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期末試験が終わり年末年始のかき入れ時の前におれたちは逃避行を始めた。何から逃げているのかわからないがこれは逃避行に違いなかった。
新宇佐見駅で湾岸快速に乗り、千歳まで三十分。そこから潮間線に乗り換え一時間。国際空港でもある佐久間空港を過ぎると風景が一気に田舎くさくなった。建物のならびががらっと変わってしっまう。よく見ると線路は単線だった。宇佐見に住んでいると気づかないが千歳県の東半分はだいたいこんな感じなのだろうな。と思ってぼんやりしていると、長いトンネルに入って抜けた先で絶句してしまった。まちが白い。最初は暗いトンネルに目が慣れたせいだと思ったがそうではない。全体的にあからさまに色が薄い。地面の色も赤黒いものではなくて暗い灰色だった。そういえば聞いたことがある。日本列島はもともとプレートに浮かぶ「ごみ」が集められて形成されているのだが、その少し大きな塊のうえにできたのが潮間で、だから本州の先にくっついているような地形なのだと。だからここはもとより「ほかとちがうまち」なのだ。なにが、とはうまくいえないけれど実際に目にするとわかる。少なくとも志村がここに帰りたくない理由がわかった。ここにいてはいけないようなはっきりとした違和感が鋭く脳のどこかを刺している。刺し続けている。
明日香は普段よりもだいぶ元気がないように見えた。ここまでひとことも会話をしなかったのもその証拠だ。潮間駅にたどりついて、雲に覆われた空を見上げながらおれはこれからどこに行けばいいか尋ねた。
「電鉄に乗りましょう」
そう言ってホームを変えて二両編成のこぢんまりした車両に乗り込む。丸みをおびていない直方体で、こげ茶色単色の塗装の車両は、下手をするとおれが生まれた頃も同じデザインで走っていたのだろうと思わせるほどの古さだ。内装は明らかに「古さを売りにした」ものだったけれど、ほんとうにこのままのかたちで使い続けてきたのだろうという拭いきれない汚れがそこかしこに垣間見えていた。
「ヒガシアコガシマという駅で降ります」
明日香は言葉少なだったが、朝よりもずっと表情はやわらいでいた。なんとなく全身の色が薄くなっていくような気がした。おれも、明日香も。
マッチ箱みたいな列車はごとごととけっこうな轟音を立てて動き出し、市役所を過ぎるとほとんどひとがいなくなった。北安古ケ島という駅名標を見て、アコガシマは安古ケ島と書くのだとわかった。東安古ケ島はその次の駅だった。海がよく見える、崖に近い駅だった。ホームがひとつしかない。アート系を目指した邦画なんかにありそうな風景だ。青空が広がっていればなおよかっただろう。
「空、いつもまっしろなんですよね」
「へえ。不思議だな」
「多分晴れている日もあるんだと思うんです。記憶に残らないだけで」
「まあ、おれも最近ずっと雨が降ってるような気がするからそんなもんか」
風も吹かない。真冬なのに寒いのか暑いのかあまりよくわからなかった。コートの袖がすり切れていても明日香は何も言わなかった。なんか言いそうだな、と思って着てきたのを思い出した。うわっ、気持ちわる。手軽にひとのふりしてんじゃねえよ。
「あそこにあるんです」
明日香は小高い丘の上を指さした。いい景色だ。南の高台をのぞけば潮間のまちを一望できるような気がする。それが善意なのか悪意なのかおれにはわからないが。おれだったら悪意ととってしまうだろうな。たぶん。死んだことないからわからないけど。
それにしてもこのまちは穏やかだ。いや、穏やかというと少し語弊があるし、どちらかというと不穏のほうが近いようにも思えるが、風や空気は冬のそれとは思えないくらい、ほんとうにびっくりするほど穏やかだった。海がこれだけ近いのに波の音も殆ど聞こえないし、まちのひとも出会うには出会うがおじいちゃんおばあちゃんばかりで言葉もなければ足音もない。近くに大きな道路がないからバスや車の音もしない。まるで世界が滅んでしまったあとのようなまちだ。そりゃ気も滅入るし、「まとも」な若者ならここにいたくはないだろう。
丘へと続く坂を上り、丘の裏に隠れていた寺を見つけた。水をくんでさらに丘をのぼる。のぼりきったところが霊場のようで、一面に墓石がずらっと並んでいた。なぜか墓石独特の威圧感がなかった。こんなに「ただそこにある」だけの墓石なんかほかで見たことない。ずいぶん静かな墓だ。
「あった」
明日香は極めて自然におれの手を引いて、父の墓であろうところに連れて行く。初めて手をとられた。女子高生だからだろう、ずいぶん湿っていた。きもちわるかったけれどさすがに言えるわけがなかった。逆なら言えたのだろうけれど。
冷たい水が飛び散ってもあまり冷たさを感じなかった。感覚がどんどん鈍っていくような気がするのはなぜだろう。まさか死ぬんじゃあるまいし。つくづく、ふしぎなまちだ。墓に「白藤」と書いてあるのがふしぎに感じた。別にふしぎなわけはない。父親の姓のまま生活しているだけだ。ふしぎに思うことがむしろふしぎなのだ。おれはなにかをふりはらうように頭を振ると、明日香に促されてその見ず知らずのおっさんの墓に水をかけた。いやおかしいだろ。なんでやねん、ってつっこみをいれたくなった。
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