邪神の下僕VSレーン

⋇レーン視点





「散れ、雑魚共! ヘイル・ストーン!」


 邪神の下僕を名乗るシュメルツという仮面の女、もといトルトゥーラとの戦いは初手から苛烈を極めた。何と彼女は空気中の水分を凝結させ、上空から数十近い氷の塊を叩きつけてくる魔法で広範囲に攻撃を加えてきたのだ。基本的に魔法は一切使用しない戦闘スタイルであった彼女が、だ。

 恐らくクルスの命令で邪神の下僕シュメルツとしての役割を与えられている今は、自身の元来の戦闘スタイルに対する拘りを捨てているのだろう。何とも忠誠心が高く、そして魔法の才能も並ではない。


「ぐあああぁぁあぁっ!?」

「がはっ……!?」

「ひいっ!? か、身体が! 身体がぁ……!」


 数十を越える氷の塊が降り注ぎ、命中した存在を押し潰す。更には着弾と同時に周囲を凍り付かせ、それに巻き込まれた兵士の身体が徐々に凍り付いていく。

 私には周辺の冷気が身を斬るような冷たい空気をぶつけてくる程度の影響しか無かったが、それは私がハニエルの正面ほど近くに立っていたからだろう。恐らくはハニエルを巻き込まないように手心を加えられたに過ぎない。彼女の容赦のなさを考えるに、私がハニエルの近くにいなければ遠慮なく直撃させるつもりだったに違いない。


「燃え上がれ、炎熱の大蛇――ブレイズ・スネーク」


 向こうが氷ならばこちらは火を使うのが道理。故に自身とハニエルをとぐろの中に取り囲む炎の大蛇を生み出し、冷気と氷弾から身を護る。

 そして多少荒々しいやり方だが凍り付きつつある兵士たちを巻き込み溶かしながら、シュメルツへと炎の大蛇を操り叩き込む。降り注ぐ氷塊を瞬く間に溶かし、炎の大蛇がその巨大な顎を開き家屋の屋根に立つシュメルツを飲み込んだ。燃え盛る炎がその家屋ごと敵を火刑に処し焼き焦がす。


「――ハッ、効かんな?」


 しかし次の瞬間には炎の大蛇が弾け飛び、シュメルツがふわりと優雅な動作で地上に降り立つ。火傷どころか衣装の裾すら焦げておらず、自身の申告通り全く通用していないのは明白だ。

 そして一際目を引くのは、彼女の身を包む陽炎染みた青色のオーラ。エクス・マキナのそれと同じ、聖人族の攻撃を無効化する防御魔法なのは明白だった。


「なるほど。エクス・マキナと同じ防御魔法を展開しているのか。これは厄介だね……」

「クソッ! ならコイツを食らえ!」


 そのオーラを目にした周囲の兵士の何人かが弓を取り出し、<隷器>の矢でシュメルツを射る。矢尻が魔獣族の骨で作られているという実に悍ましいそれなら、あの防御魔法も突破できるはず。彼らはそう考えたのだろう。


「――舐めるな。邪神様の右腕たる私に授けられた力が、エクス・マキナのような雑兵と同様な訳があるまい」

「なっ……!?」

「嘘だろ!?」


 しかし結果はやはり無傷。魔獣族の攻撃なら通じるはずの状態だというのに、<隷器>の矢はシュメルツの身体に弾かれる。兵士たちもこれには驚愕の面持ちを浮かべていた。

 とはいえそれも当然だ。何故ならクルスによってシュメルツたちに授けられた防御魔法は、血の通った者で無ければ突破できないように改良されているのだから。故にどれだけ<隷器>で攻撃しようが、絶対に通用する事は無い。エクス・マキナには通用していただけに、彼らが感じる絶望はより深いものとなるだろう。

 最初からここまで考えて死体の欠片を使った攻撃は無効化の範囲外にしていたなら大したものだが、まあクルスの事だから単純にそこまで考えていなかったのだろうね。考えられる頭はあるはずだというのに、どうしても彼は適当さが抜けないな……。


