第10話 リミッター解除の日
ヤバイ。
呼び出したのはいいものの、ここからどうしていいのかが全く分からない。
今夜は満天の星空が夜空に輝き少し肌寒いながらも心地の良い夜風が心地い。
昼間の賑やかさが信じられないほど静かで聞こえるのはホウホウと鳴くフクロウの声。
そしてこのバルコニーには私とアカツキ2人きり。
うん。これはいわゆる最高のシチュエーションって奴。
お膳立てはバッチリ、あとは私が勇気を出せばいいだけ、うん、わかってる。
だけど…どうしよう。こんな状態を作ってもどこから切り出せばいいのかが全然分からない。
何度も何度も言葉にしようとしても寸前のところで詰まってしまう。
あれこれと考えれば考えるほど頭の中は絡まっていく。
結局、私はバルコニーに来てからあんなにも綺麗な星空さえも見ずにただ下を向いて黙っているだけ。
どうしよう、話がしたいからってこの場所に自分から誘ったくせに黙ったままなんて何をしているんだ私は。
いっぱい悩んで決心したのに、一歩前に進むって決めたのに、なのに、肝心なところであと一歩の勇気が出てこない。
あぁ、こうして私がこんな状態になってしまってから結構時間も経ってしまった気もする。
きっとアカツキも、困ってるよね、急に呼び出されたと思ったら黙り込まれて放置されてるんだもんね…そういえば、アカツキは今どんな様子なのかな…。
自分の事に一杯一杯で肝心のアカツキの事をほったらかしにしてしまっていた私はふと隣で少し距離を置いて立ってくれていた彼に視線を向ける。
その瞬間、顔が一気に熱を持つ。
何故か視線を向けるとすぐに目が合ったのだ。アカツキは私を愛でるように微笑んでこちらをずっと見ている。えっと、つまりこれは…?
「…星、見ないの?」
「星、ですか?」
「うん、あんなに綺麗なのに」
「確かに、長雨の後の星空は一段と輝きますね」
「じゃあ、なんで…その…私なんか見てないで星空見た方が…」
「ダメですか?」
「いや、ダメって言うか…っていうかいつからこっち見てた?」
「そうですね、ルクス様が下を向かれてからずっと、でしょうか?」
「ほぼ最初から!?…全く気が付かなかった」
慌てる私を見ながらアカツキはただただ変わらず優雅に微笑んでいる。
満月の光に照らされた彼の表情はまだ11歳だという事が信じられないほどいつもよりも色気を放ち、彼の綺麗な白髪がキラキラと眩しい。
そんな彼を直視することがとにかく恥ずかしくて私は目を全力で逸らした。
戸惑いやら恥ずかしさやらで体中が熱い。ただでさえ、もうどうしようもない状態の私にこれ以上追い打ちをかけないでくれ!
でもどうしよう、目を逸らしても分かる。アカツキはずっとこっちを見ている。
なんで、どうして?これじゃあもう本当このままアカツキに何も言えずに終わってしまう…!
焦りと不安で何時の間にかバルコニーの柵にかけていた私の手は震え、視界が揺らいでいくのがわかる。
嫌だ、泣きたくない。ここで泣いたら本当に何をしに来たかわからなくなる。
どうにか必死で涙を堪えつつ声を絞り出そうとしてもやっぱり上手く言葉にならない。
私は、なんて意気地なしなんだ、これから前に改めて進むためにも私は乗り越えなきゃいけないのに。
あぁ、でも、もうダメだ、…限界かも。ついに私の目に溜まった涙が一筋零れていった瞬間、心が折れかけた。
しかし零れ落ちると同時に私はアカツキに引き寄せられそのまま唇を奪われていた。
突然の出来事に私は理解が追い付かない。
しっかりと頭と背中に腕を回し力強く抱きしめられ、唇を通して感じるアカツキの熱が思考を奪っていく。
挨拶や儀式ではない、アカツキとの本当のキス。
それは信じられないほど幸せで、気が付けば次々と涙が溢れていた。
息が苦しくなる前にそっと私を解放してくれたアカツキは、そのまま優しく私の涙を手で拭ってくれる。
「すみません、あまりにもルクス様が可愛くていじらしくて少し虐めてしまいました」
「え?」
「俺の為にあんなにも悩んでいらっしゃるのが嬉しくて」
「あの…えっと?」
するとアカツキは何も言わず私の前に恭しく傅いた。
