31.コイバナというやつ……?
ぽわぽわ、ぽわぽわ、思い出す。
咲くんからの、ふぁ、ふぁーすとちぅ……で、琥珀は頭がいっぱいで、思わずぼーっと…………。
ぼーーーっと…………。
なんて、考える暇もないうちに。
「あのパッ金、タイマンで骨折しやがって今回アシ入れねぇとよ」
「…………はい?」
原稿を前にしてそう、いおくんから聞かされていた。
「前回はインクぶちまけて今回は骨折か」
そう言ってため息を吐くのは雨林さん。
はっ!!信号カラーの時の黄色髪さんのこと!!?
「だ、大丈夫なの?」
「生きてるから平気だろ」
「平気の基準!!!」
というか、タイマンで骨折ってなに!?
ていうか、タイマンてなに!!?
「アイツ勝ったんすかね?」
「いや、負けた」
「弱っ」
赤ちんの質問に答えるいおくんが、眉をひそめてため息をつく。
なんか……よくわからないけど聞いてるだけでかわいそう……。
「つーわけで、まぁ今日の消しゴムかけ組は赤青二人でやれ。で、琥珀」
「あ、はい」
「お前ポーズしに来い」
はた、と一瞬考える琥珀ちゃんは、この瞬間まで忘れていました。
……あぁ!!!
デッサンのポーズ!!!!
今の今まで、そんなこと言われていたことも忘れていました、そうだそうだ、そんな話も聞いてた気がする。
今日から琥珀はどうやら描かれる係も兼任するらしい。
消しゴムかけ組の赤青ちんにはぜひとも綺麗に頑張ってほしい。
ので。
「あの、お二人とも」
「え?」
「どした女神さん?」
「これ、差し入れなのですが……」
そう言ってお二人に差し出したのは、消しゴム。
普通の消しゴムではない、普通のまと〇るくんでもない。
まと〇るくんよりももっと柔らかくしなやかで、消しカスもまとまってくれる、漫画化コーナーに売っていた企業努力のたまものな消しゴムなのだ。
何しろ、これでポロリと消しゴムが欠けてたり折れたことがなくなった素晴らしき一品。
「消しゴム?」
「素晴らしくきれいによく消せて、もうこれ以外の消しゴムは考えられなった消しゴムさんです!ぜひ消しゴムかけのお供にお使いください!トーンと同じICから出てる消しゴムさんなのです……!!!」
これは!!これだけは渡してあげたかった!!
みっちょんと画材屋さん巡りしている時に漫画コーナーの砂けしの隣に置いてあったのだけれど、これがなんとまぁよく消えるしストレスがないのだ。
消しゴム一つ、だけれどこの一つが大きく貢献してくれることだろうと琥珀ちゃんは胸を張って言える。
だてに画材屋さんに通い詰めてない。
「消しゴム一つで語れる女神さんかっけぇ!!」
「消しやすいって、つまり俺たちの負担が少し減るとかそういうことっすか?」
「ちなみにカバーも外して使っちゃうか、消す側の四つ角を先に切っておくと、消しゴムが折れにくくなるのでお試しあれ!!」
「すげー!!!」
きゃきゃうふふ消しゴム一つで騒いでいると、隣からにゅるりと手が伸びてきてちょっとビビった。
「わ、リンくんか」
「これ見覚えある。つけペン買いに行くとき見たな」
「リンくんも使います?」
るんるん、布教活動に勤しむ琥珀は今日も楽しく画材のお話をしています!
画材は素晴らしいよ!
楽しいよ!
使い比べするの楽しいよ!!!
「後で試せてもらうよ。ていうか画材好きなの?」
「大好きです!よく漁ってます!」
「……そう」
ふいっと視線を外して自分の席に戻っていくリンくん。
うりんりん、キミも画材が気になるんだね?
