20.ペン先を変える……?



「線がまだまだいびつ。一定の力加減で引け」


「はいっ」


「定規の位置曲がってると線が曲がるから左手も気を抜かないで」


「はいっ」


「抜きがカスッカス。二度書きしても線の太さ一緒で印刷には出ないようにして。印刷されること意識」


「はいっ」




こんにちは皆様、線ひとつ引くのにボロボロな琥珀ちゃんからお届け失礼します。


定規で線を引く、ただこれだけの事が中々に難しいとはどういうことでしょうか。


そりゃあ不良の皆々様が音を上げてしまうのも納得しかない。


筋肉がバキバキに固まっちゃうわ!!




雨林さんの調教の元、真っ白な原稿用紙にひたすら一定間隔の線を書いています。


付けペンていうのは角度によって引けなかったり太さが変わったりするし、気を抜くとインクがボタッと落ちて定規の下に入り込むとべちょっと広がって、もう原稿が大惨事!!ひぇ!!


インクの量まで適切じゃないといけません!!ジーザス!!




「ほら、抜きの後ろの方ミミズみたいにふにゃふにゃしてんだけど。なに、ミミズなのお前?」


「ミミズにはなりたくありません師匠!!!」




うりんりん厳しいよ、ぴえん。




そこへ後ろからドカドカと大股で近寄って来て、頭のすぐ横から原稿を覗き込むサラリとしたオレンジの髪が目に入る。


スウェット姿の彼はユルい。寝起きか?




「お前、線ガタッガタだな」


「口出すならアドバイスだけにして欲しいよ、いおりんりん!!!」


「「いおりんりん」」




うりんりんに、いおりんりん。Wリンリン?


パンダみたいでかわいいじゃないか。


うぅん、でも呼び方似てると呼びにくいなぁ……。




「お前ほんといおりさんに対してそんな……」


「気にしねぇけどメンタルマジで強いよなコイツ」


「てへぺろりんぬ!!」




琥珀は二人に向かって舌を出すと、呆れた顔を向けられてしまった。


世間が冷たいよぅ。




ふと伸ばされた手が定規を掴む。


すると、ここ数日共に苦しみを分かち合ってきた私の定規ちゃんが攫われて行ってしまった。


定規ないと線引く練習出来ないのにっ!!




「琥珀ちゃんのおじゃま虫をしに来たんですかっ!?」


「いや、定規がすり減ってんじゃねぇかと思って」


「…………ほぇ?」




ティッシュでキュキュッと拭き取られた定規のメモリ部分を、指先でツーっとなぞるいおりさん。


先の方汚れてるから、それじゃ手が汚れてしまうよ?


そして私の手はもうインクでまっくろけっけだ。洗いたい。




「筆で線を引くのとは違って、プラ製の定規に直接ペン先を当ててるだろ。結構引っかかるんだよ」


「新しめの36センチ定規ですけど……」


「カッターもこれ使ってるだろ。メモリのとこもどんどんすり減ってくから定規は消耗品だ」


「マジですか」




ちなみに筆で直線を描く時は、定規の溝に先の丸い棒を当ててお箸のように筆を持って線を引くから、定規には直接当てない。




いおりんりんの言う通り、プラスチックの定規を使っているとカッターで削れることもある。


ペン先がそこに引っ掛かることもあるかもしれない。


角度に慣れていないせいもあるんだろうか?




「カッターだけステンレス定規使うとか工夫しろよ。メモリ側使わないとか」


「エッジのついていない方を使うってこと? 」


「そう。まぁあとはペン先を引っ掛けねぇように回数重ねりゃ慣れる」


「うむ……参考にします」




……ちゃんとしたアドバイスを貰ってしまった……!!!


いおりんりん先生、意外とやっさしぃ!!!


琥珀見直しちゃったよ!!!