「何度も何度もお伝えしておりますが、俺はルクス様を主上としてだけではなく、心から愛するたった1人の女性としてお慕いしております。どうか、この先も騎士としてだけではなく貴女が愛するたった1人の男としてお傍に置いていただきたいのです」
「アカツキ…」
「申し訳ございません、本当は貴女の御言葉を待とうかと思っておりましたが、愛する人が俺の為に苦し気に涙を流す姿を見て、自分を止められませんでした」
「え?どういう事?…もしかして、アカツキ…貴方まさか、私が今日ここで何を話そうとしていたのか、わかってたの?」
「恐れながら」
「…じゃ、じゃあまさか私の事をずっと見てたのも…」
「えぇ、貴女が俺へお気持ちを伝えようと必死に御自分と格闘されているのがもう愛おしくて、それにやっと貴女が素直に認めて下さった事が嬉しくて、つい」
「ん?ん?あれ?やっと、って何?私がずっとアカツキの事を好きだったって知ってたの?あんなに必死に隠してたのに!?」
「えぇ、もちろん知ってました」
今日一番の笑顔をアカツキから見せられ、私はへなへなとその場に崩れ落ちた。
何それ、…全部私の一人相撲だったって事!?
私の今までの努力と葛藤は一体…?
それからアカツキの「知っていた」という言葉、まさかまたここでこの言葉を聞くなんて…。
実は今から数日前、私はルトスに気持ちを打ち明けた際、同じ言葉を言われていた。
「私のヲタ友にも[ズィ×アカ]沼にとことん落ちて子いたなぁ…懐かしい」
ルトスは私が落ち着くまで無理に話を聞こうとはせずに、しみじみと前世に想いを馳せていた。
「その方と是非語り合いたかった…」
一方的に自分の気持ちを泣き叫びながらルトスにぶつけきった私は、スッキリしたこともあり彼女の前世の話を聞きながら少しずつ冷静さを取り戻していく。
「私は【青ぐ】に関して言えば、ヒロインでもなく攻略キャラでもないところが生息地だったから、そのあたりのCPは何でも美味しくいただいちゃってたなぁ」
「うぅ、羨ましい。私も本当はこんな過激派じゃなくて幅広く楽しみたかった」
「まぁしょうがない、それはもう運命みたいなもんだからさ。[ズィ×アカ]に沼る事は決められていたんだよ、きっと」
「確かに…推しCPと出会う事は運命」
「そうそう。それにさ、ルクスも[ズィ×アカ]固定厨として色々と苦しい事もあったかもしれないけど後悔はしてないでしょ?楽しかったというか、生き甲斐だったというか」
「それはそう!私の人生にとってかけがえのないものだった!…でも…」
「でも?」
「それは自分がヒロインになって実際その世界で生きるだなんて微塵も思っていない頃の話だから…」
「あぁ、ね…。夢に見る事はあっても、まさか本当にヒロインとして生きるだなんて普通は誰も思わないよね」
そう。問題はそこなのだ。前世であれほどまで大切だった[ズィ×アカ]をまさか自ら否定するような事になるなんて、ルクスとして受け入れようとしてもやはりそれはかなり苦しいのだ。
ルトスは小さく息を吐くと、どんどん沈んでいってしまう私の頭を軽くなで、全てを悟ったかのように優しく話しかけてくれる。
「でも、これでやっとわかった」
「…何が?」
「ルクスが、アカツキへの気持ちをごまかす理由」
「え?」
「誰がどう見てもルクスだってアカツキが好きなのはバレバレなのにあえて距離をおこうとしたり、違う~!って必死に拒否してるからさ、なんでかなって思ってたの」
「うん?待って…それって…」
「私、てっきりルクスには本命の攻略キャラが別にいて、そのキャラとそういう関係になりたいから必死に堪えてるのかなって思ってた。それにほら常々【青ぐ】では主に腐女子として生きてたって言ってたからさ、そういう事を言うのが恥ずかしいのかなって思ってさ。だから今はっきりわかってスッキリした」
うん。ルトスったらいい笑顔。
「それは良かった…じゃなくて…あの、ルトス?」
「ん?」
「もしかしてずっと分かってた?私の気持ち」
「うん」
「…周りにバレバレって言ってたけど、もしかしてフウリたんやタソガレも?」