「これは返してやろう。受け取るがいい」

「ぎゃあっ!?」

「ぐあっ!」


 十分により高度な防御魔法を見せたと判断したのか、シュメルツは地面に落ちた矢を蹴り飛ばして兵士たちを狙い撃ちにする。恐ろしい速度で返ってきた矢は、瞬く間に兵士たちの身体を貫いた。

 尤も何人かはこの後の展開の生き証人として必要になるため、しっかりと動けない程度の重傷に抑えているようだ。やはり彼女は忠実にクルスの命令を守る忠犬だね。


「さあ、最後はお前だ。息絶えろ、魔術師の女!」


 そして立っているのが私一人となった所で、長剣を片手に駆けてくる。実は彼女は短剣も使えるのだろうか。あるいはクルスにそういった技術を植え付けられたか。いずれにせよハッタリの類では無さそうだ。


「エアロ・ウォール」


 背後にハニエルがいるのでその場から退けない私は、咄嗟にシュメルツの正面に圧縮した空気の壁を作り出すことで進行を防いだ。そのままぶつかってくれれば笑えたのだが、空気の揺らぎで壁があると咄嗟に理解したらしい。直前で足を止めたのはさすがと言う他ないね。


「空気の壁か。こんなもので私を止められると思うな!」


 文字通り空を裂く鋭い剣閃で以て、私が創り出した空圧の壁を切り裂くシュメルツ。普通ならばこれで容易く突破できただろう。しかし生憎と私はそこまで生半可な防御をした覚えはない。相手が相手なので念には念を入れている。


「むっ、これは……!?」


 切り裂かれた空圧の壁は、最初の数枚・・・・・のみ。何重にも重ねた空圧の壁は、最早盾と言えるレベルの防御だ。いかな鋭い一撃と言えど、全てを突破する事はまず不可能。


「誰も壁が一枚とは言っていない。何重にも重ねた空圧の壁の断層、破れるものなら破ってみたまえ――エアロ・プリズン」


 そして同じ空圧の断層を、彼女の正面だけでなく背後と左右、そして上方にも生み出す。さしずめ風の檻の中に閉じ込めるイメージ。

 私としてはこんな消極的な対応はあまり好ましくないが、邪神の加護を授かっているシュメルツには<隷器>による攻撃も通用しない以上、封殺する他にまともな手はなかった。それに彼女がこの程度で行動不能に陥るとは到底思えない。


「なるほど、少しはやるようだ。では私も馬鹿正直に壁を破るのは止めよう――フッ!!」


 裂帛の気合と共に、シュメルツはその場で大きく足を振り下ろす。途端に舗装された広場の地面が砕け大きく捲れ上がり、彼女を中心に大きく陥没したかのような惨状が巻き起こる。

 私が張った空圧の壁は、あくまでも前後左右と上方にのみ存在する。足元には張っていないため、地面そのものが下がってしまっては檻としての機能を果たすはずも無ない。故に風の檻から解き放たれたシュメルツは、陥没した穴の底から凄まじい勢いで飛び出してきた。


「瓦礫よ集え――ロック・プリズン」

「甘い! 二度も似たような手を食うと思うか!」


 同じ方法は通用しないと考え、今度は周囲に飛び散った瓦礫を操りシュメルツを囲うように殺到させたが、さすがに認識が少し甘かったようだ。彼女は自身に向かってくる瓦礫を巧みに空中で蹴り飛ばし、私に向けて返して来た。

 いや、待て。軌道がおかしい。これは私ではなく、私を回り込むようにして……マズイ!


「クッ……!」


 危うい所で結界を展開し、ハニエル・・・・に殺到していた瓦礫を何とか防ぐ。

 どうやら私に返しても普通に防がれると予想していたようで、わざわざ私の後ろでへたり込んでいるハニエルを狙ったようだ。そして一度狙ったという事は。これからも私はハニエルが狙われる可能性を考慮して動かなければいけないという事。

 それを面白がっているのか、シュメルツは魔法で作りだした火球と蹴り飛ばした瓦礫で同時にハニエルを狙い続けるのだから始末に負えない。全く、実に厄介な状況だ……。


「フッ。無様だな、魔術師。そうして守りに徹する事しかできんとは」

「ほう? 邪神が授けた防御魔法を常に身に纏っている君が言う台詞かい? 経緯は知らないが、邪神にへり下り尻尾を振って従っている君と比べて、果たしてどちらが無様かな?」

