第33話 シーサーペントを釣る2

 翌朝、第一堤防へ行くと準備が着々と進んでいた。


 すでにクレーンから伸びたロープには巨大な針が括りつけられている。今はクレーンの根元にあるロープを巻き取るハンドルにつけた魔晶の調整を行っているようだ。


「おお! 来たかヒロトよ」

 俺の姿を見つけた王が声をかけてきた。既にディープサハギンの脅威は無くなっている。なので王自ら現場を指揮しに来ているのかもしれない。もっとも、雰囲気からしてディープサハギンに後れを取るような王ではなさそうだが。


 それを裏付けるかのように、普段の煌びやかな飾りの付いた服ではなく、革製の軽鎧を身に纏っている。船上で戦う事を想定して重量の軽い装備なのだろう。


「おはようございます。既に準備万端といった感じですね」

「ああ、早く奴を討伐したくてうずうずしているよ」


 その言葉とは裏腹に、その瞳はどこか遠くを見つめているような感じがする。恐らく、シーサーペントに飲み込まれた王妃の事を考えているのかもしれない。


「ヒロト、準備はいい?」

 その声に振り向くと、王とはまた違った装飾が施された銀製の軽鎧を身に着けたセラが立っていた。その背後には相変わらずの仏頂面をしたリアが控えている。


「セラ!? どうしたんだそんな恰好で!」

 いつもと違うのは防具だけでは無かった。その腰にはレイピアを携えている。


「あら、もしかしてヒロトも私だけ仲間外れにしようとしていたのかしら?」

 その言葉に後ろに控えるリアが複雑そうな表情を浮かべた。恐らく、自分も付いていくと言ったセラを引き止め、反対したのだろう。だが、やはり主従関係がある以上引き止めきれなかったのかも知れない。


「いや、俺は元々セラがこの船に乗るなんて思っていなかっただけだよ」

 元々シーサーペントの討伐には、俺とトゥヌス王、そしてリアが参加する予定だった。だがよくよく考えてみると、リアはセラ専属の近衛兵だ。そのセラを城において行くのも可笑しな話かも知れない。


 それに、俺に比べセラの方が戦闘力はあるだろう。一般人の俺が反対できるわけもない。事故などが起きたら少し心配なのは有るけど。


「とにかく、誰がなんて言おうと私はこの船に乗るわ。シーサーペントの最期を見届ける権利はあるはずよ」

 まだ確実に討伐できる確証は無いけど、セラのいう事も一理ある。自分の母親を殺されているのだ。その動向が気になるのは当然だろう。


「それに、他のモンスターが襲ってくるかもしれないでしょう? 戦力は一人でも多い方が良いわ」

 セラは振り向き、リアの胸当てをコツンと拳で叩いた。


 多分、今の言葉は半分嘘で半分本当だろう。シーサーペントが母親の仇なのもそうだが、きっとリアの事が心配なのだ。シーサーペントが現れてから、リアはどことなく心ここにあらずと言った感じだし、何やら焦りを感じている。きっとそれを落ち着かせるためにも参戦する事にしたのかも知れない。


「さぁ、準備が出来たら出発するぞ」

 船を確認すると、既に出向の準備が整っている様だった。王が先に船に乗り込んだ。


 王に続き俺が船に乗り込むと、すぐ後ろをセラが付いてきた。タラップから足を滑らせないように、思わず手を差し伸べる。


「ふふっ、ありがとう」

 俺は思わずその笑顔にドキリとしてしまった。今までは子供っぽくてイタズラっ子のような笑みばかりだったが、少しだけ大人びたその笑顔には少しだけ艶っぽさを感じたからだ。


 そして華奢な見た目とは裏腹に、握った手はとても柔らかかった。


 無事にセラが乗船し、続いてやってきたリアにも手を差し伸べた。反射的に手を出してしまったが、心の中でしまったと思った。恐らくリアは俺のエスコートなど必要無いだろうし、『バカにするな』なんて罵倒されてしまいかねないからだ。


 けど、そんな予想は見事に裏切られた。一瞬キョトンとしたリアだったが、なんと俺の手を握ったのだ。驚きのあまりワンテンポ遅れてしまったが、グイッと腕を引っ張り乗船の手助けをする。


「すまない」

 俺の横をすり抜ける際、リアは小さくそう呟いた。緊張しているのか、もしかしたら俺に対して悪態をつく余裕が無いのかも知れない。緊張をほぐすために、後ろから抱きついてみようかなんて邪な考えが浮かんだが、抱きつく前に俺の両腕が切り落とされるかも知れないし、心を乱してしまうかも知れない。


 だから、

「リア、俺が絶対シーサーペントを釣ってやるからな」

 そう言って安心させてやる。


「フンッ! 誰も貴様に期待などしていない」

 すると、いつもの調子が戻ったのかそう吐き捨てた。けど、その言葉に冷たさは感じられなかった。


 やはりツンデレだなぁと思わず笑みがこぼれてしまう。


「なっ! 何がおかしい!」

「いや、別に~?」

「くっ、その笑みを止めろ! 今すぐ貴様を切り刻んで魚のえさにするぞ!?」

「おいおい、勘弁してくれよ。今回の餌は俺じゃなくディープサハギンなんだから」

 すると、丁度そこにディープサハギンが数体船上に運ばれてきた。だが、ディープサハギンは生きていない。通常の釣りでは餌であるアジなどは生かしたまま針に付けるが、ディープサハギンはある程度の知能と手足があるため逃げ出してしまう可能性もある。その為死体を使うのだが、それには条件があった。


 大量に出血した死体では無い事。


 恐らくシーサーペントは血の匂いに釣られてやって来るのではないかと思っている。前回船が襲われた時、直前にディープサハギンと戦闘を行っていたそうだ。そのほとんどは倒す事が出来たが、一匹だけ手負いの状態で海に逃げ込まれたらしい。そしてそのすぐ後に、シーサーペントがやって来て船に体当たりしてきという事だった。


 その為、あまり出血していないディープサハギンの死体が必要だった。斬撃で倒したディープサハギンの体には血がほとんど残っていないだろう。倒す時にはほとんど出血させず、ルアーとして使う際に切り傷を付けて海に少しずつ血を流すのだ。


 だから、撲殺か呪殺が望ましい。


 運び込まれたディープサハギンに裂傷は無く、頭部が少し陥没していた。上手くやってくれたのだろう。


「では、出向するぞ! 錨を上げ帆を張れ!」

 魔晶の調整が済み、ディープサハギンも搬入されるとトゥヌス王はそう高らかに指示を出した。


 ガラガラと鉄製の錨が引き上げられ、風にたなびきながら帆が張られた。そして船はゆっくりと離岸すると、船首を沖の方へ向け、快調に走り出した。

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