「ん~と正確には…ウィネもコットもお屋敷や街の皆もかな?」
「…嘘」
「うん、ごめんね、あのね、改めて言うよ、皆ルクスの気持ち知ってたよ」
今でもあの時の事を思い出すとどこかへ全速力で逃げ出したくなる。
私が一人で抱えていたと思い込んでいた想いはルトス達皆に筒抜けだったのだ。
もう、何と言葉にすればいいのやら。
一体私のこの悩み苦しんだ数年間とは?そして今知った新事実で当の本人にもバレていたとは?もう、笑うしかないでしょ、こんなの。
アカツキはあまりの衝撃に力なく座り込んだ私を再びそっと抱きしめてくれた。
しばらくはそのまま動くことも出来ず力なくアカツキに全てを預けていたが、大好きなアカツキの匂いと温かさを感じているうちに少しずつ力を取り戻していく。
「…ルトスがね、前世を全て忘れろなんて言わないって、むしろ大事にしなさいって」
ここにきてやっと私は整理をしながら自分の話を始める事が出来た。アカツキはそのまま聞いてくれている。
「それから、今の自分の事も大事にして欲しいって、ルトスにとってたった一人の大切な同士で可愛い妹だからって…。ここにいるのは前世の私ではなくて一緒に生きて来たルクス=カタクリだから、ルクス=カタクリとしての気持ちを忘れないで欲しいって」
そう、あの日、ルトスは朝が来るまでとことん私の[ズィ×アカ]語りに付き合ってくれた後に私へそう話してくれた。
前世だとか、運命だとかそういう事ではなくてルクスとして今生きている私の心を何よりもルトスは大事に思ってくれているのだ。
「全てを受け入れて、それでも好きだって思うならそれはもうしょうがない。受け入れるって決めたなら全力で支えるからとも言ってくれたんだ。それはそれ、これはこれの精神で行こうって笑ってた」
ずっと1人で悩んでいた私にとって彼女の言葉はとても大きくて泣けるほど心強くて。
そして私は今、ルクス=カタクリとして生きているという事を改めて教えてくれた。
その日以来、大切な人に話を聞いてもらえたからなのか今までが嘘みたいに素直にアカツキへの想いを自覚することが出来た。
もちろん悩むことはあるけれどもう1人で悩まなくてもいい、ルトスがいてくれる。
そして私はほどなくしてアカツキに想いを伝える事を決め、今に至った。
私は小さく深呼吸し、恥ずかしくて死にそうになる気持ちを抑えてアカツキの目をしっかりと見た。
「あのね、…私、ルトスみたいにしっかりしてなくてフウリみたいに優しくなくて、子供でわがままで泣き虫で…どうしようもないけれど…」
言った傍から再び涙が溢れる。でも、もう気にしている場合じゃない。
「好きです、…アカツキが、好き。ずっと、ずっとそう言いたかった。…だから傍にいて欲しい、ずっと」
泣きじゃくりながらなんとか伝えた私の想いを聞きアカツキは、今まで見た事がない顔をしてこう応えた。
「やっと、聞けた」
そういうとアカツキはまた私にキスを落とす。何も言わなくてもアカツキの私への想いが痛いほど伝わってくる。
やっと、想いが通じ合った。そう思えて、やはり私は更に泣いてしまった。
その後も何度も何度もアカツキからキスの雨を浴びせられ、私も少しでいいから私の気持ちが伝わって欲しいと必死で応えていた。
次第に、酸素も足りなくなり、さすがにもうどうにかなりそうだった私はアカツキに一度止めるようお願いする。
ところが、「今までルクス様の気持ちを汲んであえて一歩引いていました…けど、その必要はもうありませんよね?」
と恐ろしいほど美しい顔で制されてしまい、願いが届く事もなくキスの雨が止むことはなかった。
アカツキは今まで一歩引いていたとか言っていたけど、今までも十分ゲロ甘だった。という事はこの先はどうなってしまうのだろうか、考えただけでも少し恐ろしい。
でも、心のどこかでそれを嬉しく思う自分もいた。あぁ、あんなに悩んでたくせに本当に現金な女。
私は自分を自嘲しながらもただ今はアカツキからの愛を受け止め続けた。
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