第6章『ファイントは常に地獄の中にいる/覚醒ファイントの章』

第197話 赤坂帆波は、暗躍する(1)

~~前回までの あらすじ!!!~~


 真名解放によって、悪天使ファイントは地獄の主サタンへと変わってしまった。

 サタンの持つスキルにより、Cランクダンジョン《東神話大陸》は、超一級ダンジョン《悪の地獄廻廊》へと変化し、さらにその入り口の周囲が地獄と化すのであった----。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「----という訳で、今あの領域に手出しされると、こちらが困る。即刻、自衛隊を引き下げてくれないかい?」


 防衛大臣の崎森衛さきもりまもるは、突如として現れた少女にそう命令された。


 突如として現れた、赤黒い東京ドーム20個分という広大な、死を漂わせる空間。

 まさしく地獄としか思えないその空間内では木々は枯れ果て、血を思わせるどす黒い池があちらこちらに湧き出している。

 そして骨だけの死者達や、皮膚の一部が残っただけの死者達が、生者を求めてさ迷っている。


 まさしく、地獄としか呼べない空間。


 いきなり出てきたその地獄に、防衛大臣の崎森衛は民間人救助のために、自衛隊を派遣しようとしていた。

 そんな彼の行動をいきなり部屋に入ってきて止めたのが、この少女なのである。


 赤い長髪に、藍色の瞳。

 稲妻模様の刺青が刻み込まれた、均整の取れたスタイルの女子高生。

 しかし、只人ただびとでない事は、その右腕が証明していた。


 真っ黒く、どくんっどくんっと脈打つ巨大な右腕。


 異形たる巨大な右腕を、怪訝そうに見られたことに気付いたのだろう。

 少女は「あぁ、これの事ね」と、異形の右腕を優しく、もう片方の左手で撫でていた。


「すまないね、大臣さん。これは悪魔の力を借りた対価というか、目印マーキングという所かな?」

「マーキング、と言ったのかね? その右腕の事を?」

「えぇ、力を使うとしばらくの間、身体の一部がその悪魔の物へと変わってしまう。【邪霊契約】というスキルの副作用なんで」


 赤髪の少女は、淡々と、まるで子供に言い聞かせるかのようにして説明する。


 自分は、以前に崎森衛とルトナウムを販売した佐鳥愛理の上司、赤坂帆波であり。

 あの地獄を作った者に心当たりがあり、その者にしかこの状況をなんとかする術はない。

 だからこそ、自衛隊の派遣を止めなければ、犠牲者は増える一方である。


 少女、赤坂帆波の言葉は、ただの防衛大臣たる崎森衛にとっては絵空事のように聞こえていた。

 しかしながら同時に、彼女の言葉には説得力があった。


「しかし、突入するなと言われても、突入しなければならない訳がある。……我々自衛隊としては、避難民の救出をするのが任務である以上、引き上げる訳にはならないのだ」


 自衛隊とは、そういう軍隊なのだと、崎森衛はそう自分に納得させるように言う。


 人を殺すための軍隊ではなく、人を助けるための救助隊。

 彼らの装備は人を殺すためではなく、悪しき者達から民間人を守るためにあるのだ。

 あの地獄に飛び込むのは誰が見ても危険である、しかしながらそれでも民間人がいるのならば助け出すのが自衛隊なのだ。


「地獄となったあの広大な土地には、多くの民間人が居たはずだ。その民間人を助け出すため、自衛隊は出動すべきなのだ」

「……なるほど。なら、その民間人が"既に・・救助されてた・・・・・・"なら?」


 赤坂帆波がパチンと、左手で指を鳴らすと、


「今、参りました! "マスター"!」


 いきなり、後ろから、愛らしい幼女が現れていた。


 その幼女は背中に大きな煙突を背負っており、手には二丁の拳銃を構えていた。

 その幼女の瞳は目玉ではなくボタンであり、崎森衛は直感で理解していた。


 ----この幼女もまた、只人ではない、と。


「ビーワンちゃん、"例の物・・・"を出してくれる?」

「はいっ! ビーワンちゃんは、すぐ出しちゃいますよ!」


