第1章:勇者召喚
ぼっち女神
「……あれ? ここは?」
ふと気が付いた時、僕は見知らぬ場所にいた。周囲は見渡す限り白一色のちょっと目に痛い光景だ。蛍光灯のようなものもないのに眩しいくらい明るくて、それも全体的に均等な明るさ。そのせいで距離感が全く分からない。この部屋が狭いのか広いのかすらもさっぱりだね。
いや、そもそもここは本当に部屋なのかな? 仮に部屋だとしたら僕は何故ここにいるんだろう? 直前まで僕は何をしてたっけ?
いくら考えてもまるでダメだ。全く思い出せない。自分の名前が
しかしいつ考えても人につけて良い名前じゃないよなぁ。名は体を表すっていう言葉もあるのに、名前に『狂』なんて字、普通使う? 子供をサイコパスにでもしたかったんですかね、うちの親は。
「あっ、もしかして夢の中!? そうか、これは明晰夢ってやつか。なるほどなるほど」
ここが夢の中なら、直前までの自分の状況を思い出せないのも納得が行く。
大体こんな窓一つない白一色の部屋を現実で作るやつがいるとは思えないしね。パニックルームとかシェルターだって、もうちょっとマシなデザインしてると思うよ?
まあそれはともかく、これが夢だと分かったならやることはひとつだ!
「幼女出てこい、幼女出てこい、幼女出てこい……」
好みの女の子を召喚してエッチなことをする。これが夢ならやることはそれしか考えられないでしょ? というかそれ以外に重要なことないでしょ?
そんなわけで僕は好みの女の子を作り上げようと、瞼を閉じて必死に妄想を巡らせる。
背は百三十センチくらいで、肌は雪のように真っ白。丸くて愛らしい感じの目は綺麗な青。髪はふわふわの金髪で、腰元くらいまであると色々捗りそうで都合がいいかな? あと髪型はストレートだけど所々跳ねてる感じ。性格はとても従順で素直、なおかつ女神の如き包容力に溢れた感じだといいね。こう、僕のお願いならどんなに恥ずかしいことだろうと、恥じらいに頬を染めつつも喜んで欲しくて一生懸命にやってくれる感じ。あ、別に僕はロリコンじゃないよ。今日はロリの気分なだけ。
「出てこい、出てこい――はっ!?」
そうしてひたすらに妄想を練り上げ、呪詛の如く召喚の言葉を呟き続けてどれほどの時が過ぎた頃かな。唐突に天――と言っていいのかどうかはともかく、上から眩い光が降り注いできた。
眩しさに目を細めつつも眺めてると、その光の中から人型の何かが降りてくるのが辛うじて見えた。たぶんとても小柄な少女と思しきシルエットだ。こんな女神様が降臨するような演出を妄想してはいないけど、どうも召喚に成功したようだ。やったぜ。
「おぉ……!」
光が晴れた時そこに立ってたのは、正に妄想通りの幼女の姿。白い肌に青い瞳、ちょっと癖がある金色の長い髪。正に僕の理想通りの女の子だね!
ただ妄想と異なる点が二つあった。一つは瞳だ。妄想した通りなら愛らしさ満点の瞳のはずだったのに、それなりに鋭く細められた威圧感を覚える瞳だった。
そして二つ目はその衣装。好みの幼女を召喚することだけを考えてたせいか、実は衣装をさっぱり考えてなかったんだよね。でも何故か目の前の幼女は豪奢なローブっぽい衣装を身に纏ってる。一体それはどこから湧いて出てきたんだろ?
まあ妄想と異なる点があろうともやることは変わらないから関係ないか。衣装はサイズ合ってないのかブカブカで可愛らしいからむしろそそられるし、威圧感を覚える瞳を快感や恐怖に歪ませるのはとっても楽しそうだ。これはこれでありだね!
「……初めましてじゃな、カガリクルス。わらわは――」
「ひゃっほーい!!」
「――は?」
なので僕は幼女が口を開いたその瞬間、欲望に身を任せて襲い掛かった。
飛び掛かる僕を見て幼女が目を丸くしていたし、何か凄く癒される可愛らしい声音なのに老成した感じの言葉遣いだった気がするけど、まあ夢だから問題ないよね! いただきまーす!
