最終章 7.縫製士の意地

 リキト君、僕は無力だと思っていたよ。僕も君も。


 だって僕らは剣も使えないし、ましてや魔法なんて使えるわけもないし、あるわけもないから。

 

 もしこの世界に君が言ってた勇者や魔導士がいたとすれば、また違った世界になっていたかもしれない。ドラゴンや召喚士が悪者を爽快に倒す。そんな世界は最高にかっこよくて面白いだろうね。

  

 君がもしそんな力を持ってここへ来ていたら、と少し思ってた時期も実はあったんだ。だって君はこの世界の王子だろ? それにあんな世界から突然1年で17年も成長してやってきて、もしかしたら特別な力を持ってこの世界を救いに来てくれたんじゃないかって思うじゃないか。僕もそんな本を読みすぎたのかな。けれど、僕らはただの縫製士だった。剣さえ握っているわけもなく、ハサミを握ってるだけの男だった。ルディさんの縄を切るのには役に立ったけどね。おかげで刃はボロボロでさ、こんなんじゃ布もまともに切れないだろうね。また研ぎ作業をしなくちゃいけないよ。

 

 でも僕は思うんだ。君はもしかすると誰よりも強い力を持っているんじゃないかと。君がレスミー様の恰好をしてルディ様を救いに行きたいなんて突拍子もないことを言い出したあの時からね。


 あまりにも無謀だと思ったさ。だって一歩間違えれば即死が待っているだろ? 僕らには攻撃力もなければ、防御力もないのだから。

 

 だけど、君は言ったよね。「もうこのままじゃ嫌なんだ」と。

 君はさ、きっと今の自分に出来る事を一生懸命考えたんだろうね。僕らには戦う術もなく、何も才能なんてないかもしれない。けれど、僕らにしか出来ないこともあるのかもしれない。そう思わせてくれた君に感謝をするよ。


「リニアをこちらに渡してもらおうか」


 ダガー王の鋭い声が耳に届いた。隣ではルディさんと武装した町の人々が周囲の兵士へ向けて威嚇をしている。


 この世界の行く末を諦めかけていた人達、そしてルディさんに光を灯したのは君、リキト君だった。  

 まるであのレスミー様みたいだなと思ったよ。性格や言動はかなり違うけど、根本的な根っこが一緒なんだなとつくづく思った。君達はやはり親子だったとね。


「……渡すわけないじゃないか」


 僕は彼女の前へ一歩踏み出した。ダガー王をフードの下から捕え、睨み返す。


「ゼファー……?」


 戸惑いが混ざった彼女の綺麗な声が後ろから聞こえた。


「あなたの御子息が言ってた通りですよ。最後ぐらい、自分の好きに動いて見せろよ、意味がないと言われても、とね」


 リキト君、レスミー様、僕はあなた達に到底敵いそうにはないよ。けれど、こうやって愛する人を君達の代わりに守ることぐらいは出来るんじゃないかと思うんだ。


「僕はあなたを守りたいんですよ」


 例え結ばれることがなくても――


 顔を真っ青にさせて、僕の背後に立ちすくむ彼女の顔を目に焼き付けると、前へ向き直った。僕の前には一人の兵士が剣を持ち上げ息を荒くして立っている。

 

 リニア様、あなたはいつも前向きで明るくて楽しい人だった。僕ってほらこんな性格ですし、あまり友達もいなかったから、いつも僕の遊び相手にもなってくれたのもすごく嬉しくて。僕にとってあなたと過ごした暖かな時間は、かけがえのないとても素晴らしい思い出なんです。

 

 それに本当に王族なのかなといつも疑ってしまうぐらい、あまりにも豪快に笑うし、仕事の時は細かい作業まで注意して挑むのに、いざ料理や掃除なんかになると大雑把加減を発揮されて。とても不思議な人だなとも思いましたよ。城に戻られてからは大分落ち着かれたみたいですが、時々ミクちゃんにも負けないところがあるぐらいだったなと今となっては思いますよ。僕の事をいつまでも子供扱いされているところもあなたらしいなと思っています。全てが愛おしく、愛らしかった。


 リニア様、もし最後に許されるのなら、言えるのなら、伝えてもいいでしょうか。この気持ちを――


「ゼファー、まさかお前……」


 困惑した愛する女性の子供が話し掛けてきた。

 リキト君、僕達は無力なんかじゃ決してなかった。


「君に教えられたよ、リキト君。僕にも出来る事があるとね」

「ゼファー、やめろって……!!」


 真っ青な顔で僕に叫ぶ彼は、僕が今から成すことを止めようとしてくれているのだろう。けれど、もう僕は決めたんだ、リキト君。


 すると、目の前の兵士が僕へ走り寄り、鋭い長い剣を今にも頭上へ振り落とそうとしている。その兵士の背後でダガー王が薄気味悪く笑う表情が目に入った。


 僕はリキト君やレスミー様には敵わない。

 けれどさ。


「もう一人の恋敵には負けるつもりはないよ」


 振り落とされた銀色の武器は鈍い音と共に静止していた。



 頭上で交差した裁ちばさみ二丁で――



 残念、僕はまだ死ぬ気はないよ、リキト君。


「これが縫製士の意地というものだ」

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