのことをお願い出来るか聞いてみた。


首を傾げて、カフェオレをちぅーってストローで飲んでいるみっちょんもかわいい。




「原稿中のいおの監視をしてほしい?」


「そ、そうなの!」


「っていうか三徹?アイツ馬鹿じゃないの?」




呆れた溜め息を吐くみっちょんに、琥珀も沢山頷いていく。


やっぱ無茶してるよね!?


あまりにも黒曜でそれが当たり前のようにされてたから、琥珀の方がおかしいのかと思っちゃったよ!!




「まぁ、寝る時間くらい確保は出来るでしょう、きっと。そこまで無茶なスケジュールも立てないだろうし」


「そうかな?」


「遊んでるか、遊んでるか、遊んでる時間があるかよ」


「全部遊んでるね!?」




とにかく今日の放課後、どこかに無駄な時間があるんじゃないかと、黒曜まで来て見てくれるそうだ。




琥珀はアシスタント作業(枠線引き&消しゴムかけ&小物描き)を今日はやっていく。


漫画の枠線引きにはミリペンの太めのサイズを使うよ!


ミリペンは一定の太さの線が引けるペンで、なかなかに便利!









みっちょんと共に黒曜の作業場の扉を開けるなり、彼女は一直線にそこにいたいおくんのもとへといき、顔面を両手で鷲づかむ。


その場にいたの全員が息を呑んだ。




ちょ、ちょ、ちょ、来て早々バトらないでねっ……!?




「徹夜って聞いたんだけど」


「……ハイ」




けれどどことなくいおくんに元気がなさそうで。


あれ、なんだかいおくん、いつもより大人しい気がする。


…………はっ!まさか。




「徹夜?は?ばかじゃないの?そんなんで体持つわけないじゃない。生活リズム崩れたらボロボロになるわよ」


「…………ハイ」


「で、今日は?寝たの?」


「………………」


「琥珀、確か下にいおのベッドがあるのよね?」




やっぱり徹夜してて眠いんだね!!?




ベッドの件に関しては、以前確かにそんなようなことを聞いた。


ここの隣の部屋にもベッドはあるし、下にはいおくん専用のベッドがあるそうだけれど。


……きっと専用の方がいいよね!!




「入ったことはないけど、そう聞いたことあるよ!」


「寝かせてくるの?」




既に作業を始めている雨林さんが、みっちょんに尋ねる。


いおくんいなくても進められるんだろうか?




「アシスタントだけでどれだけ今作業出来る?」




雨林さんは原稿を見渡すと、首を傾げる。


アシスタントの話なら雨林さんが詳しい。




「いおりと同時進行でしかしたことがないからわからないけど、一時間は余裕でもつだろうね」


「コイツ寝かせてきていい?」


「おいミツハ」


「寝るんだよ」


「…………ハイ」




ガンつけたみっちょん、怖ぁ……。




ということでしばし、みっちょんといおくんは抜けることになりました。


何やら先にコーヒーを飲ませてから、らしい。




みっちょん曰く、コーヒーが効くのに30分ほどかかる為、先に飲んでから寝ると30分後くらいに自然と目が覚めて、ちょうどいいくらいの仮眠ができるそう。


ガッツリ寝かせるのは夜だそうだ。







それから琥珀たちアシスタント組は淡々と作業をしていって、どれくらい経っただろうか?


仮眠を終えていおくんとみっちょんが戻って来たのが一時間後とかだと思う。




「こんな状態じゃ琥珀に心配かけるし琥珀の体に悪いのよ。今すぐ正しなさい」


「ミツハいつもより怖ぇ」


「上が休まないと下は呑気に休んでらんないのよ。アンタが必死こいてぶっ倒れると下にまで影響来るでしょうが。つまり琥珀が心配すんのよ!前回ぶっ倒れた話は琥珀から聞いてるんだからね?ていうか何あのモンエナ缶のストックは。カフェ中ナメてんじゃないでしょうね?」




こっぴどく叱られているいおくん。


どうやら叱られながら戻って来たらしい。


いい仕事してくれるなぁ、みっちょん!


琥珀もそう叱りたかったんだよ!!




あとでカフェオレおごってあげよう!


今度またパフェ食べに行くのもいいね!!