「勘違いするな、これは防御魔法などではない。これは我が主が私に与えてくれた、愛なのだ。そう! これは偉大なる愛の力なのだ~!」

「………………」

「………………」


 一瞬沈黙がこの場を支配し、攻撃の手がぱたりと止む。

 シュメルツの発言の最後は普段のトゥーラのものになっていた辺り、どうやら勢い余って演技を忘れてしまったようだ。となると普段の口調や性格が素なのだろう。そうか、アレが素なのか……。


「……ゴホン」


 お互いしばしの間いたたまれない空気になってしまったので、軽く咳払いして無言の仕切り直しを提案する。

 周囲には重傷を負いながら未だ意識のある兵士たちが転がっているので、あまり変な事は言えない。とはいえシュメルツが突然口調を変えてはしゃいだ事を忘れてはくれないだろうが。


「……まあ良い。お前が守りに徹していようと関係ない。すぐに捻じ伏せ、我が主にその大天使を献上するまで!」


 失態を誤魔化すように無駄に大仰なポーズを取りつつ叫ぶシュメルツ。しかし次の瞬間に放たれた攻撃は、その情けない姿からは想像もできないほど脅威に満ちたものだった。


「食らえ――ゼロ・ディスタンス!」

「ぐっ、がはっ……!?」


 シュメルツの拳が虚空に向けて放たれたかと思いきや、私の腹部を殴打染みた衝撃が襲う。

 どう頑張ろうと拳の当たらない距離で、なおかつ結界が存在するというのに、まるで実際に殴られたかのような衝撃。これは、間違いない……以前ミニスが披露した武装術だ……!


「り、リアクティブ・アーマー……!」


 距離を無視して叩き込まれた衝撃が内部で炸裂する前に、対衝撃用の防御魔術を発動する。対応が遅れたために完全に無効化するには至らず、喉の奥に鉄の味がせり上がってくる。

 だがこれで、身体の内部に衝撃を叩き込まれて内側から破壊される事は防げるはず――


「無駄だっ! 死ねぇい!」

「がっ……!?」


 しかし次にシュメルツが放った一撃は、リアクティブ・アーマーを打ち破って私の右肺を破裂させた。予想外の事態に混乱を覚えながら、尋常でない量の血を吐きその場に膝をついてしまう。

 魔法を無効化されたわけではない。リアクティブ・アーマーは間違いなく発動し、叩き込まれた衝撃と同等の衝撃を発生させて相殺できていた。だがどうやらシュメルツは無効化される事を前提で二段構えの一撃を放ってきたようだ。リアクティブ・アーマーが発動した瞬間、拳を引く事無く重心移動や筋骨の動きのみで追加の衝撃を作り出し、強引に捻じ込んできたらしい。

 考えてみれば向こうもリアクティブ・アーマーは一度見た魔法だ。そして彼女はそのせいでクルスの前で無様を晒したと思っているのだから、対策を講じていない方がおかしいというものだろう。少し慢心が過ぎたかもしれないね……。


「ハハハハハハ! どうした! そのような防御魔法に引きこもっておきながら満身創痍ではないか! その様で第一夫じ――大天使を守ろうなどと笑わせる!」

「ぐっ、ごほっ、げほっ……!」


 若干素の喜びを滲ませつつ、シュメルツは高らかに笑って私を罵倒する。

 それに対して私は言葉を返せない。いや、あえて返さないと言うべきか。私の役目はここでシュメルツに敗れ、ハニエル共々連れ去られる姿を演出する事。これほどのダメージを受け呼吸もままならない状態では、碌に治癒魔法が使えなくとも不思議ではない状態だ。精一杯大天使を守って戦った、という姿は周囲の兵士たちに十分喧伝できただろう。

 故に私は大人しく負けを認め、そのまま無様に地面に倒れ伏して演技の終わりを――


「そのような魔術師然とした為りをしていながら、碌な防御魔法も扱えないとは……これでは形だけの三流インチキ魔術師だな!」








 ――は?




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 おや? レーンの様子が……?

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