「線引くだけならペン先変えて試してみろよ。筆圧に対してペン先が合ってねぇ時もある」


「ペン先を変える……?」




今使っていたのは丸ペンだ。


基本的にペン軸にペン先を突っ込んで固定してつかうのだけど、丸ペンは細い線も太い線も力加減で柔軟に変化する、スタンダードなペン先。


柔らかな線が引けるGペンより少し硬めのペン先だ。




雨林さんから一番最初に渡されたペン先をひとつしか使ってない……つまり初期装備のまま今も練習している琥珀ちゃんであるっ!!




「……そういえばその丸ペン、初期に付けたままなの?」




雨林さんが眉間にシワを寄せて私に尋ねてくる。


私がこくりと頷くと、雨林さんもいおりさんも頭を抱えてしまわれた!!


なぜなの!!!




「一緒に渡した他のペン先は?」


「筆箱に仕舞ってありまする」


「琥珀お前……ペン先は繊細で、力を加えてる分書き味がどんどん変わってくる。そりゃ書きにくくなってくるわけだ」


「………………まさかこのペン先もう既に寿命ってことですか!!?!?」




まって、何日使った……?


まだ使い始めて一週間も経ってないぞ!!?




「目に見えて壊れるの待ってたら原稿がガタガタになる、やめろ」


「そうなんですか」


「ペン先はガチャみたいなもんで、すぐ使えなくなるやつもあればくっそ長持ちするやつもある。メーカーによっても変わるし、ペン先の種類にもよる」


「ペン先の奥が深すぎて、ちょっと初心者には難しいです」




鉛筆や筆のことならまだわかるけど、付けペンは初挑戦だからなぁ。


まだまだ経験値が足りない。




でもやっぱり、新しい画材の使い方を教えて貰えることって楽しい!!


線一本引くのに技術だけじゃなくて、道具の使いやすさも考えないと綺麗に仕上がらないのね。


そりゃあ下の不良さんたちもなかなか使えないわけだね。




いくら勇者様でも初期装備のままじゃ、魔王を倒せになんて行けないもんね……。




「使えなくなるのはカッターも同じだ、切れはしても削りにくくなっていくからすぐ変えろ」


「漫画ってめっちゃ道具の消耗するんですね」


「人によるし、見た目じゃわからないから書き味と感覚頼りですぐ捨てるからな」




そう言って定規を返してくれるいおりさんが、私を見てふっと笑う。




「マジでお前逃げねェのな」




何のことを言われているやら、首をコキンと傾げてみる。




ピキィィィと首に走る痛みに、私は顔を真っ青にした。




つりそう!!ダメな角度だった!!!!


ピキキンと鋭い痛みと共に後頭部までぐわりと痛みが響いてくる。




「首つりました!!!!」


「は?」


「ずっと固まってたから!!急に動かしたらつりました!!!!痛い!!ひぃ!!」




ムリムリめちゃくちゃ痛い、頭おかしくなりそう!!


琥珀ちゃんちょっと最近、怪我の類が多いんじゃないかしら!!?


ひぃひぃと俯いて痛みを逃がしていると、ぶふっと盛大に噴いた声が雨林さんの方から聞こえて来た。




もう一度言おう、あのツン100%の雨林さんが盛大に噴いた。




「何盛大に笑ってんですか!!こっちは瀕死なんですからねっ!?」


「や…………そろそ、ふっ……休む、か……っくふ……」


「笑いが堪え切れてないんですけど!!」




なんてこった!!


こんな時に雨林さんのその噴き出している顔すら見られないなんて!!


首が動かせないわ!!


痛いわぁぁぁぁ!!!(涙目)




「運動不足辺りじゃね?あっためて治まったら首回しとけよ」


「あっためるもの……!!!」


「お前マジで俺らのことパシる度胸あるのすげぇよ」


「はぁ……腹痛ぇ……」


「まだ笑ってたんですか」




少々痛みが落ち着いてきた琥珀ちゃんはゆっくりと首をもとの位置に戻す。


あったかいもの……っていったって、首のカーブにピッタリフィットするようなそんな都合のいいものなんて持っているはずがない!!


まだホッカイロの季節には早いのよっ!!




