ツバルは遠い

 ユッキー副社長が指揮を執ってくれるのは有難いのですが、ユッキー副社長でも副社長就任の挨拶回り、ツバル事件のエレギオン・グループの動揺対策にとりあえず忙殺されます。挨拶回りと言っても国内だけではなく海外もあります。


「何かしたくても足元をまず固めないと始まらないのよね」

「コトリ社長は」

「心配したって連絡の取りようもないし、ツバルなんて簡単に行けないじゃない」


 ごもっとも。フィジーぐらいなら行けますが、フィジーからでも千キロ以上ありますからね。


「それとフィジーにいるより神戸にいた方が情報は集めやすいよ」


 米英政府を始めとして中国への非難声明は激しいですが、具体的な動き、つまりは奪還軍を派遣しようとする動きは見られません。この辺は派遣すれば小規模とはいえ中国との戦争の危険がありますし、あんな絶海の孤島みたいな島国を奪還するメリットも乏しいぐらいでしょうか。


 正統政府の継承に失敗したのですから潔く撤退するのもありのはずですが、中国政府の面子と連動して張主席の命がかかってますから、中国も退くに退けない状態と見て良いでしょう。そうなると、


「やはりヴァイツプ島攻撃ですか」

「その点はシノブちゃんの意見に賛成」


 ヴァイツプ島の占領は容易かもしれませんが、ここでも他の島に逃げる選択枝が残ります。ヴァイツプ島政府もそれぐらい予想しているでしょうから、潜水艦が見えれば一目散に船で逃げるぐらいです。


 この辺は持ってきたのが潜水艦なのもネックの様で、潜水艦は水中でこそ二十ノットを越える速力を出せますが、水上では十二ノットがせいぜいになります。さらに水上では小回りもききにくく、


「ちょっと足の速い漁船で逃げられると追いきれないよ」


 さらに兵力の少なさもあります。ヴァイツプ島から逃げても次の島まで追いかけるのもありますが、少数でも守備隊を置いておかないと、また戻られてしまいます。ツバルの武装と言っても警官の拳銃ぐらいしかないにしろ島は八つもありますからね。


「フナフティだけ独立させる選択もあるけどね」


 フナフティは人口の半分がおり国際空港まである島です。この島だけ独立させ、選挙で新たな国会議員を選出させ新たな政府を樹立してしまうプランです。この場合はヴァイツプ島政府を残してしまう結果になり、


「張主席も胸を張れる成果と言えないのじゃないかな。丸腰に近いヴァイツプ島政府さえ手に余したことになるからね」


 ユッキー副社長はツバル政府の首脳がゴッソリとヴァイツプ島に逃げられてしまった時点で、これらの政府要人の利用価値は中国政府に取って利用価値がなくなったと見ています。現実的には利用しようがないぐらいです。


「選挙でも任命でも良いけど、新たな政府を無理やり作るはずだよ。それでもってヴァイツプ島政府は叩き潰すぐらい。近いうちに中国からヴァイツプ島政府はツバルの敵みたいな声明が出ると思う」


 ただ叩き潰すには兵力が小さすぎるところがありますから、


「援軍は送らざるを得ないんじゃないかな」

「どうやって」

「搭載量を半分にすれば輸送機で可能だよ」


 海南島からでもフナフティまで八千キロあります。でも大型輸送機が送り込めるのなら、


「戦略爆撃機を送り込んで来る可能性は?」

「ないよ。戦術攻撃機も無理」


 輸送機にはSTOL機能がありますが、戦略爆撃機にはありません。フナフティ国際空港の滑走路は千二百メートルですから離発着は無理になります。戦術攻撃機なら運用が可能な機種もあるようですが、今度は八千キロを飛べるのがありません。


「燃料だってフナフティ空港にあるのを中国軍機に使えるかどうかは微妙だし」


 ジェット機と言えばジェット燃料ですが、エンジンの種類によって微妙に内容が変わります。民間機は国際規格である程度までそろえてますが、軍事用となると性能アップのために特殊な配合をしてるものもあるとされます。


