第82話元勇者vs元魔王

ウルグイン唯一の焼肉屋


その店内で今、かつてない程の熾烈な争いが幕を開けようとしていた


元勇者と元魔王である


本来であれば、誰一人ともいない階層で出会い戦う運命だった二人だ

そのまま戦えば勇者であるキャサリンが勝っていただろう


だが魔王クリムゾンはカンザキと共にダンジョンに潜りそして「倒される」運命からも解放されている

それが今、焼肉屋の狭い店内でついに戦おうとしている


どちらが生き残り、そしてどちらが倒れるのか・・・







「んじゃ、用意は良いですね?」


ミナリは合図と審判を担当する


「ミナリ、よろしく頼むわね」


「ふん、勝てると思うんじゃねーぞ」


キャサリンとクリムゾンが向き合う


ピリピリとした空気の中2人は真剣に向き合う

その手元にはグラスが握られていてミナリの合図を待っている


緊張感で、カンザキはゴクリと息を飲んだ・・・





「そんじゃ、よーい・・・ドン!」


ミナリの振り下ろす赤い旗が合図となって二人はグラスにたっぷりと注がれた酒を一気に飲み干す


ゴキュッ!!ゴキュ!!!!


「ふはぁ!次ぃ!」


「こっちもだ!」


ユキが次の酒の入ったグラスを渡すとすぐさま


ゴキュゴキュ!と飲み干して次を要求する





結局のところ、二人は今にも殺しあうかの様相だったのだが

口論がエスカレートしさらには睨み合いが続いたそのとき、どういうわけか酒飲み対決になってしまった


そして今、カンザキの目前で二人は焼肉ゴッドにある酒を一気に飲み干していく様相ではあったのだが、およそ5杯目に差し掛かったその時・・



ゴスッ


ゴスッ



キャサリンとクリムゾンはグラスを握りしめたまま頭を机に打ち付けた


「・・・・・・はぁ・・」


それを見てミナリはため息を漏らし


「はーい、両者ノックダウンでーす」


試合終了を宣言したのだった



「こいつらはアホなのか・・・」


そこに片づけをしながら、ユキが言った


「いやいや、店長・・この酒、ドワーフ用のくそきっついやつですよ?」


ドワーフの飲む酒はアルコールがキツイ、それこそ常人であれば1杯すら飲みきれないだろう

それを5杯も飲んだのは実はとんでもないことなのだけれど


「ちょ!?マジか!?」


「ええ、長引くとまずいと思って2杯目から入れ替えておきました」


ぐっと親指をたててユキは言った


「まあ、ぐっじょぶ・・か。こいつらが暴れないだけマシだもんな」


「でしょう!?もっとユキをほめてくれてもいいんですよ?」


「ああ、よくやった」


ユキの頭をごしごしと撫でてやる

最近ユキはなにかと頭を撫でられたがるのだ。何があったのかはわからないが以前と比べて態度もなんだか可愛い



「さてと、じゃあ私はこの二人、二階で寝かせて来ますね」


ミナリはそう言うと二人を担ぎ上げて二階へ上がっていく


「へへ・・」


「なんだ、嬉しそうだなユキ」


「そりゃね、私は魔王と殺しあうことしか出来なかったから。それがあの二人見てたらなんだか笑っちゃった」


そうか、確かに犬猿の仲の様な二人だけれどなんだかとても雰囲気が似ている

仲良くなれば・・・良いんだけどな。平和的な戦いで良かったと思う


「さてと、開店準備するか。ユキ、のれん上げといてくれ」


「はーい」









ユキは表にでて暖簾を上げる

その周りを軽く掃除してから、表にもテーブルと椅子をいくつか並べて置く


「お、ユキちゃんもう食べれるかい?」


ちょっとボロボロになった冒険者パーティの3人組だ


「あ、お帰りなさーい。今日はどこまで行けたんですか?」


「それがさ、聞いてくれよ。なんと50層まで行けたんだぜ」


「おおー!一気に進みましたねー。たしか先週は40層じゃなかったですか?」


冒険者は表に並べられた椅子に座りながら、各々の装備を外していく


「ヴィラルさんが凄かったんだよー。ちょっと無理をしたけど今回は実のある収穫でしたよ」


パーティ最年少のルークだ。

彼はまだ幼い雰囲気を残しているが、実はリーダーである


「いつの間に魔法剣なんて覚えた?」


荷物もち兼タンク役のドゴンだ


