第二十話

「この離宮にな。可憐な少女の幽霊が出るという噂話があるんだが」


 と、朝食の席でミカが言い出した。ミネオラと僕とリョウカがその与太話を聞かされている。僕には特に手を出そうともしないのに、また悪い癖を出しおって。ああいや。別に僕に手を出して欲しいって意味じゃないけどね。いや本当にそういう意味ではないけどね?


「誰か、事情を知っていそうな者はいないだろうか」

「無理じゃない? そもそも僕らの知り合いなんて、離宮はおろか西の都にだってこれといっていないだろ」


 と、思っていたのだが、リョウカがおずおずと手を挙げた。


「あー……もしかしたら、ですが。あたしの想像が確かなら、その幽霊、実在するかもしれません」

「ええ? それはどういうことでしょうか?」


 と、ミネオラが話を受けた。幽霊なんて迷信だろ。どこの枯れ尾花だよ。


「いえ。幽霊がいる、という意味ではなくてですね。この離宮で幽霊と呼ばれている人物について心当たりがある、ということです」


 そういや、失念していたが、リョウカはこのあたりの出身なのだった。そういう繋がりか。


「誰なの?」

「……あまり、人の耳があるところで言いたくありません。夜までお待ちください」

「そうか」

「分かった」

「分かりました」


 そういうわけで、ここに遊びに来ているわけじゃあないのだから昼間はいろいろ仕事があるのだが、夜にミカの使っている客間に四人で集まった。


「で、幽霊の正体は誰なの?」


 僕にも人並みの好奇心というものはあるのである。


「……僭称皇帝サンギソルバ・ガレガ・オフィシナリスの、二人いた娘のうちの一人。ヴァレリアナ・メリッサ・オフィシナリス。あたしの想像が正しければ、おそらくこの離宮に今も幽閉されているはずです」

「……なるほど」


 人前でむやみに話せないわけだ。ちなみに、この国の風習からいって、ここに幽閉されているのなら昼間は完全に密室に監禁されていて、夜だけ多少、月明りのある中庭とかに出してもらえているのだと思う。そんな暮らしをしていれば肌は真っ白だろうし、幽霊に見えても不思議はなかった。ちなみに、オフィシナリス家の人々は、魔人デーモン族と呼ばれる種族である。これも大陸の主要十六種族の一つ。頭部に角があるのが特徴で、総人口はそんなに多くはないが西の都には割と大勢いる。


 ちなみに。二人いた娘と今言ったが、ヴァレリアナ・メリッサの姉は、反乱が鎮圧されたとき、この離宮に在って母とともに自害している。いちおう史局という部署に縁が深いので、そのくらいの現代史は押さえている。そのときヴァレリアナ・メリッサがどこで何をしていたのかまでは知らない。


 話はまだ続く。ヴァレリアナ・メリッサの兄で、そして自害した姉の弟にあたる人物というのがまだいる。僭称皇帝ガレガには三人の子がいたのである。その息子、サポナリア・アルバプレナ・オフィシナリス、僭称皇子ともあだ名される人物はガレガが皇帝を自称したとき既に軍にいて、ともに帝国に対する反乱に参加した。ガレガが戦いに敗れて捕虜になった後、しかし息子アルバプレナの方は捕まらず、行方知れずになった。どこにいて何をしているのか、誰も知らない。史局が全力でその行方を追っているが、今のところ足取りは掴めていない。らしい。多少何か情報があるにせよ、どっちにせよ僕が教えてもらえる筋合いの話ではないし、特に教えてほしいとも思わないが。


 さて。そういう前提のもとで、“偽皇女”ヴァレリアナ・メリッサがここにいるとすれば、その目的は一つだろう。アルバプレナに対する人質であり、また、彼をおびき寄せるための餌に使われているのだ。哀れな話だな。


「話は分かった。で、そのヴァレリアナ・メリッサというのは美しいのか?」


 ここまで話を聞いて、着目する点はそこなのミカ?


「昔から変わってないなら、綺麗な娘に育っていると思いますよ」


 と、リョウカが言った。え?


「なぜそんなことを知っている?」


 というミカの問いに、リョウカは答えた。


「あたしの一族は、オフィシナリス家に仕えていましたから。面識があるんです、メリッサ様とあたしの間には。年もほぼ一緒ですし」

「つまりお前をてこにすれば、幽霊娘に渡りをつけられるということか?」


 ミカ……


「そうですね……あまり気は進みませんが、そういうことにはなります。向こうだってあたしのことを、まあ忘れてはいないでしょう」

「よし。では早速、今から探しに行くぞ」


 ミカ……。ミカのバカ……。

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