第229話 幽鬼カルタフィルスの目的

 幽鬼カルタフィルスは怒り心頭と言った様子で、俺を睨みつける。

 ……いや、彼女の視線の先にあるのは、俺ではない。


 幽鬼カルタフィルスが見つめる先、そこにあるのは、あの大きな白い卵。

 つまり、幽鬼カルタフィルスが見ているのは、地獄の主サタンであった。


「ファイント……いや、サタンに何するつもりだ?」

「冴島渉……あの、私の救いとなる地獄の主サタンを生み出した【召喚士】ですか」


 ……救い?


「冴島渉、私が地獄の主サタンにお仕えしていたのは、『終活・・』なんですよ」


 終活----人生の最期に向けて行う活動、事前準備。

 それこそが、幽鬼カルタフィルスの目的なのだと、彼女はそう語っていた。


「私は、終わらない。いえ、"終わらせ・・・・られない・・・・"。

 あの(放送禁止用語)である聖人イエス・キリストが、この世界へと再び舞い戻るまで、永遠に死なない事を命じた。故に、私は死ぬことが出来なくなってしまった」


 幽鬼カルタフィルス----もとい、彼女の基となった『さまよえるユダヤ人』とは、そういう人間だ。

 彼女は聖人イエス・キリストの死と同時期に、『聖人イエス・キリストが復活するまで、死なない』という事を命じられた。


 死なないという事は、人によっては羨ましいことのように思えるかもしれない。

 しかし、それは決して幸福な事なんかではない。

 『さまよえるユダヤ人』たる彼女に与えられたのは、"死なない事"だけではなく、"安らぎを得る事"もである。


 彼女はどこかに居場所を作ることどころか、安らぎや癒しを得る事も許されない。

 眠る事も、楽しむことも出来ず、ただ永遠と地上を徘徊するだけ。

 それも、復活するかもどうかも分からない、聖人イエス・キリストが復活するまでずっとだ。


「私にとって、死ぬことこそ、終わりを迎える事こそが、最大の望み。それを唯一成し遂げられそうだったのが、あなたの召喚した召喚獣----地獄の主サタンでした」

「やつの【究極殺害】か」

「えぇ、どんな存在だろうと、絶対に殺すスキル----まさしく、(放送禁止用語)な私を、終わらせられる、素晴らしいスキルだと判断しました」


 つまり、この幽鬼カルタフィルスは、地獄の主サタンに殺してもらうために、彼女に付き従っていたのだ。


 ……狂ってる。

 自分が死ぬために、そんなことをするだなんて、狂ってるとしか思えん。


「死ぬために、そんなことをするのが、お前の行動原理だと?」

「それが、幽鬼カルタフィルスという、生き方なのです」


 だけれども、その計画は失敗に終わってしまった。

 他ならぬ、地獄の主サタンが、その姿を脱ぎ捨てて、新たな姿へと変わろうとしているのだ。

 それはすなわち、幽鬼カルタフィルスを終わらせられる、唯一の希望ともいえる【究極殺害】の消失とも同義だと。


 幽鬼カルタフィルスは、そう語りながら、白い大きな卵を、地獄の主サタンをじっと睨みつけていた。


「あんたにはあんたの求める物があるように、俺には俺の求める物がある。

 今回は、俺が求める物が優先された、それだけの話だ」


 全ての人の願いが叶う世界なんて、存在しない。

 誰かの願いが叶う時、その裏で誰かの願いが打ち滅ぼされる時でもあるのだから。

 今回は俺の『ファイントを取り戻す』という願いが叶い、幽鬼カルタフィルスの『死にたい』という願いが打ち滅ぼされたというだけだ。



「えぇ、ですので、私も自分が求める物のために、行動に移りましょう」


 

 チャキッ!!


 彼女は俺に、自身の真っ白な腕を向けていた。

 その腕はぐるんぐるんと、まるでドリルのように高速回転していた。


 そして、ドリルのように回転する真っ白な腕は、うっすら白く美味しそうな香りが立ち昇っていた。


「----スキル【フライド大根ドリル】。あなたを殺すスキルの名です」


 香ばしく美味しそうな匂いを漂わせながら、彼女は殺気を地獄の主サタンに向けていた。


「地獄の主サタンは今、新たな姿へと変わろうとしている。そして、その起点となっているのは、【召喚士】である冴島渉。

 なら、起点であるあなたを殺せば、変わる事も抑える事が出来る」


 ----だから、死ね。


 幽鬼カルタフィルスはそう言いつつ、引き金に手をかける。

 俺は咄嗟に【召喚術】を使い、召喚獣を呼び寄せようとして----



 ===== ===== =====

 スキル【御残不認可おのこしはゆるしませんで】が 発動中です

 戦闘可能キャラを 既に 召喚済みです

 【召喚術】のスキルの働きを 無効化します

 ===== ===== =====



「なんだ、これは?!」


 謎のスキルによって、俺の【召喚術】の力は無効化されたのである。

 なんだ、その某アニメに出て来そうな、ふざけた名前のスキルは?!


「(放送禁止用語)ですよ、冴島渉。この【大根】のスキル、【御残不認可】は、大根が捨てる所がない野菜であるからこそ生まれた、あなたのような職業の力を封じるスキル。

 スキル内容は、既になんらかのスキルが発動中の場合、そのスキルを解除しなければ、次のスキルが発動できなくなる。まだ食べる所があるのに、捨てようとするのを防ぐだけの、スキルです」


 【召喚士】などの、自分以外に作用スキルを常時発動するタイプの天敵のような、スキルだな。

 つまり、新しい召喚獣を召喚しようとするならば、今召還中の雪ん子達を全員、【送還】しなければならないってことか。


「本来なら、常時スキルを発動している相手にこそ、めちゃくちゃ有効なスキルですが、【召喚士】にも作用しますね。まぁ、あなたはこの攻撃で死ぬので」


 幽鬼カルタフィルスは、香ばしい腕をそのまま貫こうと----



 彼女は、バラバラに砕かれた。

 ビスケットを拳で叩きつけて割るかのように、頑丈な機械からボルトが抜かれて落ちるかのように。



 幽鬼カルタフィルスは、バラバラになって、そのまま消えていく。

 そして----彼女をバラバラにした相手は、幽鬼カルタフィルスの後ろから出てきた。


 後ろから出てきた相手は、見覚えがある人物というか、知りあいであった。

 しかしながら、絶対にここに居るはずがあり得ない人物であった。

 だって、そいつは……


「なんで、ここに、あんたが……?」




 その人物は、花弁千夜葉・・・・・----『ベンチャーちゃん』であったのである。

 そう、命題により、ダンジョンに潜れないはずの、ダンジョンに居るはずのない女性であった。


 片眼鏡モノクルとトレンチコート、そして黒い帽子シルクハットを被り。

 19世紀のロンドンに出て来そうな探偵姿の彼女は、一言、こう呟いた。



「……冒険シタイ」




(※)次回、【真相と、後悔と、《探偵》覚醒幽鬼(1)】

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