強襲揚陸用潜水艦

 フナフティへの凱旋は衛星中継で華やかに行われました。もっともあれを実現させるために、どれほどの物資を運び込んだことか。フィジーで陣頭指揮を執られているシノブ専務も御苦労様です。


「潜水艦がよく手に入りましたね」

「ああ、コトリも急いでたから二億円で手を打ってるよ」


 なんと乗組員一人あたり二億円で買収したそうです。それだけでなく、


「もうフィジーに渡ってる。後はシノブちゃんが別人にする工作を宜しくやる予定」


 捕虜にするのではなく、身柄の安全までセットなのか。そこまでの条件なら降伏するでしょう。それにしても百二十億円といえばツバルの二年分の歳入ぐらいの巨額ですが、


「だからボーナスって言ったじゃないの。コトリならアメリカに三百億円ぐらいで売りつけるよ」


 なるほど! 丁型は中国でも新鋭艦ですし、無傷で手に入れば暗号通信とかの情報の宝庫ですものね。ちゃっかりしてる。それに潜水艦が手に入れば強襲揚陸用潜水艦にも対抗できるはず。


「出来ないよ。いくらコトリでも中国の潜水艦まで動かせないもの」

「じゃあ、動かせる人を呼んで」

「それもすぐには無理」


 潜水艦はどの国も最高機密の一つで、クルマみたいに誰でも動かせる代物でないで良さそう。ツバルで一番習熟しているのが捕虜になった中国軍兵士ですが、


「それぐらいは読まれるよ。ツバルはジュネーブ条約を厳守するだろうってね」


 実際のところは寝返らせているようなものですが戦力にしていません。でも、それじゃあ、強襲揚陸用潜水艦対策は、


「強襲揚陸用潜水艦には無理があるのよね」


 通常の強襲揚陸艦と比べるとわかりやすいのですが、水上艦なら空母機能も一体なっています。あれは、


「大型のものなら上陸地点の制空権の確保と上陸地点への攻撃があるわ」


 たしかに大型の強襲揚陸艦は空母と見間違えそうになります。そこまで大型でなくヘリ空母ぐらいのものもありますが、


「この辺はタイプによって変わるけど、ヘリボーン・アタックを狙っているのもあるけど、それよりヘリに重要な役割があるのよ」

「重要な役割とは」

「対潜ヘリ機能だよ」


 強襲揚陸用潜水艦と言えども、強襲揚陸時には浮上します。浮上すれば潜水艦としての秘匿性が失われ単なる水上艦になります。つまりは潜水艦の標的になってしまうのです。それをカバーするために水上型の強襲揚陸艦は対潜ヘリを飛ばして警戒に当たり、時に攻撃も行うぐらいでしょうか。


「その辺は水上艦なら艦隊を組んで弱点を補うの」


 強襲揚陸用潜水艦にもヘリを搭載してますが、当たり前ですが浮上しないと飛ばすことが出来ません。


「あれだって無理やり乗せた一機だけだし、機能だってスペースの都合でかなり落ちるのよ。実際のところは偵察ぐらいしか働かないよ」


 それと当たり前ですが、潜水艦ですから艦隊を組んでの弱点カバーが出来ません。たとえ対潜対策を取れたとしても、


「ホントは空軍があればカモなのよ。浮かんで停まってる潜水艦なんてイチコロってこと。地対艦ミサイルでも揚陸のために陸地に近づかないとならないから、これまたイチコロよ」


 これも技術上の限界だったようで、強襲揚陸用潜水艦にイージス艦のような防御システムもなく、魚雷発射管さえありません。見ようによっては単なる潜水艦型輸送艦に過ぎないところがあります。


「だから世紀の珍兵器って呼ばれたし、中国海軍も二隻しか作らなかったのよ」


 これも弱点を補おうとする構想だけはあったようです。陸上攻撃用にハープーンやエグゾセ・クラスのミサイル搭載艦を随伴させる案がポピュラーですが、


「ハープーン・クラスのミサイルがあれば対艦攻撃や地上攻撃は可能だけど空軍には無力だよ。アイダス・タイプでも対潜ヘリぐらいだし」


 アイダス・タイプとは魚雷発射管から発射可能の艦対空ミサイルです。主目的はユッキー社長の説明の通り対潜ヘリ対策ですが、狙うのは潜水艦を追尾してホバリング状態のヘリです。ジェット機はもちろん、コイン機でも対応できるかどうかは疑問のところがあります。


 そこで構想されたのが第二次大戦時代に戻るような艦載砲を搭載した潜水艦です。そうですね、浮上すると甲板から艦載砲や機銃が現れて、イージス艦みたいになる感じです。あれならシースパローも搭載できます。イメージ図を見たことがありますが、あれはSFの世界でした。


「それだったら潜水空母まで案だけならあったじゃない。イ四〇〇の時代じゃあるまいにね」


 潜水空母のネックは搭載機を発進・収容している間は浮上しなければならない点があります。潜水艦の最大の弱点は浮上時ですから、潜水艦に飛行機を積むアイデアは第二次大戦後は廃れています。


「他にも搭載機が問題で、水上型の空母じゃないから甲板に着艦出来ないのよ」


 そのため水上機を運用しないといけませんが、水上機は波が少しでも荒くなれば着水が難しくなりますし、性能的にも陸上機や空母艦載機に簡単に駆逐されてしまいます。そこでVTOL機の運用も検討されたようですが、甲板の強化の問題があったりとかもあり、


「そういうこと。そこまで無理して強襲揚陸用潜水艦を使うより、普通に水上型の強襲揚陸艦を使う方がはるかにメリットが高いってこと」


 だから世紀の珍兵器か。


「ただね今回のツバル戦に限って言えば有用なのよ。中国も最初から使っていればコトリだって尻尾巻いて逃げてたと思うよ」


 たしかに。ツバルなら軍隊自体がありませんから、航空攻撃も、ミサイル攻撃も、水上艦からの攻撃もありません。兵力だって実際に使われた丁型潜水艦の四倍の兵力、それも海兵隊の精鋭部隊を使えます。


「あの時はフナフティからヴァイツプに逃げたら中国軍は追いきれなかったけど、強襲揚陸用潜水艦ならすぐに追撃できたはずよ。ヴァイツプから漁船で他の島に逃げようとしても、それぐらいなら搭載ヘリで攻撃可能だし」


 それでも次座の女神の力を以てすれば撃退は可能のはずですが、そこまでやれば本当の戦争になりかねませんし、たとえば潜水艦を投げ飛ばすような大技は、


「そんなことしたら、艦内の中国人兵士が死んじゃうじゃない」


 死ぬと言ってもこれは戦争のはず。


「孫子の兵法でも・・・」


 これは謀攻扁にありますが、


『軍を全うするを上と為し、軍を破るは之に次ぐ。旅を全うするを上と為し、旅を破るは之に次ぐ。卒を全うするを上と為し、卒を破るは之に次ぐ。伍を全うするを上と為し、伍を破るは之に次ぐ』


 要は戦って相手の軍勢を破るより、戦わずして相手を降伏させるのを上策としています。その通りに中国のツバル派遣軍を無傷で降伏させていますが、今度の強襲揚陸用潜水艦相手にそれが出来るかです。


「そうそう、もう強襲揚陸用潜水艦は出港してツバルを目指してるよ」


 そんな情報はまだ無いはずですが、


「あったり前じゃない。その連絡がフナフティに入ったからヴァイツプ島に上陸作戦を強行したのじゃない」


 そっかそっか。


「でもどうやって」

「今からが本番だよ。ワクワクしない」


 しません。

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