「とくに中国軍は性能アップのために燃料に相当手を加えてるって噂もあるし」


 燃料の規格が異なれば最悪エンジンが始動しませんし、たとえ動いても性能低下を招きます。輸送機も中国本土からとなると往路は燃料でギリギリで、復路は空荷になるとはいえ、


「給油しなけりゃ帰れないし、燃料の質が落ちれば八千キロの復路に不安が出るってこと。エンジンだって途中でトラブったら墜落だよ」


 そうなると輸送艦なりになりますが、


「さすがにアメリカが通さないよ」

「そうなると強襲揚陸用潜水艦」


 中国が建艦競争時代に作り出した特殊用途の潜水艦です。そんなもの何に使うのか不思議な潜水艦でしたが、当時の説明ならグアムでもハワイでも奇襲占領できるとかの謳い文句でした。


「あれは輸送潜水艦にもなるからツバルへの輸送には良いとは思うけど、全部で二隻しかなかったはずだよ」


 あまりにも特殊用途過ぎて、技術力の誇示のために使ったんじゃないと言われたぐらいです。とにかくトンデモない潜水艦で上陸用舟艇や水陸両用戦車みたいなものだけではなく、ヘリも飛ばせるとなっています。上陸部隊だって五百人ぐらいは乗せられたはず。


「五百人は無理と思うよ。それは短期作戦の時で、長期を見込むときにはせいぜい二百人だったはず。それと輸送艦として使うのならフナフティ港に接岸できないよ」


 国営フェリーは千トン程度ですが、強襲揚陸用潜水艦はたしか一万五千トンぐらいだったはずです。同程度の水上艦ならもっとコンパクトに作れるはずですが、潜水艦にしたのであれほどの巨体になってしまったそうです。


「荷物は上陸用舟艇で運べばなんとかなるかもしれないけど、片道で急いでも三週間ぐらいかかるのもネックになってくるよ」


 二隻しかありませんからピストン輸送をしても一ヶ月おきぐらいにならざるを得ません。でもそれだけの装備と兵力があれば、


「それでもヴァイツプ島は落ちないよ」

「でも装甲車両まで使われる可能性もありますよ」

「正規軍一個師団投入しても、コトリがいる限り落ちないの」


 そうだった。風邪と時差ボケさえ治れば次座の女神が鎮座してるんだった。それとユッキー副社長は長期戦になれば中国軍は不利としています。


「戦争は兵站がカギなのよ。これは古代から同じ。兵站を無視して大兵力を集めたって食えなくなって逃げちゃうよ。現代の技術でも八千キロは長距離輸送過ぎるのよ」


 加えて中国軍は軍勢だけではなくフナフティ市民も食べさせなないと行けなくなるとしています。フナフティの人口は五千人ですが、ツバルにしたら人口が密集しすぎており、普段は海外からの食糧輸入と、他の島からの魚介類の搬入でまかなっています。


「占領地の治安でポイントなのも住民に十分な食料を提供する事よ。それが出来なきゃ、住民は飢えから暴動を起こすってこと。タダでも侵略者で反感を持たれてるからね。それなのに八千キロも兵站線があるのよ」


 五千人に必要な食料ですが、これは試算により変わりますが一人当たり二キロぐらい必要とするのがあります。そうなると一日に十トンになり、一ヶ月で三百トンです。強襲揚陸用潜水艦の積載量ははっきりしないところがありますが千トンぐらいは可能なはず。


「食料だけ運べばね。それでも全部食糧でも三か月じゃない。武器弾薬や兵士、さらに燃料も運ばないと意味ないじゃない」


 被災地支援じゃないものね。


「もうわかるでしょ、コトリの作戦が」

「それって兵糧攻め」


 八千キロ先の作戦展開は中国でもかなりの負担になります。


「上陸した日の大失敗が堪えてるよ。ついでにコトリがいたのもね」


 そこまで読めば、


「そろそろ動いてやらないとコトリに怒られるかな」


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