作業しながらるんるんと妄想が膨らんでいく琥珀。




「アンタ明日から音ゲーの時間絞りなさいよね。やり過ぎなのよ寝る前三時間してるとか馬鹿じゃないの?」


「三時間!!?」


「三時間とか余裕だし……」


「寝ろっつってんのよ!夜10時以降のスマホ禁止徹底しなさい」




スマホ制限された時のいおくんの顔ったら、それはもう悲しそうだった。




「みゃあココに住んでるんでしょう?ならみゃあに見届けてもらうわ。ちゃんと寝るように」




むすっとするいおくん、チッと舌打ちをしてみっちょんに蹴られる。


あぁ、喧嘩しないで……。


この二人やっぱりハラハラする……。




「破ったら約束なしだから」


「……」




どんな約束をしたのかなんて私たちにはわからないけれど、それがどうやらいおくんにとっては重大なことのようで。


悔しそうないおくんに、琥珀はまた蒸気のアイマスクを渡してあげた。


がんばれ、いおくん。


物凄く眉間に皺を寄せて、不満顔をしていたけれど、受け取ってくれた。









そしてその数日後、みっちょんはある箱を持って黒曜に来ていた。




「なにそれ?」


「時間設定して、その時間が経たないと開かない箱」




なんていう物騒なもんを持ってきて、そこにいおくんのスマホをぽつんと入れたのだ。




「これで毎日8時間設定しなさい」


「鬼か……」


「琥珀があんなに心配そうにしていたんだから、それだけ重大ってことよ。アンタ体壊したら漫画描けなくなるんだからね!?わかってる!?」


「俺の安寧は……」


「徹夜してぶっ倒れる方が穏やかじゃないっつってんのよ。まずは効率上げるわよ。体に叩き込みなさい」




さすがみっちょん、考えることが鬼畜だった。


けれど正論だった。


え、ガチのみっちょん怖……。




「俺の癒しは……?」


「じゃあ休憩中だけ私が話し相手になってあげるわよ。あとここ、私来る時はいおの部屋と作業場との扉開けとくわね。部活終わってから来るから」




作業時間中はみっちょんは一階の漫画部屋にいるらしい。


本当にコレでいおくんが休まって原稿もちゃんと終わるのか?と聞いてみたところ、もし予定より遅れそうならみっちょんも原稿作業に入ってくれるようだ。


一旦詰められるとこだけ詰めて、様子見らしい。




ちなみにその場にいた他のアシスタントさんは、背筋を凍らせて陰で『鬼だ』と呟いていた。


いおくんを従えてしまえるみっちょん……恐ろしい子……。


でも好き。






「それで、結局最近琥珀は人の顔見て、何言いたげにしてるわけ?」




学校にて昼休み、作業疲れも交じってぼーっとみっちょんの顔を見ていたらそう聞かれて、ビクリと肩を跳ねさせてしまった。


え、あれ?


琥珀、みっちょんのことそんなに見てた……?




「いおもなんか時々ニヤニヤしてくるし」


「ニヤニヤ……」


「みゃあも琥珀のことガン見してるし」


「あぁ……未夜くん、あれどうしたんだろうね?」


「で、アンタは何隠してんのよ」




最近、ふと作業に入ったりすると、よくぼーっとする。


それは……あの、咲くんのことがよく……ぼっと浮かんできてしまっていて。


みっちょんに言おうかナイショにしておこうかって考えてる時も、ぼーっとしちゃっている。




でも、気付かれてしまったからには……言うべきだろうか?


ちょっととってもすごく言いにくいけれど。


琥珀ひとりで悩んでても……終わりが来る気がしない。




琥珀は琥珀の気持ちがわからない。


そして、咲くんの気持ちもわからない……。




「あ、あの……」


「うん」


「ち、ちぅはレモン味じゃなかった……」


「は?」



数秒、みっちょんの頭の上でハテナが回る。


ついでにレモンも回る回る。




そして。




「ちょっとあの男殴りに行ってくるわ」




みっちょんは過激派だった。




「ま、ま、ま、待って待って待って」


「何考えてんだあの似非王子」


「待って待って待っ……だからなんでわかるの!!?」


「琥珀が鈍いのよ!」




みっちょんの腕をギューッと掴んで止めたい琥珀、そのままずるずると引きずられていく。


弱い!琥珀の力弱い!!!


誰かっへるぷみー!!!




「ち、ちがっ!!琥珀はレモンの話をしてただけでっ」


「アンタそんなホイホイキスされてんじゃないわよ!自覚してんならともかく!」


「む、むりだったんだもん!!!」




避けられないし、近付かれちゃうとなんか見とれちゃうんだよ、咲くんの顔!!!


ていうか、き、きすって……恥ずかしいから口に出さないでぇぇぇ!!


学校で晒さないでぇぇぇ!!!




