安保理バトル
いくら国連が禁じても戦争は起こるのですが、起こった戦争の正当性を判断する機関の代表格が国連の安全保障理事会になるとして良いはずです、
「本当の意味で機能したのは朝鮮戦争ぐらいかな。とにもかくにも国連軍が出来たからね。あれでさえ曖昧なところは残るけど、その後は米ソ、さらには米中がいがみあって機能不全になってるぐらい」
安全保障理事会は五つの常任理事国と十の非常任理事国で構成され決議を得るには、
必要条件・・・九か国以上の賛成があること
十分条件・・・常任理事国の反対がないこと
とくに常任理事国の反対は強力で一般的には拒否権と呼ばれています。常任理事国の反対が一つでもあれば決議は承認されない事になるからです。だから改革の声もありますが、
「法ってね、従わせる強制力が必要なの。国内なら警察とか裁判所が持ってるじゃない。だけどね、国同士になるとなくなっちゃうのよ。国際司法裁判所の判決だって、従わなくても国が牢屋に入る訳じゃないもの」
国際関係で強制力となると軍事力になり、
「単純に言えば常任理事国には法を破った国に懲罰を与える軍事力があるぐらいと見たら良いわ」
なんか懲罰官みたいですが、
「では常任理事国を抑えるのは」
「ないよ。大国を従わせる軍事力はどこにもないから。大国は法の上に立っているようなものよ。だから中小国の票がいくら集まろうと意味が無いのよ」
国連って地球代表機関ってイメージはありますが、一皮剥けば大国の独善が濶歩するところで良さそうです。だから国連として動く時には大国が一致する必要があり、その大国の意見が割れると国連は機能不全を起こしてしまうぐらいです。でもツバル問題は国連が珍しく機能した気がしますが、
「なんとかとハサミは使いようって昔から言うじゃない。今回は使えたぐらいだよ」
あれってどういうカラクリ?
「まずね戦時国際法ってのがあるじゃない」
これは戦争状態にある国と地域に適用されるはずですが、
「あれが適用されるのは武力紛争が起こった時点になるの。今回のツバルなら中国軍が上陸した時点になるよ」
戦時国際法の適用に宣戦布告は関係なく、その外形的な状態でのみ適用されると見て良さそうです。そうなると戦時国際法ではツバルと中国は紛争当事国になります。
「そうなんだけど、問題はどうやって中国を紛争当事国として認めさせるかになるのよ」
大国相手になるとそこから始まるのか、
「コトリの狙いは二つで、一つは武力紛争の紛争当事国の相手が存在すること。もう一つは、中国軍がフナフティを占領していること」
だからコトリ社長はあれだけ早くヴァイツプ島政府の声明を出したのか。正統政府が健在であり、そこに他国が攻め込めば侵略行為になり武力紛争が存在することになります。占領状態の存在のアピールも抜かりなく行われたようで、
「罠にかかってくれてね」
コトリ社長はフナフティ政府の樹立を遅らせるために、フナフテイ住民にサポタージュを指示しています。具体的には表面的には協力姿勢を見せさせたそうですが、
「あれ、ちゃんと正統政府を作らす方向に持ち込ませたよ」
ちゃんととは選挙で国会議員を選び首相を選出して政府を作るのですが、サポタージュの中心はその事務手続きで良さそうです。
「相手はコトリだよ。サポタージュのタネなんて泉のように湧いてくるってこと。たった五十人の中国軍じゃ相手にならないよ」
フナフティ政府の樹立が遅れたので、
「あれで中国は、フナフティを占領していないと言い訳するのが難しくなったのよ」
難しいも何も侵略して占領しているのですが、大国相手となるとそれでも認めないようです。ミサキには不思議だったのですが、この時の国連の動きです。こういう時は安保理が開催されそうなものですが、開かれたのは何故か緊急国連総会。
「あそこが本当の意味の国連での天王山だったかもしれない」
緊急総会は正式には緊急特別会になりますが、平和に対する脅威、平和の破壊、または侵略行為が発生した時に加盟国の過半数の要請で二十四時間以内に開催されます。議題は中国軍の侵略行為の認定です。
「どうして安保理じゃなかったのですか」
「中国が安保理開催を渋ったのよ」
へぇ、中国が渋っただけでも安保理が開かれない事もあるんだ。
「もちろんいつまでも反対できないけど、その代わりに緊急特別会を持ち出したのよ」
安保理にツバル問題を持ち込まれても拒否権を使えば良いだけにしか思えませんが、
「あれも長年の慣例があってね・・・」
そもそも拒否権が行使されるのは九か国以上の賛成がある時です。極端な話、十四か国が賛成でも五大国の一つが反対すれば決議が行われません。だから拒否権とされるのですが、決議にならなくとも票数では賛成になっているため、
「拒否権で葬られた決議は、国連として問題の存在は認めるけど、国連として行動しないぐらいに扱われることになってる」
ややこしいのですが、拒否権で決議を葬っても戦時国際法の適用を国連は認めることになるようです。緊急特別会でも変わらない気がしますが、