「カインさんの得意技だからな、一生懸命覚えたんだよ」


「あ、しまった。ルーク!」


「ドゴンさんが振ったんでしょ、ヴィラルさんがカインさんの話を始めたら止まらないんですよ・・」


「いいじゃないか、ちょっと聞けよ二人とも」


明るい雰囲気がこのパーティの順調さを物語っている


「はいはい、その前に注文お願いしますねー」


「おっと、忘れてた。いつものセットお願いするよ」


「はい、承りました」


ユキは手元の伝票にメモをすると、そのまま奥から「お茶」をグラスに注いで持ってくる

この3人はお酒が苦手らしく、共に別々のパーティに所属していたのだが冒険後の宴会に耐えられずに抜けていたのだ。


それが、ルークがギルドに出したパーティ募集の条件に合致する


「パーティ募集!条件は酒飲まない人!」


である

それを目にしたヴィラルとドゴンが応募したということである

愛縁奇縁といっていいのか…異性ではないが不思議と三人は、今まで知り合ってなかったのが不思議なくらい気持ちを通じ合わせたのだった


3人とも20層あたりでうろうろしていたパーティに参加していた

それが初めて3人で潜ったパーティで30層まで一気に潜れた

3か月前の事である


そこからコツコツと、実力をつけて今日は50層まで潜れた。

その祝杯・・お茶だけど・・は、焼肉ゴッドでやっているのだ


そのきっかけはミナリの冒険者教室である


たまたま見ていた冒険者教室

そこでユキが手伝いをしていた


3人はユキに惚れちまったのである


初めは下心しか無かった3人だが、ユキに会いに来る口実で焼肉ゴッドにちょこちょこと


すると、不思議な事に3人は全員強くなっていった


まぁいつものアレである



今はもう、強くなっていくのが面白くなり、当初の目的とはかけ離れていったのだった


「それにしてもよ、俺たちがこんなに強くなれるなんてな」


「そうですね、ヴィラルさんは一気に伸びた気がしますね。僕も、ドゴンさんも強くなれました」


3人は目を合わせる


「俺な、ユキさんに告白しようと思うんだ」


「なっ!!」


忘れていた、すっかりと。ルークもドゴンも今ではユキよりも冒険が楽しくなっていたからだ

それでも、ユキに会えることはうれしかったし、焼肉も価格の割に美味しくて好きになっていた。


「すまん、抜け駆けさせてもらいたい」


ヴィラルはその実直な性格が故に宣言せずにはいられない


「プッ・・あははは!」


「な、何が可笑しい!?」


「ヴィラル・・」


「なんだよドゴン・・・ルークも・・」


二人はニヤニヤと笑いヴィラルに言った


「抜け駆けさせてもらいたいって言っちゃうあたりがヴィラルさんらしいと言いますか・・。言っちゃったら抜け駆けにならないですよ、それに」


「うむ、ヴィラルなら構わない。」


「ええ、そう言うことです」


ヴィラルはいつも一生懸命だった。

うだつの上がらない戦士だったヴィラルは、酒のこともあったが今まで色々なパーティーに入って抜けている。


それはヴィラルには才能が無かったからだと周りは言った


なかなか強くなれなかったヴィラルだったが、ルークとドゴンに出会ってからは別人の様に強くなったのだった

似たような境遇の二人はそれを知っているからこそ、ルークとドゴンはヴィラルがそう言うならいいと思っている


今まで自信がなかったヴィラルがこうも気力に溢れているのはユキのことがあったからに違いないのだから


「はい、おまたせしましたー。バジ肉盛り合わせに卵スープね」


カチャカチャと並べられていくのを眺めながら、ヴィラルは決心して立ち上がる


「あ、あの・・・ユキさん!!」


足がガクガクと震えている

これは強いモンスターと対峙した時と同じだな

なんて、のんきな事を考えて


「なんですかヴィラルさん?」


真剣な面持ちのヴィラルに、ユキもちょっと身構える


「あの、俺と・・・結婚して頂けませんか!!!!」


「「「は?」」」


ルークとドゴン、ユキの意味が分からない唖然とした声が重なる

そしてヴィラルのあまりの声の大きさにあたりを歩く人が立ち止まってヴィラルを注視している