「ど、どこ行く気!?」


「屋上」


「琥珀このまま引きずられて階段登られたら、お顔ガンガンぶつけちゃう!!!」




わーわーとそんな風に騒いでいると、『咲くん咲くん』と柔らかい声が聞こえて来て、動きが止まる。


声のした方を向けば、何やら人だかりが出来ていて。


中心にいる人物は何やら窓辺にいるようだった。




「咲くん、今日は放課後予定あるの?」「いつも外を眺めて何を見ているの?」「ところであの噂の女とはあれ以来何もないみたいに見えるんだけど……結局二人は」




どれもこれも女の人の声で、そこから咲くんの声は聞こえて来ない。


けれど、なんだか。




みっちょんが琥珀を見る。




「琥珀?」




琥珀は、琥珀の気持ちがよくわからない。


咲くんの気持ちもよく、わからない。


だけど。




あれはなんだか、心がざわざわとして、嫌だ。




「みっちょん、戻ろ」




もてもて?ってやつだ。


咲くんはもてもてってやつなんだ。


黒曜のみんなの中にいる時とも、なんだか違って見える。




咲くんが何を見ていたのなんかわからない、何を考えているのか、声を出したのか、誰かのその問いにあの柔らかい表情で応えたのか……そんなのわからなくて。


琥珀の想像だけが膨らんでしまっている。




じゃあなんで琥珀にあんなことしたの?


なんで琥珀だったの?


琥珀じゃなくても、咲くんはたくさん、選べる人がいるんじゃないの?


琥珀の絵が咲くんに何を与えたっていうの?


琥珀の絵で何が変わるというの?


琥珀の――




「琥珀っ」




みっちょんの声がして、気付けばみっちょんが琥珀の両頬に手を当てて顔を上げさせていた。


気付けば教室に戻って来ていて。




「……え、あ、みっちょん」




へらり、琥珀は笑う。


いつものように。


それを胸の中に仕舞って。




そうして笑っていたらまた、みっちょんもにこりとわらってくれるんじゃないかって。




「琥珀、自分の気持ちを無視するんじゃない」


「……」


「またあんな風に、不安が爆発する琥珀を、私は見たくないよ」


「……みっちょん」




ダメだよみっちょん。


今琥珀、目の奥がつんって痛くて、何か溢れてきちゃいそうなんだから。


我慢しなくちゃ、午後の授業が受けらんなくなっちゃいそうだよ。




「みっちょん、なんだかママみたいだなぁ。いおくんの面倒見てくれて、琥珀の面倒見てくれて」


「心配くらいするでしょ」


「琥珀は……たぶんだいじょぶなのよ」


「大丈夫じゃなかった頃があるから気にしてんじゃない」


「みっちょんは優しいね」




でもね、琥珀、ちょっとまだ気持ちがぐちゃぐちゃってしてて。


どうすればいいのか、わからないの。




咲くんさっき、女の子から肩に手を置かれていたな、とか。


あんなに囲まれているのはいつものことなんだろうか、とか。


琥珀に触れてたのもそんな、慣れている延長線上なんだろうか、とか。




ちぅくらいじゃ、咲くんの気持ちは――。




「アンタの気持ちはどうなのよ」




琥珀の妄想の横から入ってくる、そんなみっちょんの声。




「アンタは何を思って、何から目を反らしてんのよ」




咲くんの気持ちが知りたい。


でもそれを知る勇気は琥珀にはない。


琥珀の気持ちはわからない。


なんで琥珀は琥珀の気持ちがわからないのか、わからない。




ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ。


どろどろとした黒い感情に飲み込まれそうで、それからひたすら逃げていたい。




「琥珀は……楽しく過ごしたいだけ」


「現実逃避よ、それ」




みっちょんの言葉がグサグサ、グサグサ痛い。


思っていることははっきり言うタイプだ、みっちょんは。


琥珀のことを思ってくれてるからこそ痛い、それはわかる、わかるけど。




「琥珀はみっちょんほど強くいられない」


「琥珀っ」




琥珀は逃げ出した。教室から駆け出して逃げた。


突き放した、拒絶した、向き合えなかった。


向かう先は保健室。


涙をこらえて、チャイムの鳴る廊下を走っていく。




誰かに足をかけられて転んだ、誰にかなんてどうでもよくて。


膝と手に擦り傷が出来たからちょうどいいって、そのまままた駆け出して。




保健室の扉が見えた頃にはもう、既に涙が止まらなくなっていた。


うぅ、みっちょんに盾突いてしまった……うぅ。




静かな廊下、始まった授業、きっと生徒は通りかからない……そう思って。


保健室の前で座り込んで、体育座りで琥珀はぐすぐす泣いてしまっていた。




みっちょん、ごべんなざい……琥珀受け止めきれなかった……いっぱいいっぱいだった……ぶぇっ。


べちょべちょな顔してスンスン泣いていると、急に保健室の扉が勢いよく開かれる。




「!!???」


「んだよ、このズビズビお前か」


「!!???」




そこから出てきたのは、いおくんでした。




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