そう頭を悩ませていると、痛みに首に当てていた私の手首を掴まれ、首から離される。


その手があまりにも……そう、めちゃくちゃ温かくて。


離された手の代わりに、温かな手のひらが当てられる。




「笑ったら体温上がった」


「なんてこったい」




まさか雨林さんの手によって助けられることがあろうとは思っておらず……反応に困ってしまった。


ムズムズ、胸の奥の方からなんともいえない恥ずかしさが込み上げてくる。




「す、すみませぬ、お借りします……」


「早く治して」


「無茶は言わないでいただきたい!!」


「レトルトカレーでもあっためて首に当てるか」


「それ当てたら私火傷しません???」




クククッと下衆な笑い声を残してキッチンへと入って行ってしまわれたいおりさんに残された私たちは作業も出来ず気まずい空間が生まれてしまっていた。




「あ、の……おててありがとうございます」


「キモ」


「相変わらず冷たい」




けれど、手はあたたかい。


私が新参者だから当たりがキツいだけなのかもしれないけれど、でも心配(?)してあっためてくれたのは優しいと思う。




「……お前さ」


「はい?」


「俺のことはリンでいいから」




ぽつり、静かに呟かれた言葉を、頭の中で処理すること数秒。




あ、名前のこと……?と思って振り返ろうとした後頭部を掴まれて固定された。


なんてこったい。




「動くな」


「そうでした」




首は安静にしていないといけない。


くそう、その顔見てみたかったぜっ。




「咲のこと『くん』付けにしといて俺らのことは『さん』付けとかおかしいだろ」


「あー……たしかに?」




咲くんに対しては馴れ馴れしく行っちゃってるからなぁ。


いや、だって、すごい好青年ぽいところが『くん』の方が似合うんだもの。


咲くんは咲くんだよ、うん。


未夜くんも未夜くんだし。




「……りんちゃ……いだだだだだ後頭部えぐれる掴まないでっ!!!」


「未夜以外にそれ呼ばれんのクソ腹立つ」


「りんりんりんりんやめりんりん!!」


「くそ腹立つ」




これ絶対黒曜の上から三番目の人に対しての扱いじゃないよね!!?




「一回でいい」


「リンくんっ」


「なに」


「……リンくん意外と優しい」




不思議だなぁ、これまで一番距離を感じていた気がするのに。


名前の呼び方変えただけで、なんか……話しやすくなったような気がする。




すりっと、その手が首を一度擦る。


くすぐったくてぴくっと肩を少し竦めた。




「未夜のお気に入りだから、しかたなく」




和らいだ雰囲気に、私もわがまま言っていいかなぁ?と、この期に便乗してみた。




「琥珀も、名前呼ばれたい」


「は?」


「琥珀ちゃんです!」


「は?」




思えば、この人が琥珀のことを名前で呼んだことがあっただろうか。


いや、ない!たぶん!!(あやふやな記憶)




首に当てられた手がピクリと動く。


『嫌だ』とは言われていないなら、きっと迷ってるんじゃないだろうか。


これ、もしや押したらいけるんじゃね?




「りぴーとあふたーみぃ!!こはくちゃん!!!」


「…………お前自分でちゃん付けてて恥ずかしくねぇの」


「こはくちゃん!!!!!!」


「押し強……はぁ」




ため息をつかれるほどの勇気が必要なの!!?


と思っていると、指先で首にカリッと爪を立てられ、またピクリと肩が跳ねる。




後ろを向けないからって意地悪してるのねっ!!


引かないんだからね!!!




「………………ハク」




なんてムキィっと頬を膨らませていると、ため息の混じったようなその声が、耳元を掠める。


耳元を……?




