第九章

第三十一話

「ヴァレリア……」

「ミネオラ……」


 二人は愁嘆場を演じていたが、その会話の一部始終をいちいちここに引き写すつもりはない。もちろんメリッサとリョウカの別れの場面というのもあったが、それも説明するほどの話ではなかった。それよりピルカの話でもしよう。


「大陸の皆々様。ジャガルタ・ピルカは、みなさまからの恩義を、この生涯とそして一族の未来にかけて、決して忘れることはいたしません。ええ、決して」


 話を聞いた限りではテオ・ブロマ氏とピルカとはこれから結婚する予定で、つまりピルカはテオ・ピルカになるのだそうだが、さすがに数ヶ月後に予定されているその結婚式に参列しているほどの暇はなかった。我々は出航するのである。


「錨上げろ! 係留索外せ! 出航である!」


 少し父皇帝に似てきたな、と思うところがなくもない、ゆうべ僕のファーストキスを奪った船長殿下がラウラ号の発進を命じた。というわけで、我々は帰路に着く。季節は既に初春と言うべき時期に差し掛かっている。


 風は順風というほどではなかったが、ペレグリヌスに滞在している間にまたポイアスの手で修理と整備もしたし、それなりの速度は出た。三週間くらいは何の変事もなかった。穏やかなものである。ユーメリカで仕入れた食材からノヴァが作る毎晩の食事は美味であった。リョウカは毎晩のようにそれに感激していた。


 だが、やはりただでは済まなかった。出航から二十三日目の夜、雨が降り始め、そしてあっという間にそれは豪雨に変わった。風は北風だった。あまりにも嵐の始まるのが早すぎて、今回は帆をそのままにするか畳むか、判断する余裕がなかった。結局、どうしようもなくなり、帆とマストを繋いでいる綱を切り離して、帆を叩き落す以外になくなった。嵐は数日続き、その間舵はまったく効かなかった。今度は全員があちこちに吐瀉物を撒き散らかしながら、嵐が静まるのを待った。


 結論を言えば、嵐が収まる前に、我々は陸地に辿り着いた。舵が効かないので、岸壁に衝突した。ラウラ号は大きな損傷を受けた。そのまま沈没しなかったのも、その状態からその島に上陸することができたのも奇跡の賜物だったと思う。万一船が流されてしまった場合に備えて全員が船の上に残って過ごすこと一晩、朝に嵐が止んだ。


 食糧がまだあるので、とりあえず狩りはしなかった。水も十分残っているので、水場を探す必要もない。この島にも人がいる可能性を考え、朝から夜まで焚火を燃やし続けた。それを三日続けたが、誰も人間は現れなかった。


 僕の天体測量で確認できた範囲では、ここはユーメリカ諸島から遥かな東、そして大陸からは遥かな西。絶海の孤島と言うべき場所。


 ラウラ号は航海不能な状態に陥っていた。修理のためにはまず木材の確保が必要で、どう控えめに見積もっても一ヶ月以上は必要だと、ポイアスは報告した。


 上陸から四日目、ここは無人島であるとほぼ断定できた時点で、僕らは島に名を付けた。すなわち、『アリエル島』である。

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