 ボタン瞳の幼女、ビーワンちゃんは懐を探って、小さな球を取り出した。

 そして、その小さな球を、崎森衛に渡していた。


「これは……球?」

「あの場に居た、犠牲者を閉じ込めた【救助用球体】! その名も【救助用球体=地獄の犠牲者=】です!」



 ===== ===== =====

 【救助用球体レスキュースフィア=地獄の犠牲者=】 特殊アイテム

 佐鳥愛理が開発に成功した、異世界そのものを球体の中へと閉じ込める技術の産物。この球体の中には、サタンによって【地獄となった世界の、犠牲者達】と呼ばれる人々が封じ込められている

 サタンは無作為に、無遠慮に、無意識に、世界を地獄へ化した。その地獄化に巻き込まれた人々が、この中には閉じ込められている

 ===== ===== =====



「犠牲者達が、この中に?! それは本当か?!」


 崎森衛の言葉に、2人は間違いなしとばかりに頷く。


「えぇ、勿論ですとも! 1人残らず、傷一つなく、この小さな球体の中ですやすやとお寝んね中ですとも! それこそ、何年かかろうが、彼らは歳をとらず、病気とも無縁ですし!」

「そもそも、本来の【世界球体】の使い方は、こういう時のために佐鳥愛理に作ってもらったのですよ。あの子曰く、世界1つですら閉じ込められないから、劣化版らしいけど。

 範囲さえ決定すれば、後は条件にあった者だけを抽出して、閉じ込めておける。1人ずつ開放する装置もあるし、こういう大災害の時にこそ、【救助用球体】は便利だよね」


 「信じられん……」と、崎森衛は思わず呟いてしまった。

 世界にダンジョンがあるこの世界では、多少の驚きはあれども、これはそれ以上のものである。


「(この球体を実用化できれば、もっと救える人が増えるんじゃないか?!

 あの規模の大災害で、一人残らず閉じ込めて、災害が止まってから解放すれば、犠牲者はゼロとなる! それに、難病を抱えた者達もこの球体の中に閉じ込め、病気が治る機会があれば解放すれば、治る可能性は今よりもっと高くなる!)」


 ルトナウムを知った時以上に、崎森衛は興奮していた。

 この【世界球体】があれば、救える命がもっと増える、と。


「----良ければ、空の【救助用球体】をいくつか貸しましょうか? 具体的には、10個くらい」

「それは、誠か!?」


 「えぇ、勿論」と、赤坂帆波はそう言った。



「ただ、簡単に。報道陣に、以下のことを報道するようにしてください。


 『あの地獄のような空間は、ダンジョンが原因で起こった自然災害。既に自衛隊と冒険者の手によって、人々は救いだされるも、検査のために隔離状態にある』


 ……とまぁ、こんな感じの文言を」



 それは、崎森衛にとっては、楽な話で合った。

 偏向報道など、言い方は悪いがいくらでも手段はあるのだから。


「分かった、条件を飲もう」

「それは、良かった」


 ニコリと、崎森衛と赤坂帆波はお互いに笑い合う。


「あの地獄化も、勿論、解決してくれるんだろうな? 赤坂帆波さん?」

「えぇ、勿論。専門メンバーに声をかけて、必ずや」


 

 そして、防衛大臣と赤坂帆波の秘密の密会は、終わりを告げた。



 赤坂帆波は、次の場所に向かう事とした。

 この地獄化を対処できる専門メンバー、つまりは冴島渉の元へと。




(※)【救助用球体レスキュースフィア

 今回、地獄化という大災害の際に活用された、人命救助用の【世界球体】。佐鳥愛理が言うには、世界1つすら閉じ込められない、【世界球体】の劣化版アイテム

 救助範囲を設定し、その範囲内で条件にあった者だけを球体の中に閉じ込める事により、人命救助が可能となる。人間しか閉じ込められず、なおかつ日本の面積よりも広い範囲を設定できない、作成者の佐鳥愛理が言うには失敗作ではあるが、人を救うにはこのくらいで良いだろう

 完成品たる【世界球体】とは違い、中にいる人を1人ずつ中から取り出せる機能もある

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