モルビテの使者
私と姫様は考えていた。一体私たちが生まれた時、いや、入れ替えられた時に何があったのかを。いつもは寝ているこの時間に姫様と私は頭を悩ます。
「一体国王陛下とテレーゼ様は何をどう申し訳なさそうに思っているのかしら? 」
姫様はぬるくなった紅茶を啜る。
「……それは、わかりません」
「それに、皇后陛下もフレア様も一応入れ替わっていたこと自体は知っているようだったし」
そうですね、と私は頷く。
「何が、起きたんでしょうか」
私たちが入れ替わった時に。
この一番に解決したい問題が解けそうにない。姫様は最後の一口を飲み、ため息をついて、ベッドに向かう。
「今これ以上考えても答えは出ないわ。とりあえず今日は寝ましょう。明日は大事な日でもあるから」
「……そうですね」
おやすみなさい、そう言って火を消す。暗闇の部屋には大きな窓から差し込む月光だけがシャルロッテ様のお顔を照らしていた。その表情は悩ましげなものだった。
翌日、姫様と私、アランディス卿はある人たちを出迎えるために王宮の出入口にあたる門へと歩いていた。
「一体どんな方たちなのでしょうか」
いつもより整えた髪のアランディス卿が言う。
「それは私たちもわからないです。なんせ、こんなことがあるのは数年ぶりということですし」
そう。この人たちが来るのは、現国王に代替わりしてから二回目だと言う。なぜかは分からないが、私は胸が高まっていた。何かを掴むことが出来そうだったから。
「どんな人達でも私たちがすることは変わらないわ。精一杯もてなすのよ」
「はい」
「そうですね」
そうして外に行くと、既に相手方の馬車が見えてきていた。暗い茶色に豪華な金の文様があしらわれているもので、紫の花が所々に描かれていた。毒花を思わせるようなそれは不気味に見えた。やがて馬車は門へ差し掛かり、止まった。降りてきたのは、隣国モルビテ国の使者団であった。
「やあやあ初めまして。私はモルビテ国から来ました、使者団団長のヒルと申します。これから数日よろしくお願いしますね」
蛇を思わせるような男、ヒルは目を細めて握手を求めた。
「私はレヴィエスト王国第三王女のシャルロッテです。こちらこそよろしくお願いします、ヒル様」
にこりとして姫様は握手に応じた。
「王宮内にて国王がお待ちです。案内いたしますね」
姫様は先頭に出た。
道中、このヒルという男は食えないと思った。廊下に飾られてある絵画や置物に興味を示したと思えば、シャルロッテ様自信にも様々な質問を投げかけてくる。こちらの話をするばかりで、相手方の情報は一切聞くことが出来なかった。話に聞いていたが、機密国家というのは伊達ではないようだ。
国王との会談に同席出来ることとなり、謁見の間へとシャルロッテ様、私、アランディス卿の順で壁際に寄り添って立つ。
数段上にいる国王と、その下で頭を垂れるヒル。
「お初にお目にかかります、レヴィエスト国王陛下」
「良い。おもてをあげよ、モルビテ国使者団団長ヒル殿よ」
ゆっくりと頭を上げ、国王を見つめるヒル。まるで、蛇が獲物を狙っているような、そんな視線だった。
「それで、今日ここに訪れた理由はなんだろうか? 」
「サルデのことです」
その言葉に国王の顔は険しくなる。
「あれはそなたらが仕掛けてきた戦争に勝利を収めた証では無いか。手放せというのか」
「いえ、全てとは言いません。三分の一程でいいのです。あれを明け渡してから、モルビテでは財政が厳しいものとなっており、寛大な心を持つレヴィエスト国王陛下なら、と思い、参上した次第でございます」
サルデ。それはモルビテとレヴィエストが争った戦争にて割譲された天然資源を豊富に含む土地である。……今思えば、その戦争があったのは丁度私とシャルロッテ様が生まれた次の年に当たる。やはり、入れ替わりにはモルビテが関わっているのだろうか。話の流れを聞き逃さないよう、私は会談に耳を傾ける。
「どのくらい財政は厳しいのだ」
「そうですねぇ、あと数年持つか持たないかの瀬戸際でございます」
多分国王的にサルデは手放さないと思う。だってあそこには天然資源に加え、軍事力を持つ有力な辺境伯まで駐屯させている。
国王は仕方ない、そういった様子でこう言った。
「サルデ三分の一の代わりに財政五年分の金をそちらに貸し出す。返すのは六年後で良い。それで良いだろうか」
ぱぁあ! と顔を輝かせるヒル。ええそれで大丈夫です、そう言った。
「ありがたき幸せ! 感謝致します陛下! 」
満面の笑みを浮かべるが、それが私には怖かった。何か嫌な予感がしたからだった。
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