走れチュロス
きのこ
怒れチュロス
チュロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の配達員を除かなければならぬと決意した。チュロスにはルートがわからぬ。チュロスは、美味しい美味しい食べ物である。生地を伸ばし、油で揚げられて作られてきた。けれども職務放棄に関しては、人一倍に敏感であった。きょう未明チュロスは工場を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此のお菓子の楽園…の周辺にやって来た。チュロスには五大栄養素も、痩せる秘訣も無い。女房もない。カロリー高めの、ねっとり油と二人暮しだ。この油は、汚くなってきたからと、近々捨てられることになっていた。新しい油も間近なのである。チュロスは、それなのに、キャッキャウフフしているカップルとやらのために、はるばる楽園…の周辺にやって来たのだ。トラックに揺られ、今度はどのカップルに食べられるのだろうとぼうっとした。チュロスには竹馬の友があった。ポップコーンである。今は此のお菓子の楽園で、子供たちを笑顔にしている。その友に、食べられる前に会えたらという思いでいる。生産ラインも違うし、久しく逢わなかったのだから、会えるのが楽しみである。トラックに揺られているうちにチュロスは、トラックの様子を怪しく思った。止まっている。信号もあるし、たまには止まるのも当たり前だが、けれども、なんだか、信号だけではなく、止まっている時間が、やけに長い。のんきなチュロスも、だんだん不安になってきた。運転席付近にいるお菓子をつかまえて、何があったのか、生まれ変わる前に此の楽園に来たときは、信号でもエンジンをブンブンふかして、排気ガス臭かったはずだが、と質問した。お菓子は、首を振って答えなかった。しばらく待ってまだ動かないので、もう一個のお菓子に声をかけ、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。お菓子は答えなかった。チュロスは根性で生やした両手でお菓子にヒビを入れて質問を重ねた。お菓子は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。
「配達員は、我々を置いていきました。」
「なぜ置いていくのだ。」
「恋人とデートに行ってくる、というのですが、とてもそんな、イケメンではおりませぬ。」
「トラックを置いてデートに行ったのか。」
「はい、はじめはネットで出会った方と。それから、従来よりいらっしゃった恋人様と。それから、ご友人の恋人様と。それから、友達の花子様と。」
「おどろいた。配達員は何股か。」
「四股でございます。女としか、居れないというのです。最低野郎でございます。このごろは、既に四股かけているというのに、さらに女性に手を出そうとしております。付き合ってはいないものの、デートをした人数は計り知れません。今日は既に、八人とデートしております。」
聞いて、チュロスは激怒した。
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