第14話 赤備え
「なるほど。シャムの侍とはのう」
真田幸村は山形城に戻り、上杉景勝と直江兼続に城下町でのことを説明した。共に目を見張る。
「当人が言うには、山形ではこれ以上活動をするつもりはないと」
「ふむ。にわかには信じがたいが、実際、攻撃を受けたのは山形の一度だけであるし、真田殿の言う通りかもしれぬのう」
「はい。このこと、伊達殿や井伊殿、立花殿にも報告しなければならないので、私はこれから江戸に戻りたいと思います」
「そうか。真田殿がいなくなるは残念であるが、上杉の事情でいつまでもいてもらうわけにはいかないからのう。馬を譲るゆえ急ぎ戻ってもらいたい」
幸村は景勝に馬を用意してもらい、すぐに江戸へと向かった。
江戸に戻ると、すでに立花宗茂は西へと戻っていったという。
「山形での問題が解決したという報告が江戸にも入ってきたゆえ、もう自分達はいらないだろうという話をしていた。であれば、次は因幡にいる毛利軍を解決することが肝要であると」
伊達政宗の説明に幸村も頷く。
宗茂とともに江戸に来たのは山形の最上の問題を解決するためであった。山形の問題が解決すれば江戸にいる必要はない。であれば、次になすことは毛利か前田への対策である。ただ、前田は全く動く素振りを見せていない。これを無理に叩くとなると、東にいる高田の松平忠輝も含めて藪蛇となりかねない。となると、毛利をまずは封じるべきである。
「それでは、私も西に戻ろうかと思います」
「うむ。その前に」
「…?」
「以前、堺で話をしたことは覚えているかな?」
「はい。もちろんでございます」
「いかがであろう? 真田殿、信濃を手配するゆえ、徳川家に仕えるというのは?」
「信濃でございますか…」
信濃は真田家発祥の地でもあるし、兄の治める沼田とも近い。幸村にとっては魅力的である。
「無論、真田殿のこともあるが、万一高田や加賀が動いた際に、真田殿がおれば簡単には負けぬという目論見もある」
「なるほど…。ただ、今の状況でそれがしが信濃に入ることは藪蛇となる可能性もないでしょうか?」
信濃に真田が入るとなると、高田に対する疑いを明らかにすることになる。
松平忠輝が公に前田側についてしまった場合、動員しなければならない兵力はかえって大きくなり、徳川としては自由を封じられてしまう。
「…ありえる」
「前田と上総殿が旗幟を明らかにしないのは、軍の展開に不安があるからだと思います。今のままであれば、今回のようにどこかの内紛などを利用するは別として、はっきりと軍を動かすことはないのではないかと思います。もちろん、毛利が但馬から丹後・若狭へと進めば越前を挟撃できる体制になるので話は変わってくるでしょうが…」
「そうか。ならば今の話は一旦白紙としよう。しかし、今後どうされるつもりだ?」
「さて…、難しいところではございます。昨年伊達殿と話をしたときもどうするか迷っておりました。その際には徳川と豊臣の和睦は一時的なものに過ぎず、いずれは再戦する。そうなった時、自分は徳川と豊臣、どちらに仕えるのがいいのかと」
「そうであったなあ」
「今は、徳川と豊臣が再戦をするのかどうか不透明です。拙者を九度山から出してくれたのは秀頼公でありますし、あえて秀頼公から離れることもないのではないか、とも思っております」
「ただ、豊臣家を通じてとなると、一国などは譲りにくくなる」
豊臣秀頼が今後、どれほどの戦果をあげるか、更にはいつまで徳川に従うつもりなのかは分からないが、仮に全面臣従となった場合にもこれ以上秀頼に便宜を図ることは難しい。既に豊臣は摂津などを保有しており、更に四国にも影響を及ぼす状態になっているからである。
とはいえ、豊臣家の領内に余裕があるわけでもない。四国の大名も徳川家を通じて秀頼に従っているわけであるし、畿内には摂津、和泉、河内、大和であり、これを幸村に譲るということは中々難しい。それをした場合、毛利勝永などが不満を抱く恐れがある。
徳川家を通じて幸村に領地を与える場合もまた、淀の方らが不満をもつ可能性がある。
「はい。それは承知しております」
「…それを承知であれば、わしからは何とも言えぬのう。残念なことじゃ」
「おお、真田殿。戻ってきていたか」
そこに井伊直孝が現れた。家老の奥山朝忠と連絡役の余吾源七郎を伴っている。
「西から報告があった。毛利軍が動き出したということで、但馬西部の竹野川を挟んで対峙することになりそうだと」
「ほう。毛利が」、「毛利が動きましたか」
政宗と幸村がほぼ同じ発言をする。
「真田殿、一つ頼みたいことがあるのだが」
「何でしょうか?」
「これよりこの奥山と余吾源七郎を彦根に行ってもらい、井伊家の兵士を引き連れてもらえぬか?」
「…何ですと!?」
直孝以外の全員が驚きの声をあげた。直孝はというと、照れたように鼻をこする。
「本当は、もっと早く決心すべきであったのだ。大坂で越前様が立花殿に部隊を任せてしまったように、立花殿か真田殿に井伊家の部隊を預けてしまうべきだったと」
「いや、しかし、拙者が井伊家の軍を率いるというのは…」
さすがにあり得ないと幸村は思った。立花宗茂は徳川家直属の大名であるが、真田幸村は現状大名でないし、徳川家に仕えているわけでもない。
直孝は幸村には答えず、傍らの余吾源七郎を見た。
「源七郎、正直に申せ。わしと真田殿、現在、井伊の赤備えの大将にふさわしいのはどちらじゃ?」
「…真田殿にございます」
「徳川の敵を打ち破ることのできる大将は、わしか? 真田殿か?」
「…それも真田殿にございます」
訥々とした正直な物言いであった。
「ということだ。真田殿、引き受けてもらえぬか?」
「…分かりました。この真田幸村、井伊家の赤備え大将として恥じぬ活躍をしてみせましょう」
「うむ。そうと決まれば、二人とともに彦根に行ってもらいたい。朝忠、源七郎、分かったな?」
「ははっ」
二人は平伏した。知らず幸村も平伏してしまう。
「それでは真田様」
「う、うむ」
源七郎に伴われて、幸村は江戸城を出て行った。
江戸城の広間に、伊達政宗と井伊直孝が残される。
「してやられましたわい」
政宗がぽつりと漏らした。
「真田殿はわしも狙っていたのだがのう」
井伊家の軍を任されたとなると、仮に幸村が徳川方につくとなっても井伊直孝の影響を受けることは間違いない。伊達家としては大きな戦力候補を取られたことになる。もちろん、現状、井伊直孝との協調を乱すわけにもいかないので、文句も言えない。
井伊直孝はにやりと笑った。
「伊達殿の活躍、大御所様も前将軍様も御覧になられておりましょう。お二方とも伊達殿に報いるには100万石でも200万石でも構わぬとお思いかと存じますが、後々の難儀になるようなことについてはしてくれるなと思っているはずです」
政宗もにやりと笑って、頭を下げた。
「今後とも、どうぞよしなにお願いいたします」
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