「ハク。でいい?」




触れそうな程近付いた空気が、耳に触れる。


囁かれる声に、反射的に……頭に熱が溜まってきた。




え、まって、まって……近いみたいなんですが。


息、が……。




「え…………っと」


「その方が呼びやすい」


「…………いい、です」




思わずそう答えると、スッとその気配は遠ざかった。




「じゃあハク、首治った?」


「…………はっ!!!」




気付けば、ピキンと痛かったあの痛みも遠のき、ゆっくりと首を動かせる程度には回復していた。


もうちょい首の筋肉を伸ばしていたいかも。


ぐいいーっと顔を上に向けて首を伸ばすと雨林さん……リンくんの見下ろしている顔がようやく見えた。




「琥珀が動けないからって意地悪してませんでした?」


「あんなもん意地悪に入んねぇよ」


「リンくん」


「なに、ハク」




すました顔で、いつも通りな仏頂面の黒縁眼鏡の奥。


けれどその瞳は、いつもより冷たさが少しだけ、和らいでいるように見えて、私はふふっと笑った。




「リンリーン」


「鈴みたいに呼ぶな、あほ面」


「ひどぉい!」




雨林さんはリンくんに決定、かわりに琥珀ちゃんはハクと呼ばれるようになりました。


いおりさんはどうしようかなぁ。




「なにお前ら見つめ合って。いつの間に近付いてんだよ」


「あ、いおりん!」


「「いおりん????」」




やっぱりどちらもリンリーンという感じは抜けなくて。


悩みに悩んだ末、いおりんと呼んでみた!




「まて、リンリンうぜぇからいっそミツハと同じでいい」


「……いお?いおくん!しっくりきた!!」


「それでいい」




結局、暖かくて首に当てられそうなものは見つからず、蒸しタオルを袋に入れて持ってきて首に当ててくれた。




「やっと解放された」




そうため息をついたリンくんが手首を振って見せるから、その手をとって顔を上げた。




「リンくん、ありがと」




あったかいおててを貸してくれてありがと。


琥珀はリンくんがこんなに優しい人だとは思っていなかったよ。


あれだね、ギャップ萌えというやつかな!!!




にこりと笑いかけると、手を振り払われてしまった。ぴえん。


精一杯のお礼の気持ちが。




「お前リンくんになったの?」


「外出てきます」


「逃げんのかよ」




スタスタと部屋から出ていってしまったリンくん、残された琥珀といおくん。




「で、俺のいない間に呼び方決めてたのかよ?」


「そうですねぇ。リンくんは琥珀のことハクって呼んでくれるらしいです」


「へぇ。アイツが?」


「琥珀って呼ぶの恥ずかしかったんですかね?呼びやすいからって言ってたけど」




リンくん、ツンツンツンデレさんみたいだからなぁ。




「アイツはあんま人と馴れ合わねぇからなぁ。めずらし」


「前に下の子たちとお酒飲んでたんじゃなかったです?青ちんの二日酔い事件の前日」


「アレは俺が連れ込んだようなもんだからなぁ」


「まさかの元凶がここにいた」




いおくんに誘われちゃ、確かに断るのは難しいかもしれない。


あのリンくんだもんね、ぼっち飯してたくらいだもんね……。




「いいやら悪いやら、お前と馴染めそうでよかったのかもな」


「馴染みますかね?」


「お前しつこそうだから大丈夫だろ」




それは大丈夫なうちに入るのだろうか?




「雨林は言葉が直球でちっと扱いにくいが、未夜見てる通り、面倒見はいいし、背景もうまい。面倒みてもらえ」


「そうですね、私もリンくんから技術たくさん盗んで、引かれるほど上手くなりたいです」




私が最初ここに来た時、背景を描くスピードに圧倒されて引いたほどに、彼の手は正確で速かった。


この黒曜で唯一、細かい作業の得意な人。


その技術を認められている人。


私の師匠さん。


それでいて私の気付かないことも教えてくれる、実は優しい仲間。




また黒曜ここが少し、好きになりました。













■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□


今年初更新でした!!

あけましておめでとうございます(遅い)


お久しぶりです!

アンドロイドが育児する短編『ユーサネイジア-安楽死-』も書いていたので、そちらもよろしくお願いします(宣伝)


今年も黒曜の戦場、楽しんで頂けたら嬉しいです!

頑張ります〜٩( 'ω' )و




⇓ついった⇓

@rim_creator

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