琥珀の仲間だね!!!ふふっ。
そして、いおくんのクロッキーが始まった。
「もっと肘上げて髪靡かせる直前意識して立て」
「はいっ」
「エロく」
「……??????????」
「無理か。お前色気ねぇしな」
「難しすぎる要求にはお答えできませんっ」
「首少しだけ傾げとけ……逆だ、煽ってる目つきもよこせ」
「むちゃぶり!!」
こうして琥珀はいおくんの無茶振りに答えつつポーズを撮ることになったのでした。
ギンとした目で睨みを効かせてみるも
「煽るって意味わかってんのか?」
「え、喧嘩売ってる感じではなくて……?」
「エロくっつっただろうが。誰がエロく喧嘩売れっつったよ、腹立つ顔しやがって」
「ひっど!!!」
うぅん、難しい。
「絶対みっちょんのがこういうのうまい……」
しょぼくれる琥珀に、一瞬手を止めるいおくん。
「そのまま視線コッチ」
「……あい」
「しょぼくれると声までしょぼくれんのかよお前。まぁ顔なんてキャラの顔に描き換えちまうけどな」
「…………じゃあ表情いらなくないですか!?」
「雰囲気が大事なんだよこういうのは」
いおくんは難しい要求ばかりする。
琥珀はポーズするのに慣れてないから一苦労だよ。
琥珀はいつも景色を描いてるか、人も描くけど描かれる側にはあんまりならないもん。
ポーズとかよくわからない。
「アイツはもう、描かせないだろ」
「……え?」
「アイツは俺を避けてんだから」
みっちょんのこと?
みっちょんが、いおくんを避けてる……?
そんな話、聞いたことがなかったけれど、確かに元からお互いに仲良しさんみたいだったのに、保健室でいおくんとみっちょんが会うまで、琥珀はそのことを知らなかったし、みっちょんから聞いたこともなかった。
確かに不思議だった。
「なんか避けられるようなことした?」
「なんでわかんだよ」
「みっちょん、ちょっとやそっとじゃ人を避けるようなことはしないからなぁ。堂々としてていつもカッコイイのよっ」
「知ってる」
そう言ったいおくんは大きなため息を吐く。
「やっぱ嫌われたんかな……」
ぽつり、呟くいおくんは、なんだか寂しげで。
ん?琥珀には別にいおくんが嫌われているようには見えないけれど、なんでこんなにネガティブいおくんが出ているんだろう?
「みっちょん、嫌いな人とは一緒にデートしてくれないと思うし、それに……」
「それに?」
それに……そう、あの時一番焦っていたのはみっちょんだと思う。
「いおくんがデート中にいなくなった時、一番に気付いたのも、一番焦ったり怒ったりしてたのもみっちょんだったと思う」
たぶん、いおくんが方向音痴っていうのを一番理解していたのが、みっちょんだからだ。
未夜くんは騒ぐタイプでもないし、琥珀もそこまで酷いとは思っていなかった。
「ミツハが……焦った?」
「焦った焦った」
そして、急にギラリとした視線を向けられた琥珀は、ポーズをとったまま肩をビクつかせる。
な、なんだなんだっ!
「お前から見て、脈あると思うか?」
その質問に、琥珀はぽかんと口が開いてしまったけれど。
「………………脈はみんな打ってると思うの」
「臓器の話じゃねぇんだよ。気ィあるか見えるかってこと」
「気?」
「だから……はぁ、ミツハが俺に惚れる可能性。惚れるがわからないとは言わせねぇぞ」
「それはわかる!!!」
惚れる……惚れ………………惚れ!!???!??
一瞬意味が理解出来ず、宙をグルグルと回っていた言葉たちが、急にストンと落ちてきた。
脈も、気も、惚れ……惚れるかを聞いてたってこと!?
「え!!ということはいおくん、みっちょんのこと!!?」
「言うなよ」
「すっっっっ!!!」
「言うな見るな誰にも言うんじゃねぇぞ」
まさかの展開である!!!!!
顔を赤らめさせたいおくんは首をガックリ落として片手を額に当てている。
レアだ!!
ガチヤンキーが照れていらっしゃる!!!!
「はっ!!ということはコレが例の、コイバナというやつ……!?」
コイバナなんて女の子同士でするもんだと思っていたのに!!!
まさかのガチガチヤンキーのいおくんとするなんて思ったこともなかったよ!!?
「もう黙れお前……」
「……」
「キラキラした目がウゼェ」
仕方ないよ!
だって琥珀の推し?だよ!?
推しの二人だよ!!?
にまにましちゃうっ!!ふふ
「いいから、アイツ脈……、いや気……、惚れるように見えるかって」
「うぅん、みっちょんツンデレさんだから難しいなぁ」
「お前ツンデレはわかんのかよ」
いおくんにみっちょんがねぇ……どうだろう?
二人が言い合ってる時はすごく、琥珀的には好きな雰囲気なんだけど、琥珀が好きかどうかじゃないもんねぇ。
「あ!好きな人聞いてみようか!」
「ぶっ!!!」
けほけほ、空咳をしてから飲み物を口へと運ぶいおくん。
噎せちゃった?なんで?
