第189話(真名編) 千山鯉、真実

 鯉が何故、滝を昇るのか?

 それは、滝を昇り切った者だけが、龍となるからだ。


 鯉は、龍になる夢を見て、滝を昇る。

 途中で諦めた者が単なる魚である鯉となり、諦めずに昇りきった者だけが龍となって龍が住まう世界へ、旅立つことが出来る。


 千山鯉は、その中間----どっちつかずの姿である。


 滝を昇ることを諦めずに達成し、魚ではない。

 龍に住まう世界に旅立たなかったので、龍ではない。


 魚でも、龍でもない、その2つの性質を持つ者----それが千山鯉。



 ----と、言われている・・・・・・



 実は、魔王シルガによって【リ・セット】される前の世界では、千山鯉は、召喚獣ではなかった。

 理由は、あまりにも伝承が弱かったから。


 千山鯉は「仙境異聞」という書物に出てくる妖怪であり、作者である江戸時代の思想家、平田篤胤が、その千山鯉を見たという証言を基に記されている。

 しかし、その見たという証言をしている者が、寅吉と呼ばれる少年である。


 そう、「俺、実は天狗の世界に行ってんたぜ? 凄いだろ、マジでww」と語る、一歩間違えればほら吹き少年でお馴染みの、天狗小僧の寅吉である。


 逆を言えば、この寅吉という少年が見たことしか、千山鯉を見たと証言する書物がない。

 探せばあるのかもしれないが、少なくとも雪女----その子供たる雪ん子の伝承から比べると、あまりにも千山鯉という伝承は少なく、そして弱かった。


 そして、そんな、本来であれば召喚獣として呼び出せない、弱々しい伝承の千山鯉。

 そんな千山鯉を、召喚獣として冴島渉へ渡したのは、誰であるか?


 それは勿論、こんな世界に作り替えた魔王シルガではあるが、千山鯉にとっては違う。


 ----神様、である。


 雪ん子の代役として、神様が特別措置として召喚させてくれた召喚獣。

 それが、千山鯉。


 彼女は、神様に深く、とても深く、感謝している。

 なにせ、敬愛する主様に出会え、なにより召喚獣として生きられた事に、千山鯉は深く感謝しているのである。



 だから、彼女は主様を救うために、死ぬことを選んだ。敗北を選択した。

 あの《ウグイス嬢》黒鬼を倒すには、千山鯉の半古代龍魔法と、あの防御力を打ち破る【オーバーロード】の力が不可欠であったからだ。


 しかしながら、千山鯉には、【オーバーロード】の力を得ることは出来ないだろうと、直感で理解した。


 【オーバーロード】の力を得るのに必要なのは、世の理不尽を呪うだけの想い---つまりは、神様を強く憎むこと。

 雪ん子の代役として呼び出された千山鯉には、性質としては【オーバーロード】の力を得る素質があった。


 ----しかしながら、千山鯉に神様を呪う事は出来なかった。

 それは、自分が召喚できたのは、神様がいなければ出来なかったから。


 彼女は、確かに代役である。

 雪ん子の代わりとして召喚されただけの、ただの代替物。


 しかしながら、その想いは確かに本物であった。

 千山鯉は消えながらも、確かに願っていた。


 ----どうか、主様が、冴島渉様に幸運が訪れますように、と。


 そこに代役だとか、代替物だとか、そういうのはなく。

 彼女の想いは、確かに本物であった----。




(※)千山鯉せんざんり

 本来は召喚獣として召喚するにはあまりに伝承が弱いのだが、神様が特別措置を与えてくれたおかげで、召喚された召喚獣。種族としては、魚などの鳥獣族とドラゴン族の2つを両方持っている

 魚系統の召喚獣や魔物などと同じく、水の中でも自由に呼吸と移動が出来る【水棲】、さらには深海やマグマ近くの水などの水温に適応するための【炎属性無効化】を持つ。また、龍としての性質も兼ね備えているためか、【ドラゴン・パワー】という全ての攻撃に対してドラゴン族の強力な一撃を与える事もできる

 雪ん子の、重すぎるくらいの主人への愛と共に、雪ん子に負けないレベルのステータスやスキルも兼ね備えている。また【魔法少女】による無限に近い魔力精製と、圧倒的な火力を誇る【古代龍魔法】を得意とする


 偽物として、代役として生まれた彼女は、本物へと力を託す

 主様を守るため、その想いだけは本物であったに違いない

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