「中国にも知恵者がいたのよね。緊急特別会も含めて総会決議は加盟国の多数決で、常任理事国にも拒否権がないの」
手続き問題みたいなものですが、緊急特別会で可決されても安保理への勧告程度の効力しかありません。
「国連総会の権限はその程度だけど、緊急特別会でも決議すれば戦時国際法の適用を国連が認めたことにはなるの」
「それって、もし緊急特別会が否決すればツバル問題に戦時国際法の適用を国連が認めていないになる」
緊急特別会も重要議題なら三分の二の賛成が必要になりますが、逆に言えば三分の一の反対を集めれば済むことになります。
「ちょっと待ってください。そもそも、緊急特別会は加盟国の過半数の要請が必要です」
「毒饅頭を食べさせたの」
国連の投票に公職選挙法みたいなものはありませんから、中国も事前工作をやっていますが、さらに先手を打って、緊急特別会で中国を支持するフリをさせていたって、
「表の裏の裏は表だってこと。緊急特別会を開くには中国の侵略行為を問題にしないといけないでしょ。だから提案時は賛成じゃない。これを投票時点でひっくり返そうとしたのが中国、そうさせなかったのがこっちだよ」
緊急特別会の舞台裏での虚々実々の駆け引きは凄まじかったようですが、結果は圧倒的多数で可決。これでツバル問題に戦時国際法が公式に適用され、中国が紛争当事国に認定されたことになります。
「中国も自国の力を過信していたかな。でも、あの緊急特別会の可決は大きいのよ。これで安保理に提案されるだけでなく、安保理で中国の動きが封じられちゃったの」
これはミサキも知らなかったのですが、ここまで中国がツバル問題の戦時国際法の適用回避に頑張ったのは、武力紛争当事国は安保理常任理事国でも、当該紛争への投票権を失うのです。つまり拒否権が行使できなくなり、結果として安保理はツバル問題に対して中国の侵略行為を認めると決議しています。
「この安保理決議でツバルへの援軍は国連公認になったのよ」
「でもツバルに軍事同盟国なんて無いじゃありませんか」
「だ か ら、安保理決議だって。安保理事国は紛争の解決をする責務があるのよ」
ただこの時にはロシアの意向により軍事的制裁については保留となっています。そのために中国は必死の巻き返し工作を行います。なんとか強引にフナフティ政府を作り上げ、ヴァイツプ島政府に代わるツバル政府としての承認を求めて奔走します。
しかし承認したのは十か国に満たず、それも中国を除けばほんの小国ばかりです。ここで安保理はフナフィティ政府を傀儡政府として占領を続ける中国への軍事的制裁の決議を行おうとします。
「中国が反対するのは当然ですが、ロシアの説得に失敗した時点で終わりじゃないですか」
「ロシアの協力が得られなかったのは痛かったと思うけど、中国の本当の狙いは違うよ。あれこそ一発逆転を狙っていたよ」
安保理の決議のためには九か国の賛成、逆に言えば七か国の反対があれば成立しません。
「わかんないかな。拒否権はその決議の成立を葬り去れるけど、その決議の成立阻止を覆せる力は無いのよ」
どういうこと?
「ある安保理決議に常任理事国がすべて賛成であっても、非常任理事国七か国が反対すれば否決になるってこと」
なるほど。拒否権を使おうにも反対票が増えるだけか。
「ポイントはあの決議が否決されていたら、中国は戦時国際法の紛争当事国の適用から外れて拒否権が復活するの」
あの安保理決議を否決すればフナフティ政府の存在を国連は認めることになるそうです。フナフティ政府の存在が認められると、武力紛争国は中国からフナフティ政府に移り、中国はフナフティ政府の要請を受けての進駐軍となり占領状態も終了するぐらいです。
「中国の拒否権が復活したら何か変わるのですか」
「安保理が再び機能不全に陥る」
武力紛争当事国で無くなれば、安保理が課していた中国への経済制裁は終わりになり、さらにツバル戦争は二つのツバル政府による内戦に変ります。さらに中国は侵略軍ではなく同盟軍として正当に介入しても問題はなくなるようです。
「それって、ちょっとおかしくないですか」
「それが大国よ。大国以外ならそんな横車を安保理が制裁できるけど、拒否権が復活した中国には安保理は手も足も出なくなるってこと」
非常任理事国への運動は凄かったそうですがあえなく可決。この辺は建艦競争による国内経済、財政の疲弊で、チャイナ・マネーが往年の威力を発揮出来なくなったのもあるとして良さそうです。
それにしてもツバル問題を巡る国連の動きは、まるで法廷で難解な法解釈論争をしてるように見えます。
「国際問題での法の解釈運用の方が厄介かな。とにかく法の上にいるような大国が相手になるからね。だって、どうしても気に入らなければ国連を脱退したって良いでしょ」
第二次大戦前の日本がそうでした。
「シノブちゃんもフィジーとかけもちで大変だったと思うけど、よく頑張ってくれたよ」
さすがはシノブ専務です。
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