第35話 シーサーペントを食べる

 シーサーペントの体はあまりにも巨大だったため、船に引き上げることは出来なかった。そのため、そのままロープで牽引し堤防にまで運んだ。

 堤防に引き上げる際、もしかしたらまだ生きているかも知れないと少し不安だったが、完全に絶命している様だった。槍が頭部の奥まで突き刺さり、リアの拳の衝撃が恐らく神経をズタズタにしたに違いない。

 堤防に引き上げるとすぐに、リアに血抜きと解体をお願いした。その巨体をものともせず、リアはシーサーペントのエラを切断し、腹を裂いた後に内臓を取り出した。

 その際に大量の血があふれ出たため、堤防は真っ赤になってしまったが、その状態を気にすることなくトゥヌス王は短剣を手に内臓へ近づいて行った。一体何をする気だろうか。

 トゥヌス王が胃袋を短剣で切ると、消化途中のディープサハギンが何体か出てきた。そのほとんどが原型をとどめておらず、正確な数は分からない。だが、やはりシーサーペントの好物はディープサハギンで間違い無かったようだ。

 王は、自らの服が汚れる事などお構いなしに、切り開いた胃袋の中を掻き分け何かを探している。

 そして、何かを見つけた様に動きを止めると、それを拾い上げ胸に抱きしめる様にして両ひざをついた。

 その肩は震えている。

 俺はなんて声をかければ良いのか分からず、ただそれを眺めているだけだった。いや、むしろこの場合は声をかけないのが正解なのかも知れない。


 暫くすると、立ち上がったトゥヌス王がこちらへやって来た。隣に立っていたセラに、汚れたティアラを差し出した。

「これは私の妻、つまりセリオラ。お前の母の物だ」

「こ、これがお母様の……」

 セラは震える手でそのティアラを受け取った。そして、まじまじと見ている。

 もしかしたら、何かを思い出しているのかも知れない。

 そして、静かに涙を流すと、トゥヌス王に抱きついた。

 俺は2人の邪魔をしてはいけないとその場を離れ、いまだ一心不乱に解体を続けるリアの元に向かった。

「私の父は海に落ちたからな。形見など無い」

 俺が何かを言う前に開口一番そう言われた。

「強いて言うなら、コイツの片目の傷が父の遺した物だな。もしコイツの両目が見えていたら、私の槍も弾かれていたかも知れない」

 確かにあの時リアは、シーサーペントの左側から跳躍していた。死角からの攻撃であったため、弾く事が出来なかったのかも知れないが、投擲の速度も速く、攻撃に気付いたとして果たして弾く事が出来たかどうかも疑問だ。

 けど、意外だったのがセラの言っていた事。

 リアは拳の方が強い。

 この言葉だった。

 いつも剣を持ち歩いているし、そもそも素人目から見ても卓越した剣技を身に付けていて、さらに剣速も速い。それなのに拳の方が強いとは一体どういう事なのか。

「本気を出せば、お前の頭蓋骨も一瞬で粉砕できるぞ? ただ、汚いからやらないがな」

 俺がじっとリアの拳を見ていると。俺が何を考えていたのかを察した様にそう口にした。

「聞いた瞬間は信じられなかったよ」

 リアの手を取ってまじまじと見る。

「だってほら、こんな細くてキレイな指をしているんだぜ? 怪我の後とか拳ダコも無くて白いこの手から、あんな打撃が繰り出されるとは普通思わないよ」

 すると急に手を振りほどかれ、その拳が俺の腹にめり込んだ。

「――っぐえ!」

 膝から崩れ落ちる。まともに呼吸が出来ない。

「き、気安く触るんじゃない!」

 そうむくれながら、またシーサーペントを解体する作業に戻ってしまった。

「ぐっ、はぁっ……はぁっ……」

 冷や汗を垂らしながら、何とか呼吸を復活させると、俺もシーサーペントの解体を手伝うことにした。


 改めて近くで見てみると、シーサーペントの体は棘状のウロコで覆われており、素手で触ると怪我をしてしまいそうだ。そして、肝心の身はというととても白く、多くの油分を含んでいることが分かる。

「これは、もしかしてバラムツに近いかも知れないな」

 試しに一切れ分だけ切り取り口にしてみる。やはり、口に入れた瞬間脂が溢れ出し、口の中一杯に広がった。味は、バラムツよりも美味い。

「うん、美味い」

 更にもう一切れ。

「マグロの大トロと養殖のブリをあわせたような味だ」

 更にもう一切れ。

「ヤバい、止まらない」

 もしこれがバラムツと同じような身質であれば、後々大変な事になるだろう。頭の片隅ではそう思っていても、止まらない。

 既に10切れぐらいは食べただろうか。美味しそうに食べている俺を見ていたのか、セラとトゥヌス王が傍にやって来た。

「あ~~! ヒロトってばズルい。私も食べたい~~」

「ふむ。私も興味があるな。一体どんな味なんだ?」

「いえ、これはまだ毒見の段階で……。もしこれが自分の想像している物だった場合、安易に口にしてはイケないものです」

「え~~? そうやって独り占めする気なんでしょ?」

「いや、決してそういう訳じゃないんだ……」

 しかし意外だった。小さい頃の記憶が無いセラならまだしも、トゥヌス王がこのシーサーペントを食べたいと言うとは思っていなかったからだ。なんせ、自分の妻を飲み込んだ相手だ。

