2章 5.何度やっても
「うううう……」
冷たくて固い石の床に、薄暗くて狭い空間。目の前には大きな鉄格子があって、背後にある小さな窓からちょっとだけ光が当たる。
そんな暗い場所で泣いて泣いて泣きわめいて。
泣いたってどうしようもないのに、解決なんてしないのに、次々に涙が溢れ出てくる。
またりっきーに迷惑をかけてしまった。なんでいつもこうなんだろう。嬉しい事も悲しいことも実久の頭の中をいつも空っぽにする。すぐに周りが見えなくなって、いつもりっきーを困らせる。今日も、あの時も、いつもいつも。実久は何一つ出来なくて、いつも助けられてばっかりだ。
りっきーが男の子を殴ったあの日だって、実久はただ泣いてただけで何も出来なかった。実久がミシン見に行きたいって言っちゃったから……。それからりっきーは縫物を全然しなくなって……。
なのに、この世界にやってきて、またりっきーはミシンを踏み始めた。実久の為にって分かってるよ。りっきーが色々迷ってる事も。辛い事も。実久の分まで頑張ろうとしてくれてることも。
実久も何かの役に立ちたかった。実久もりっきーみたいにしっかり者になって、なんでもこなせて、かっこよくて、優しくて……。
でもどんなにかっこいいキャラのコスプレしたって、強くて優しいキャラのコスプレをしたって、実久は実久だった。分かってるよ、そんなこと。見た目だけ変わっても中身は変わらない。でも少しだけ理想に近付ける気がするんだよ……? もしかしたら実久にも何か出来ることがあるかもって……。
今日こそ役に立てると思ってたのに……。また頭が真っ白になって……、りっきー、きっと悲しんでる。
りっきーは頑張ってるのに。すごく頑張ってるのに。
涙が止まらない。あの時みたいに泣いてるだけじゃだめなのに。実久も役に立ちたい。りっきーが実久をたくさん助けてくれるように実久もりっきーを助けたい。いつまでもこのままじゃだめなんだって、いつもそう思うのに。
「泣いてるの?」
石の壁の向こうから男の人の声が響いてきた。なんだかその声は心地よくてまるでりっきーみたいだった。
「うん……」
「悲しいことがあったんだね。良かったら話を聞くよ」
「あのね、あのねっ、りっきーが綺麗な女の人に酷い事言われちゃって、実久がその女の人押し倒しちゃったの……。そしたらここに連れて来られて、魔女だって言われて……。実久はいっつもりっきーに迷惑ばっかりかけて困らせてて……今日もこんな事になっちゃって……」
知らない人だけど、誰かに聞いてもらえるだけで少しだけ心が安らげる気がする。でも次から次に溢れ出る自分の言葉でまた更に悲しくなってどんどんと視界がぼやけてきた。
「君はエライ子だよ。だってミクちゃんはりっきーのためにやったんだろ?」
「ただ迷惑かけちゃっただけかもしんない……。こんなことにもなっちゃったし、意味ないことしちゃった……。うううう」
また泣いたってどうしようもないのに。あんなこと言われるのがすごく悔しかった。りっきーは何も悪くないのに。りっきーはすっごく頑張ってるのに。
「ミクちゃんはりっきーのこと好きかい?」
「大好き……。いつもツンツンはしてるけど、すっごく優しいの。実久が服作り分かんない時もたくさん教えてくれたり、料理も上手だし、王子様みたいだし……。でも実久いつも何も出来なくて、迷惑ばっかりかけてて……」
今だって実久の全部がグズグズで。顔だって体だって頭の中だって。本当に迷惑ばっかりかけてる。そんな実久に、いつも仕方ないなって、文句言いながらでもいつもワガママを聞いてくれて、助けてくれてた。
「きっとね、りっきーもミクちゃんの事好きじゃないかな? 君の頑張りをちゃんと見てくれているはずだよ。だからいつも助けてくれるんだ」
「そうなの……?」
「そうだよ。完璧を求めることはとても素晴らしいことだよ。だけど、結果だけが全てじゃないと僕は思うんだ。ミクちゃんの普段の頑張りをきっと彼は見てくれているよ」
「普段の頑張り……?」
「君は一生懸命頑張ってる。そうだろう? もちろん失敗もする日もあるかもしれない。けれど、完璧になることが全てじゃない時だってあるんだ。君には君の魅力がある。ミクちゃんみたいにまっすぐに突き進めるだけですごいことなんだよ。それこそが誇るべき君の素晴らしいところだ。意味がないことなんてないんだよ」
その言葉を聞いて、また涙がポロポロ足の上に落ちてくる。そうか、りっきーは実久をちゃんと見てくれてるんだ、こんな実久を。
「ふぇ~~、りっぎぃぃぃぃぃぃ、見でぐれでありがど~~、会いだいよぉぉぉぉぉぉぉ」
***
また大泣きを始めちゃったのに、壁の向こうから優しくて心地よい声がまた実久をなだめてくれた。
やっぱりなんだかりっきーみたいだなと思って、大好きになった。
それからりっきーのお話をたくさんした。りっきーのいいところ、色んな人に知って欲しかったし、「ぜひ聞かせてほしいな」って言うから。
顔も体も何も見えない男の人だったけど、ずっと優しく「そうなんだね」って相づちを打ってくれながら、石の壁の向こうから実久の話を聞いてくれた。それがすごく嬉しくて、りっきーと仲良くなったあの日から、高校生活までずっと話をした。
おじーちゃんと一緒に二人で暮らしていて、まるで王子さまみたいにすらっとしていて金髪で、宝石のような緑色の綺麗な瞳で、ニードル王子って言われてること、すごく裁縫が上手なことも、器用な事も。いつもふてくされてはいるけど優しいところも、何もかも全部。
時々話が通じないところがあったけど、別に気にならなかった。「実久ちゃんの国にはツイッターなんて面白いものがあるんだね」って言いながら聞いてくれた。
なんでこんなに暖かな人が牢獄に入れられてるんだろうと思って聞いてみたら、「家族ともめてしまってね」と言って、「二人には申し訳ないことをした」と小さな声が聞こえた。なんだかとても悲しそうだった。
その時、その男の人の名前を聞いていなかったことに気が付いた。
だから「お名前は?」と聞いたら「レスミーだよ、よろしくね。ミクちゃん」と優しく答えてくれた。
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