お電話

 巨鯨による人道支援でようやくコトリ社長と連絡が取れました。開口一番言われたのが、


「そろそろビール送ってくれるか」


 飲んじゃって残ってないそうです。上陸の日の事を聞いたのですが、


「グアムぐらいからエライ熱になってもて、フィジーでやめとこかと思てんけど、欠席したら悪いやんか」


 とはいえユッキー副社長の考えていた通り、高熱と時差ボケのダブルパンチでダウンして、プリンセス・マーガレット病院に担ぎ込まれたようです。翌日は政府ビルの落成式典でしたが、コトリ社長が入院で出席できないとなり、


「そういうこっちゃねん。コトリが出席出来へんからって、式典ごと延期になってもてん。悪いことしたわ」


 集まったツバルの首脳ですが、だったらお見舞いに行こうとなったで良さそうです。お見舞いに行くと言っても二キロもないですからね。コトリ社長はエレギオン支援の中心的な人物であるだけでなく、コトリ社長個人もツバルでは非常に人気があり、


「なんかアイドル・スターを見に来てる感じやった」


 だからあれだけの政府要人が病院に集まっていたで良さそうです。コトリ社長の熱は下がって来ているようでしたが、


「なんか外見てた奴が騒ぎ出してな・・・」


 コトリ社長が入院していたのは三階病棟ですが、そこから潜水艦が近づいてくるのが見えたで良さそうです。


「コトリ、やっぱり丁型」

「そやと思う」


 もっともそこまでわかったのはコトリ社長だけで、ツバル人たちは潜水艦さえ見たことがなく、あれは何だになったで良さそうです。


「コトリもビックリしたわ。シノブちゃんから可能性だけはあるって聞いてたけど、まさか本当にやるとはね」


 この時点で危機感を抱いていたのはコトリ社長だけで、ツバル人たちは浜まで見物に行こうなんて相談が始まったようです。娯楽の少ないところですからね。さすがのコトリ社長も困ったようですが、


「そしたらエンジン付けたゴムボートに乗り込むのが見えたんや」


 小銃抱えた水兵は上陸するや否や、


「ぶっ放したんよ」


 潜水艦見物に結構な数のツバル人が集まっていたそうで、おそらくそれを追い払うための威嚇射撃だったとコトリ社長は見ています。見物人は驚いて蛛の子を散らすように逃げまどい、その様子が病院の窓から見えたそうです。


「さすがにヤバイってわかってくれたんよ」


 ここもですがヤバイと感じて対策を考えるのではなく、軽いパニック状態になったそうです。コトリ社長も体調が万全ではありませんから、大人しく軟禁されて送り返してもらう選択もあったはずですが、


「おもしろそうやんか・・・」


 やっぱりそうなるか。ツバル人たちのコトリ社長への敬意は並々ならぬものがありますから、


「ヴァイツプ島に逃げるのに同意してくれた」


 国会議員と言っても一万人程度の国ですから、日本なら町会議員みたいなのも多いようです。つまりはツバルなりの社長クラスみたいな感じです。その中に日本で言えば網元みたいな社長がいて、


「さすがにクルマで病院に来てるから、そのままクルマでその議員の船のある所に移動したんや」


 網元と言いましたが、より正確には海上何でも屋みたいな解釈をした方が良さそうです。漁にも出るし、たまに来る観光客のために釣り船屋もやるし、フナフティ島の船上観光もやるし、隣の島まで臨時のタクシーや、宅配みたいなものも引き受けてるぐらいです。その持舟三艘に分乗してヴァイツプ島に渡ったぐらいです。


 これもそうじゃないかと思ってましたが、ヴァイツプ島に渡ってからの主導権もコトリ社長が握っていたようです。船舶無線に目を付けていち早く臨時政府樹立を宣言させたのもそうですし、国営フェリーをフィジーに向かわせたのも、他の島々に連絡を取ったのもそうです。


「生徒さんには悪いと思たけど、モツフォア校に間借りさせてさせてもらってる」


 ツバル唯一の中等教育機関です。ちなみにツバルには大学もあります。もちろん人口一万人の国に大学を持つ力はありませんから、太平洋島嶼国が連合して作られた南太平洋大学です。この大学の本部は本部はフィジー、法学部はバヌアツ、農学部はサモアで、


「ツバルのはサテライト・キャンパスで通信授業専門や」


 ツバルのサテライト・キャンパスは病院に隣接するようにあります。それはともかく、


「ビール以外に必要なものは?」

「そやな。ビーチパラソルとビーチサンダル、水着も頼むわ。とにかくヒマやねん」


 ヴァイツプ島も周囲はぐるりと美しい砂浜に囲まれていますから、


「まさかリゾート・バカンスになると思わんかったし」


 情勢としては緊迫していますが、さしあたって用事が無いと言われればそうかもしれません。もちろん何もしていない訳ではなくて、巨鯨空輸が始まるとツバル外務大臣が外遊に出かけ、各国の支援要請に走り回っています。


「旅費は持ったってな」

「はい、既にユッキー副社長の指示も出ています」


 そうだそうだ、


「もし国営フェリーが動いたら、潜水艦は攻撃するでしょうか」

「もう出来へん気がしてる」


 丁型は六十人ぐらいが乗り組みますが、フナフティの治安維持のために五十人ぐらいは動員されているようです。船に残っているのは十人ぐらいになりますが、


「あの潜水艦を十人で動かして、さらに魚雷攻撃するのは無理があると思うで」


 もしするなら少なくとも十人ぐらいは戻さないといけませんが、


「そうできんぐらいフナフティは不穏やそうや」


 この辺の情報はスパイからのようです。スパイと言えば大袈裟ですが、ヴァイツプ島出身の住民も多数フナフティにおり、この情勢でも船で行き来があるようです。中国軍も五十人ではそこまで監視しきれないで良さそうです。


「コトリ、やっぱりフェリーはリスクが残るかな」

「やらへんと思うけど、フェリーが嫌がるやろ」


 面子があるから安易に撤収しないだろうは聞いてるけど、


「焦ってるやろ」

「そりゃ、もうだよ」

「あの潜水艦の兵力やったら来れへんもんな」


 どういう事かと聞けば、


「あれだけ巨鯨で空輸したら、ヴァイツプ島の戦力は強化されてると見るのが戦術的常識や」

「でもユッキー副社長は人道支援しかしないって」

「実際もそうやけど、そんなもの中国が信じるかいな」


 そういうことか。そうなると、


「ミサキちゃん、悪いけど、しばらくこっちで出張にするわ。ユッキーがおるからエレギオンも心配ないし」


 あちゃ、帰る気なしか。


「こっちもエエ男もおるし」

「妊娠の心配は?」

「コンドームとピルも送っといてな」


 電話が終わってから、


「やはり武力強化もした方が良いのじゃないですか」

「やらないよ。武器を持てば戦いたくなるのが人なんだよ。今ならヴァイツプ島から上陸作戦やらかしかねないもの」


 そっちになるのか。


「そうなったら勝っても、負けても血が流れるじゃない。別に中国兵の連中だって、こんな異郷の地に命を懸ける理由がないのよ」


 たしかに。考えようによっては政治ゴッコやってるだけだものね。


「それとコトリと誓ったの。二度と人を使った戦争はやらないって。命を懸けるなら女神だけで十分じゃない。女神の力はそうやって使うものよ」

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