「もしこれが、俺の世界のバラムツという魚と同じような身質だった場合、大変な事が起こるんだ」

「大変って、どんな?」

「お尻から脂が流れ出る」

「え?」

「しかも気付かないうちに」

「やだ! いやらしい!」

「ヒロトよ、つまりどういう事だ?」

 俺がはぐらかそうとしていたり、冗談を言っていると思っているのか、トゥヌス王の言葉に少し威圧感があった。

「バラムツという魚の身は、そのほとんどが脂なんです。しかも人間には消化できない種類の脂で、蝋と言った方が伝わるでしょうか。なので消化吸収されずにそのまま肛門から流れ出るんです」

「な、なんと!?」

「少量食べる分には問題ないですが、大量に摂取すると下痢や腹痛、場合によっては昏睡状態に陥るケースもあるんです。既に私は10切れぐらい食べているので、この後一体どうなるか……」

 そんな事を言っていると、お腹に少し違和感が出てきた。そして、気分が悪くなり目の前が暗くなり始めたところで意識を失った。


 目を覚ますと、城のベッドに寝かされていた。どうやら誰かが運んでくれたらしい。

 しかしそこで下半身の異変に気付く。なにやらヌルヌルとして生暖かい。

「これは、あれだな。うん。出てるね」

 そう悟った瞬間、部屋のドアが開いてセラとリアが入ってきた。

「ヒロト! 良かった目を覚ましたのね?」

 そして、勢いよくこちらに駆け寄り飛びついて来た。

「チョッ! まったまった――ああ!」

 セラが飛びついてきた勢いで、一緒にベッドから転げ落ちる。急いで体を起こしベッドを確認する。するとやはりお尻の部分に濡れたようなシミが出来ている。

 ふと見上げると、リアが既に剣を抜いていた。

「まぁ! ヒロトったら」

 後ろからはセラの驚いた様な声が聞こえた。

「待った待った! これはオネショじゃない! シーサーペントの脂だって!」

 気絶から目覚めた瞬間、またやられる訳には行かないので必死に説明を試みる。

「思った通りシーサーペントの身はバラムツと同じだったんだよ。一度説明したと思うけど、バラムツの脂は人間には消化吸収できない。だからこんな風に流れ出てしまうんだよ」

 そして、それは今もなお続いている。

「だから、今も出続けている」

 俺はスッと立ち上がり、臀部をリアへと向けた。リアはまるで汚物を見るかのようにその端正な顔をゆがませた。

「これは意思とか神経とか関係なく漏れてしまう。だからトゥヌス王、ましてやセラに食べさせる事は出来ないって訳さ」

「確かにこれは、大変そうね」

 セラは俺の臀部をまじまじと凝視しながら何か考え事をしている。もしかして、それでもなお食べたいという事のだろうか。

「ふんふん。なるほど」

 そして何かに納得したかのように頷くと、静かにリアを見た。

「ひ、姫様……もしや?」

 何かを察知したのかリアが後ずさる。

「今夜は、楽しめそうね」

 セラが邪悪な笑みを浮かべた。俺はセラが何を考えているのか考えるのを止めた。恐らくまた、一晩中隣の部屋からはリアの叫び声等が聞こえてくる事は容易に想像できたからだ。

「ところで、解体したシーサーペントはどうしたんだ?」

 リアの剣捌きなら、恐らく俺が寝ている間に解体は完了しているだろう。

「ああ、一旦港の倉庫に保管しているぞ。即席ではあるが水の魔晶を設置して一応腐らないようにしている」

「身に関してはどう料理するのかヒロトに確認してから。ウロコや骨、内臓なんかは色々と活用できそうだから全て保管するようにとお父様から指示が有ったの」

「確かに、あのウロコで盾とか鎧を作ったら強力そうだし、ヒレも刃物の様に鋭かったから使い道はありそうだね」

「ええ。お父様も同じような事を言っていたわ」

 加工するのになかなか骨が折れそうだが、いい武具が作れるだろう。

「さて、そろそろ着替えたいから部屋の外に行ってもらっても大丈夫かな?」

 いい加減、下半身のヌルヌルした感覚が気持ち悪くなって来た。

「ああそうだな。姫様一旦退室しましょう」

「そうね。でも、一人では大変そうだから手伝ってあげましょうか?」

「い、いやいやいや! 何を言っているんだよセラ。一人で大丈夫だって」

「そうかしら? ふふふ、残念ね」

 時折見せるセラのこの部分は何なのだろうか。いつもは天真爛漫で純粋な反応をするのに、時折蠱惑的というか小悪魔的というか、そんな部分を時折出してくる。

 2人が部屋を出て言った後ズボンと下着を脱ぐ。既に脂まみれになっており、とても重い。いま炎系の魔法を喰らったらよく燃えるだろうなと思わず笑みがこぼれる。

 しかし、ふと冷静に考えてみるととんでもなく恥ずかしい姿を2人に見られたのではないか。確かにオネショでは無いが、濡れたベッドと脂垂れ流しのお尻。

 今更ながら顔が赤くなってしまった。

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