「……全く、いきなり襲い掛かってくるとは何事じゃ。わらわは寛大故先ほどの不敬は水に流してやるが、二度目はないぞ?」
「はい。ありがとうございます、麗しき女神様……」
時計とか無いから良く分かんないけどたぶん数十分後、僕は天から現れた幼女の前に正座して、女神様として崇め奉っていた。
ついさっきまでは明晰夢だと思って欲望の限りを尽くそうとしてたんだけど、今はそんな気欠片もないね。だってこれ夢じゃないもん。
え、何でそんなことが分かるのかって? そりゃあアレだよ。痛覚があったからだよ。あ、それだけで夢じゃないって言い切ることはできないってのは分かるよ。僕だって結構感覚のある夢を見る性質だからね。
だけど男の子にとって大切な所に一撃を貰った痛みは、小難しいことを考える余裕もないほどダイレクトにこれが現実だって教えてくれたんだ。うん、何か気付いたら幼女から不可視の一撃を貰ってた。死ぬかと思った。
といっても、僕はすでに死んでるみたいなんだよね。悶絶して転げまわる僕に幼女がとりあえず状況説明をしてくれたんだけど、早い話がここは夢じゃなくて、俗に言う異世界転生前の準備部屋みたいなものらしい。そして目の前の幼女は女神だとか。
そういえば僕は何で死んだんだっけ……駄目だ、やっぱり思い出せない。まあ誰も興味ないしどうでもいいか。僕自身も興味ないしね。今更死因が分かったところでできることも無いし、特に戻りたい世界だとも思わないし。
そんなくだらないことよりこの幼女が女神様だってことの方が重要だ。だって女神様ってことは僕は神様に襲い掛かったわけだからね。その罰が金的一回だったんだからかなり安いものだと思う。もう一回くらい死んでもおかしくない痛みを味わったがな!
「さて、それでは気を取り直して話を進めるぞ――と言いたいところじゃが、お主のせいで何から話せば良いのか分からなくなってしまった。とりあえず、何か知りたいことがあるなら申してみよ」
「あ、はい。じゃあ、その……本当に女神様なんですか?」
「うむ。わらわは万物を創り出した創世の女神の一柱であるカントナータじゃ。イデアーレという世界を管理しておる。さあ、わらわを崇め奉るが良い!」
そう言い放ち胸を張る女神様。
でも外見のせいで、幼女が無い胸を張って偉そうにしてるお仕置きしたくなる姿にしか見えないんだよなぁ。そもそも何で僕の妄想通りの姿なんだろ?
「神様ならどうして僕の妄想通りの姿なんですか? もっとこう、神々しい姿とかしてるものだと思うんですけど」
せっかくなので聞いてみた。たぶん決まった姿が無いから望んだ姿で現れるとか、本当の姿を人間が見たら正気度喪失するとかきっとそういう理由からだと思う。
でも何故か女神さまはこんな簡単な質問に対して眉根を寄せてた。見た目が感情表現豊かな幼女の姿なせいか、はっきり嫌そうな顔をしているのが容易に見て取れたよ。いやあ、幼女の嫌悪感丸出しの顔って何か興奮するよね。その顔を絶望や恐怖に染めるのが楽しそうだし。
「……それには二つ理由がある。まず一つ、わらわは決まった姿を持たぬ。肉体という軟弱な器など持たぬ、意識と力のみを持つ高次の生命体なのじゃ。さしずめ精神生命体というところじゃな」
「なるほど。で、二つ目は?」
「ふ、二つ目は、その……わらわの姿は、わらわを信仰する者たちの想像によって、定まるということであって、その……」
愛らしい瞳を明後日の方向に向けつつ、言いにくそうに途切れ途切れに答える女神様。
なるほど。つまり女神様が僕に会おうとしていた時に僕が幼女のことばかり考えていたから、姿がそれに引っ張られる形で定まったわけか。特定の神を信じてるわけじゃないとはいえ、確かに男神様よりは女神様の方がいいとは思ってるしね。
でもちょっと変だな。いや、女神様の様子も変だけど、信仰する者たちの想像で決まるっていうのもおかしい。だってもしもそうなら僕の妄想通りの姿で現れるはずないじゃないか。僕の妄想の深さが女神様の信者たちの信仰を上回ったのならあり得ることだけど、さすがにそんな神域レベルの妄想力はないと思う。
だとすると考えられる理由は一つ。僕は女神様に憐れみの目を向けながら言った。
「女神様……もしかして、信者いないの?」
「なっ!?」
分かりやすくも驚愕と羞恥に表情を歪める女神様。
信者が一人もいないなら誰も女神様の姿なんてまともに想像しない。だから僕の妄想で姿が定まったんだろうなぁ。しかしこの反応、本当に信者が一人もいないみたいだな。可哀そうな女神様……。
「ち、違うぞ! わらわだって大昔は信徒など掃いて捨てるほどいたのじゃ! あらゆる街々に教会とわらわを模した女神像が建てられ、信徒たちは日に何度も祈りを捧げていたのじゃ!」
「自分の信者を掃いて捨てるほどとか言う? まあそれはともかく、今はどうなんです?」
「う……い、今は、今は……くぅ……!」
やっぱり信者は一人もいないみたいで、女神様は悔しそうに顔を真っ赤にして押し黙ってしまう。
あー、よく見ると目の端にうっすらと涙が。精神生命体とかいう割には感情表現だいぶ豊かですね。
いや、精神生命体だからこそ肉体の感情表現が上手く制御できないのかも。妄想した性格とは違うとはいえ、これはこれで可愛くてアリだな。
「えぇい、ニヤニヤするでない! これには海よりも深い理由があるのじゃ! 話してやるから心して聞くがよい!」
「はいはい。分かりました分かりました」
そんなわけで、僕はとりあえず信者ゼロのぼっち女神様の言い訳を聞くことにした。
しかしいつまで正座してればいいのかなぁ。そろそろ足が痺れてきたんだけど……。
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