「ちょ、ヴィラル何言ってるんですか!?いきなり結婚!?ふつう付き合ってとかそう言うことじゃないの!?」


「ルークよ、だめだ・・ヴィラルはこういう奴だろう・・」


たしなめるようにドゴンが言った


「どうか・・・結婚を!!!」


頭を下げたまま再びヴィラルは大きな声で懇願する


だが


「あー、ごめんね。私さ、結婚とかまだ考えてなくてさ」


あっさりと断られてしまう。

ユキは内心嬉しかった

だが、それでも彼を恋愛対象として見るには足りない。


「げ、元気だせよヴィラル」


きっとヴィラルは落ち込むー

ドゴンはそれが心配になった


「そ、そうですよ!まだまだですって!」


何がまだまだなのか。ルークは分からずにヴィラルを励まそうとするが


「やっぱり、そうですよね。まだ50階層程度では足りませんでしたよね」


ヴィラルはそう呟くと


「俺、まだまだ強くなります!だから見ていてください!それでまたいつの日にか!」


そうヴィラルは叫ぶ


「はい、わかりました。頑張ってね」


ユキはそう答えて、店内に入って行った


椅子にすとん、と腰を落とす

そして焼けた肉をガツガツとヴィラルは食べ始めた


「な、なあ」


ドゴンはその巨大に似合わない心配そうな目で見つめる


「強くなりましょう。」


ルークも、次々と肉を焼き始める


「ま、色々あらぁな」


後ろからの声に振り向くヴィラル


「まあ、お前さん方はまだ若いんだ。もっと世界を楽しんでからの方がいいぞ。」


「て、店長さん」


「ほら、頑張ったみてぇだから今日は特別だ」


出された肉はまるでキラキラと光っているような気がした


「こ、これは」


味わって食えと、そうカンザキは言って肉を焼いてやる


3人は無言でその肉を焼く手つきを見ている



こんがりと、少し焼きすぎくらいに焼かれたその肉からは良い匂いが立ち上る

3人の目の前にカンザキは肉を一枚づつ取り分けてやる


3人はそれをゆっくりと口に入れて噛み締めると


「か、変わった味だが旨い…」


「あと、こいつも食ってみな。焼かずにそのままでいいぜ」


カンザキはその肉を、焼かずに目の前に出してやる。


「こ、これは何の肉ですか!?焼いたのとはまた違って物凄く美味しいです!!」


3人は目を、きらきらさせてカンザキに、聞くと


「ダンジョンの確か、180層あたりか。スレイプニルってー馬がいてな」


ガタリッとヴィラルは立ち上がる


「まさかー、それ神獣では!?」


「そいつは、お前さんらが自分の目で確かめな。今は出されたもん綺麗に食っとけ」


カンザキはそう言うと店内に引っ込む

かつて、カンザキにもヴィラルの様な時代があった

それを懐かしく思って、昨日仕留めたばかりのやつを出してやったのだ


その想いは、強くなれよと彼らに伝わる


「ルーク、聞いたか?180層だってよ」


「聞きましたよ、ヴィラルさん。僕らはまだ、あのダンジョンの入口にすら立っていない」


「そんな俺が結婚なんて甘いこと言ってたらダメだな。すまん、二人共」


「明日、頑張ろう」


そう言ってドゴンも、ガツガツと残された肉を平らげたのだったー




「店長さん」


「なんだユキ」


「ありがとうございます。彼らに良くしてもらって」


「気にすんな、俺がしたかっただけだから。それにあれで元気が出て明日からまた頑張るんなら安いもんだ」


ユキはカンザキに、頭を深く下げた



実の所ユキは、ヴィラルに悪いことをしたかなと思っていた。

転生してからと言うもの、いや、前世もさほどモテたことなど無いユキは断り方など全くわからなかったから



「さて、まだ客はいるんだ、頼むぞ」


「はい!」






その翌日からヴィラル、ルーク、ドゴンはダンジョンの180層を目指し始める

噂では100層が最下層と思われていたダンジョン



到達者は増えてきている



だか、3人はさらなる先があると聞いた



進んで今度は自ら、あの肉を手に入れてやると誓ったのだった




そして二日酔いどころか四日も寝込んだ元勇者と元魔王が仲良くなったのは言うまでもない

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