第76話 今日から君はラブホちゃん

 無事、俺は佐鳥愛理の魔の手から、ファイントを助け出すことに成功した。

 《サリエリのアジト》と言う名のダンジョンはファイントの手によって、消滅させて、ドロップアイテムも全部回収しておいたし、これで事件解決と言って良いだろう。


 しかも、ファイントも《悪の天使》という称号を得てレベルⅢに、ついで(?)に吸血鬼ココアも《悪の手先》という称号になってレベルⅢに----先に進化させてレベルⅢとなっていた雪ん子も合わせて、これで俺だけのレベルアップ召喚獣は3体とも、レベルⅢになったという事だろう。


「----で、なにも覚えてないのか」

えぇ・・覚えてないです・・・・・・・♪」


 《サリエリのアジト》を出た俺は、もう当然の事のようにダンジョン外でも着いて来ているファイントに尋ねるも、彼女は覚えてないと答えた。

 明らかにファイントがレベルⅢになった原因は、佐鳥愛理がなにかしたのだと思う。

 だからこそ、ファイントに何があったのか思い出そうと思ったのだが、彼女は覚えてないと言う。


 ファイントの事だから、白を切っている可能性も高そうだが……。


「ご主人、私は敵に攫われてたんですよ? そんな魔王に攫われていたヒロインにかける言葉が、【なにか覚えてないか?】だったら、私もダークサイドに落ちちゃいますよ~?

 良いんですかぁ、こーんな可愛い女の子召喚獣を、闇堕ちヒロインにする性癖フェチなんです?」

「いや、誰がそんな特殊性癖か」


 いや、同じようにレベルⅢ----つまりは、人間の悪意を受けて《悪の手先》吸血鬼ココア・ガールハント・ヒアリング3世に変質した彼女は、覚えていると言っていたから。

 ----彼女が《悪の手先》へと、ダークサイドへと落ちるきっかけ。


 佐鳥愛理を追うために足止めを任された、《清浄剣ムタクキセ》ソードダンサー達3体を倒し、戦いを終えて。

 少しばかり休憩のために、吸血鬼ココアがゆっくりしていた時の事。


 吸血鬼ココアの前に、1人の悪意が現れたのだ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「おー、なんか負けてんじゃん。《文明》ちゃんご自慢のソードダンサー部隊」


 気だるげな声と共に吸血鬼ココアの前に現れたのは、金髪エルフ耳の少女。

 修道女服シスター服を着崩し、まるで羽織るかのように着ており、左袖には【甘言】と書かれた腕章をつけていた。


「で、倒したのは君なのかい? そこの吸血鬼ちゃん?」


 と、金髪シスターの少女は、クルクルとガンホルダーから金色の拳銃を取り出し、吸血鬼ココアに銃口を向けていた。


「妾に用かのう? 金髪エルフ殿?」

「えー、うちはエルフじゃないんですけど? このエルフ耳、ただのアクセサリーなんですけど?」


 ぽんっと、自分の長いエルフ耳を取り外す彼女。

 どうやら本当に、アクセサリーのようである。


「それに、うちには一応、【甘言のシーヴィー】という名前があったりするんですけれども? 今日は、パーティーメンバーの【文明のサトエリ】ちゃんの様子を確認しに来たんですが?」

