第6話 三人の友
それから後、社交界でリュシエンヌとマルク、そしてミカエルが揃った時には必ずマルクはミカエルに声を掛けた。
そしてリュシエンヌとミカエルがさりげなく二人きりで話す時間を作り、マルク自身はその間他の貴族のところへと向かったのだ。
時には休憩室でリュシエンヌを待たせて、そこにミカエルを招き入れることもあった。
その際にマルクはというと他の貴族の令息と過ごしたり、好みの令嬢に声を掛けたりして過ごしていた。
「ミカエル様、このような振る舞いをして貴方の名誉を傷つけるのではありませんか?」
「このような振る舞い?」
「社交界で会う度に私と二人きりの時間を作る事です」
リュシエンヌはいくらマルクが主導しているとはいえ、ミカエルが婚約者のいる令嬢と頻繁に会っていることを周囲はよく思わないだろうと心配していた。
「ああ、そのようなことはリュシエンヌ嬢は気にしなくていいんだ。どうせ私に直接何か言ってくる輩はいないのだから」
ミカエルは現国王の甥っ子にあたる血筋であり、ペトラ公爵家令息という立場である。
そのような高貴な立場の者に、表立って苦言を呈する者は確かにいなかった。
それに、周囲から見てもミカエルに諂うマルクが
「それより、パンザは貴女に何か言ってきたのか?」
「恐れ多いことなのですが……。そのままの言葉で伝えますと、『ミカエル団長がお前のことをお気に召したようだ。俺の騎士団での立ち位置を考えれば、婚約者であるリュシエンヌが団長の希望を叶えることは当然の行いだ。俺のことを考えるならば、これからは団長の言う通りにするように。』との事です」
「ははッ……本当に救いようのない奴だな」
ミカエルはマルクがリュシエンヌに伝えた言葉を聞いて侮蔑の笑いが漏れた。
自分の立場の為に平気で婚約者の令嬢を上官に差し出し、それを隠そうともせずに婚約者を鼓舞し言い聞かせるなど本当に滑稽なことであった。
「マルク様の貞操観念をミカエル様にも当て嵌め、騎士団長であるミカエル様のことをそのように侮るなど、あってはならない事です。本当に申し訳ありません」
「いや、いいんだ。それこそこちらが望んだ通りに進んでいるのだから。最終的にパンザとリュシエンヌ嬢が婚約破棄をすることができれば良いのだ。それに、どうやら周囲も私を責めることより上官に婚約者を差し出しているパンザのことを非難する者の方が多いようだ」
リュシエンヌはミカエルが、同じ『幽霊が見える仲間』である自分にとても良くしてくれることを感謝した。
「ミカエル様、そういえば私にはローランしか見えないのですがミカエル様はたくさんの幽霊が見えているのですか?」
「そうだな。幼い頃からのことだから、はじめは幽霊と気づかずに人として接していたこともあったんだ。だが今はその見分けが付くし、親しい幽霊の友もできた。その友たちが、近頃のパンザの評判や私たちのことを話す貴族たちの声を伝えてくれるんだ」
「そうですか。今もここにいるのですか?」
リュシエンヌはこの休憩室を見回したが、ローラン以外にはミカエルしか居なかった。
「今この部屋には幽霊の友が三人と、ローラン殿がいるだけだな。基本的には友が近くにいる時には余程のことがない限り他の幽霊たちは近寄ってこないんだ」
「……やはり私にはローランしか見えません。ローラン、貴方には他の幽霊たちが見えているの?」
リュシエンヌは傍で静かに控えるローランへと声を掛けた。
「はい、お嬢様。ただいまミカエル様の傍に、高貴なお方とお美しいご婦人、それにまだ幼い少年のような方々がおられます」
「今私の傍にいるのが親しい友の幽霊三人で、古い王族で私の祖先でもあるファブリス、そして美しい貴婦人マリア、あとはまだ八歳と幼いエミールという少年だ」
ミカエルは自分の周りに手をやり、それぞれの幽霊がいるであろう場所へ視線を向けながらリュシエンヌに紹介した。
「大変失礼いたしました。ご挨拶が遅れましたが、私はリュシエンヌ・ド・クレメンティーと申します。此度はこのような事になり、ご迷惑をおかけすることもあるかと思います。どうかご容赦ください」
リュシエンヌはそちらへ向けて優雅なカーテシーで挨拶を行った。
「リュシエンヌ嬢、貴女もこの幽霊たちと親しくしてくれるか?」
「勿論でございます。私でよろしければ是非。ローランに仲間がいると分かっただけでも私は喜ばしいのですから」
「そうか。ありがとう」
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