1章 5.コミケで迷子とかマジ勘弁
「りっきー! 明かりが見えるよ!」
暗闇の森を二人で駆けていると、前を突っ走っていた実久がこちらへ振り向いて突然叫んだ。指差すその先には確かに小さなオレンジ色の明かりが確認出来た。その辺りには生い茂った木も生えていないようで、やっと森を抜けることになりそうだ。
「家か……?」
「ピンポン鳴らしてみる?」
「いや、無さそうな気がするんだけど……」
「そうか、ここは異世界……!! 魔法の世界!!」
興奮しているのか勢いを付けて、更に実久の足が速くなる。一体その体力はどこにあるんだ? 実久の足の速さに重たいブーツで息を切らしながら追いかける。袖なしのせいか少し肌寒いけど、暑くもない春のような気候が不幸中の幸いだなと走りながら気付く。じゃないと、こんなに長時間走れないだろう。だが、明日は筋肉痛で間違いない。
森を抜け、辺りをざっと見渡すと、暗闇でよく見えはしないが、平屋の家が数軒建ち並んでいるみたいだ。どの家もやはりおとぎ話に出てくるような、古い木造の建築物のように見える。今が何時かさえも分からないが、部屋の明かりを窓から放っている家もある。暖かそうなオレンジ色の光。さっき森から確認した光もこの明かりだろう。揺らいでいるように見える。もしかして蝋燭の明かりなのか? 玄関付近を見る限り、インターホンなんてものは皆無だ。
「どう見てもチャイムはなさそうだな。なぁ、実……」
と話しかけた途端、さっきまで隣にいたはずの実久の姿がない。はぁ、また始まった。迷子の迷子の実久ちゃんが。思わずこのつんつん頭を抱える。あの時の悪夢が段々と蘇ってきた。
東京ビックサイトであったコミケに実久と二人で行った時だ。「コミケに行きたい!! ティフェのコスしたい!!」とか何度も言ってたから仕方なしに引率で付いて行った。俺からぜってー離れるなよ、と何度も言っていたのに、周りのコスプレイヤーや物販の店に興奮しまくって、気が付くといなくなっていた。まさしく今と同じ状況だ……。
ゲームは好きだから知っている。ティフェってのがどんなキャラなのかも。そのキャラは武道派の近距離攻撃型の黒髪ロングストレートの人気ゲームに登場するヒロインの一人で、男から見てもかっこいい女性キャラだ。だけどそのコス衣装ってのがかなりの問題だった。実久と一緒にその衣装を作っている最中もずっと思っていた。これを実久が着るのか、と。
下半身は黒の
……実久は全く気にも止めてないようだが、見た目によらず胸がある。イヤらしいカメラ小僧がいたらどうする。餌食だ。だめだ、それだけは幼馴染として阻止しなければならない。だけどあの時の会場は広すぎた。人も多すぎて、どんなに探しても実久はいない。スマホ鳴らしても出ないし、スタッフに助けを求めても一向に見つからなかった。あいつのことだし、変な奴に付いて行っていないか、もしかすると連れて行かれていないか、ずっと生きた心地がしなかった。
すると遠くから何やら大勢の歓声が聞こえてきた。俺の勘が働き、駆け足で近付いてみると、案の定、……実久だった。
コスプレキャラになりきり瞬速パンチを何度も繰り出し、キックまでも出している。見える、見えるって……!! そんなジャンプまでして廻し蹴りなんてマジでやめろって!! 胸がドスンドスンゆれてるだろ!!
実久が動き回る度に周囲の男どもからは「おおーー」と幸せのため息に似た音が漏れる。運動神経はないのに、コス衣装に身を包んだ実久はいつもこうだ。なりきってしまうとなぜかスイッチが入る。
――おい、実久! 行くぞ!!
「あ、りっきー!!」と何もなかったような満面な笑みで俺の名前を呼ぶ実久の手を強引に引っ張り、シャッター音が響く中、その場から素早く離れた。
そんなことがあり、今日も不安しかない。やべ、頭が痛くなりそうだ……。
「おい、実久ーー! どこだ!?」
はぁ、一体どこにいるんだよ。月明かりを頼りに暗闇の中を必死にきょろきょろと見渡していると、どこからかドアがバンっと閉まる音が聞こえてきた。その方向へ向かって急いで駆けて行くと、下を向いて少ししょんぼりとした実久が家のドアの前で立っていた。
「実久っ! ここにいたのか! ったく、いつも俺から離れるなって言ってんだろ!?」
「りっきぃ~、実久の姿見た瞬間、ドア閉められちゃった……」
「お前が不審者って思われたんだろ」
「でも、ドアを開けてくれた時は心配そうにしてくれたんだよ? 何言ってるかは分かんなかったけど……。その後突然ドア閉められちゃって……」
ドアを開けてくれたってことは、最初は良心的だったということか? こんな夜に尋ねてくるのにそう易々とドアを開けてくれるわけないしな。なのに、なぜ途中で締め出されたんだ?
「そんな恰好じゃ、魔女だと思われてるんじゃないかな。特にその杖」
急に背後から男の声が響いた。突然の出来事に驚いて振り向くと、月光に照らされた一人の男が立っていた。
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