「おま、それは直接的過ぎて俺にダメージが 」
「……告んないの?」
「もっと時間が必要なんだよ!アイツはジワジワ落としとかねぇと逃げる……絶対また逃げられる……」
「ふむ」
ちなみに琥珀はそろそろこのポーズをやめたいんだけれど、いおくんは描けたんだろうか?
「ジワジワっていうなら、やっぱりみっちょんにポーズ頼んでみては?」
あれ、でもほんとは黒曜に来ちゃダメなんだっけ?
ん?それは咲くんの部屋だけか?
一応みっちょんも黒曜に来たことあるからダメではないとは思うんだけど……。
「あー……よく考えりゃそれも……いや待て、喰いたくなる」
「喰っっっ!!!!ダメだよ!!!ダメだよみっちょんたべちゃ!!!!」
「……その反応、お前ようやく意味理解したな?」
で、でも、みっちょん強いから、いおくん相手でも華麗な手さばきでシュシュッと避けてくれる気がする…………!?
画材あったらそんなスペースないかな……いおくん相手なら大丈夫かな……?
なんだかんだで口で丸め込んじゃうくらい、みっちょんも強いから大丈夫だと思った!
「俺の話したんだから次お前な?」
「なんですと!!?」
クロッキーを一旦終え、私たちは小休憩に入った……はずだったのに!!
「お前なんで喰うの意味、急に理解した?経緯教えろよ、誰かになんかされただろ?」
「ぴぇっ!!?」
「いや……お前まだ処女か?」
「ぴ…………ぴ?」
「あ、これは処女だわ、理解理解。つーことはキスだかなんだかあたりのことだとでも思ってんのか?」
「ぴっっっ!!!!」
どうしよう……琥珀は今聞きたくない話に片脚突っ込まされている気がするのだけれど。
琥珀はそれ以上は聞いちゃいけない気がして、でもちょっと好奇心もあるんだけど、いやでもそれはいおくんと話すべきじゃない!と頭の中で警報が鳴っている。
みっちょんからの注意事項もちゃんと覚えているんだからっ!!
「キス……ここの奴か?」
「が、学校の人かもしれないよ?」
「下のやつらはまず無いだろ?俺もないし、咲だな」
「なんでみんな当ててくるんですかっ」
こわいよーなんでよーリンくんに引き続きそーいうのすぐ当ててくんのよぉーこわいよー!!
「お前、黒曜でのお前の立ち位置話されてねぇの?」
「……咲くんといおくんの次って話……?それとこれとになんの関係が……」
「黒曜で三番目に偉い奴を襲えるバカは、ここにはいねぇ。ガチな奴はくるかもしれねぇけど、後ろに咲ついてっし手は出さねぇだろ」
「…………え!!?」
もしかして、リンくんの三択もそこから出てきたの……?
いや、あの時二択に修正して一人減ってた、それって……。
それっていおくん、リンくんにバレてないか……?
女遊びしなくなったからリンくんの候補の中からいおくんが消去されたんじゃなかったっけ?
でもみっちょんの影響ってことはリンくん知らないのかな?
「お前気付いてねぇかもしれねぇけど」
「うん?」
「お前、咲に囲い込まれてんぞ」
ん????????????
琥珀の頭の中は、はてなでいっぱいになった。
囲い込むってそんな、そんなぁ〜。
突然そんなことを言われても、琥珀の中ではそんな感覚は無くて。
「いや、咲くん、ずっとついてくる訳でもないし」
別に、囲われてなんて……ねぇ?
というか、囲われているってどんな風に?
琥珀はイマイチぴんときていません。
「いや、もうほぼ抜け出せねぇ所まで咲に囲われてんだよ、お前」
「いやいやまさかぁ〜!ていうか、別に逃げたいわけでもないし……」
そんな風には感じていない琥珀ちゃんは、この時まで気付いていなかったのです。
黒曜のメンバーになることとは、上から三番目に偉いこととは。
「そもそも、黒曜に入れられた時点でお前、咲の特別な奴だって言いふらされてるもんだぞ」
「………………え?」
「その上ご丁寧に、学校でも俺ら集めてお前のクラス行ったろ。それでお前、一気に恐怖の対象確定なんだわ」
「…………………………え?」
「学校の連中は今まで通り接してくれるかもしれねぇが、心ん中じゃお前を怒らせねぇようにしてんだろうよ」
だんだんと話の雲行きが怪しくなってきた気がする。
ようやくこの時、琥珀は今の立ち位置をちゃんと自覚することになったのだった。
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