「【甘言】……【文明】、じゃと?」

「サトエリちゃん……佐鳥愛理ちゃんは、うち達3人・・パーティーの仲間だって言うか? と言うか、今時ダンジョンソロ攻略なんて流行らんって言うか?」


 その辺りの会話から、吸血鬼ココアはこの相手の素性を理解した。


 この金髪シスターは、主が追っている佐鳥愛理のパーティー仲間だと。

 つまりは、佐鳥愛理の居場所を知っている可能性が高い。


「(ちょうど良いじゃろう。佐鳥愛理が逃げる可能性がある以上、ここで主のためにこの金髪シスターを捕まえておくべきではなかろうか?)」


 吸血鬼ココアにとって、パーティーとは助け合う仲間----つまりは家族。

 自分が出来る事はして、自分が出来ない事は相手にしてもらう。

 弱点が多い吸血鬼であるココアだからこそ心に常に念じている、哲学である。


 今、この場でやるべきことは、主の邪魔をする相手を足止めする事。

 そして、佐鳥愛理の情報を得る事。


 そう思えば、この金髪シスター……【甘言のシーヴィー】と名乗る彼女を捕まえるのは、正しい事だろう。


「----良いじゃろう。この吸血鬼ココア・ガールハント・ヒアリング3世が、お相手を務めるのじゃ!!」


 吸血鬼らしく誇りを胸に抱き、ココアはそう言ったのだ。



「そうですか、ならばあなたの事は【ラブホちゃん】と呼ぶことにしましょう」



「----は?」


 背中がゾクゾクっと、気持ち悪い物体で撫でられる感覚がした。


 ココアは聞き間違いだと思った。

 だが、自分の心が----どこまでも重く圧し掛かってくる悪意の波が、その言葉を聞き間違いだと否定させてくれなかった。


「(今、こいつは妾の事をなんと言った? ラブホ、ちゃん、じゃと?)」

「うん? 聞こえてない系? 普通に、あなたの事を呼んだんだけど、ラブホちゃん?」


 どうやら、間違いではなかったみたいである。

 この金髪シスターは、誇り高い自分の事を、"ラブホちゃん"などと呼んだのだ。


 あろうことか、あんな低俗な性行為をするための施設なんかを、あだ名なんかとして。


「だって、ミドルネームの"ガールハント"って、うちん家の近くにあったラブホの名前じゃん? なんか特徴的な名前だったから、憶えてんだよねー。

 だから、狐吸血鬼な君のことは、今日からラブホちゃんって呼ぶよ。よろしくね、ラブホちゃん」

「お、お主っ----!!」


 それは、ココアが今までに聞いた事ないくらい、悪意に満ちた悪口だった。

 軽く冗談のように話しているみたいだが、底抜けの悪意に満ちた言葉であった。


 恐らくは彼女の言葉こそが、彼女の武器だ。

 あんな見せかけだけの金色の銃なんかより、人の心にずかずかと悪意をぶち込むこの悪口こそが、彼女の武器なのだ。


「(妾の仲間には悪属性の力を得た2人----雪ん子とファイントがおるが、コイツの言葉からも同じ気配を感じるのう)」


 -----ただし、別格の悪意。

 量も、そして質も、この金髪シスターが何気なく言った言葉の方が遥かに上。


 例えるなら、悪意の坩堝るつぼ

 悪意を集約して生まれた女。


「戦う気かい? ならば、覚悟して挑むと良かろう。

 うちは、ダンジョンが蔓延るこの世界で、"最強の【召喚士】"だからね」




 そして、ココアは負けた。

 たったレベルⅠの召喚獣2体-----金髪シスターが召喚した、レイスとドラゴンエッグに。


「じゃあ、最後にうちからラブホちゃんにプレゼントをあげよう」


 そう言って、彼女は倒れるココアの右目を、"ぐいっと引きちぎった"。


「~~~~!!」

「ファッションって、廃り流行りが激しい文化じゃないですか」


 なんでいきなりファッションの話になるのか、右目を抉られて、熱を感じるココアには理解できなかった。いや、理解したくなかった。

 その最中に、もう片方の左目を、"ぐいっと引きちぎっていた"から。


「~~~~!!」

「だから、うちはあと4年後くらいに来ることを見越しているんですよね」



「----目玉の代わりに、ボタンが主流となるファッションを」



 そう言って、目がボタン・・・・・という、ココアが気付きながらも触れたくなかった要素を持つシーヴィーは、


 抉って空となった、ココアの両目跡に、ボタンを縫い付ける。





「はい、可愛い♪」

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