勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。
玖洞
その1・まず始めに国を作ります
第1話 召喚って聞こえはいいけど要するにただの誘拐だよね
『――死が人を殺すというがそれは違う。退屈と無関心が人を殺すのだ』
そんな台詞を言ったのは一体誰だったか。思い出せないが、その言葉は強ち間違いではないと今は思う。
――だとすれば、私は今まさに殺されている最中なんだろうな。
私はそんな事をぼんやりと考えた。
この世界に来たのが二年前。魔王を倒したのが一年前。そして、レーヴェンという国の王妃になったのも一年前。時間と結果だけで見るならば、そう悪くはない結末なのかもしれない。
――それでもこの扱いに何も感じない程、人生を諦めたつもりはない。
「レイチェル」
私は窓の外を眺めながら、背後の存在に向かって言った。
「――
返事は、無かった。
◆ ◆ ◆
突然ですが、この度魔王に転職しました。――――まぁ、虚しい事に自称ですけど。
「いやー、ホントこれはない。これが私じゃなかったらとっくに人類滅亡ルート確定だよね? 私の慈悲深さにもっと皆感謝するべきだよ、割とマジで」
廃城の薄汚れた玉座に腰掛けながら、私は吐き捨てる様にそう呟いた。
事の始まりは昨日。……いや、元々の発端は二年前か。
二年程前、私はこの世界に『魔王』を倒す『勇者』として召喚され、訳も解らぬまま『勇者アンリ』として、戦いの日々を強要された。普通の女子高生にそんな事させるなよ、ホントに。
それからなんやかんやで、一年足らずで魔王を取り巻きの魔族諸共皆殺し、晴れて世界は平和になったのだ。わーぱちぱち。
幸いな事に、何の被害もなく無事に討伐は終了したが、確実に色んなトラウマを負った様に思う。血や臓物、断末魔の怨嗟の叫びなんて知りたくなかった……。
今なら兎や猪を顔色一つ変えずに解体できる。そのスキルに比例して、女子力は下がり続ける一方だけど。
ともかく、問題はその後の事だ。
用済みの『勇者』など、世界にとっては邪魔なだけだろう。口に出して言われたりはしなかったけど、そう思われていた事はちゃんと分かってる。私はそこまで鈍くはない。
それでも私が処分されなかったのは、まだ利用価値があると考えている連中いたからなんだろう。まぁ、その時は全力で抵抗したけどね!!
その後同じ魔王討伐のバックアップ役だった、とある国の王子の妻になったわけなんだが、これがまた少女漫画も真っ青な愛のない政略結婚でして。ええ。
それからは何て言うか、飼い殺しみたいな生活が続いた。それは王子が王位を継いだ後も、全く扱いが変わらなかった。拠り所など何処にもなかったので、素直に従ったが、今思うとそれが悪かったのかもしれない。
だが、一国の王妃という役職を貰ったものの、はっきり言って私がするべき事など何もなかった。
やる事と言えば読書と、時折近隣国同士の集まりにお飾りで参加するくらい。でも参加しても誰も話しかけてこないとか、なにそのイジメ。泣きたい。
……え? 夫婦生活? そんなの無かったですけど? まぁ、あっても困るだけだけど。でもいくら形式上とはいえ、夫の顔が曖昧になるくらい接触が無いのは流石に拙かったかもしれない。いや、それに関しては私は何も悪くないのだけれど。
それにメイドからの噂で、もうすぐ側室に子供が生まれるって聞いたしなぁ。確か相手は、討伐の際に随行していた女魔術師だったか。美人で胸も大きかったからね。それなら仕方がない。だから余計に私の事なんてどうでもよかったんだと思う。
そんなこんなでお飾りの王妃生活を一年続けたわけだが、まぁ普通嫌になるよね。
いやぁ、討伐中の扱いから自分の立場は分かってたつもりだったけど、流石に心が折れそうだった。
最後の魔王戦なんて単騎で魔王城に特攻だよ?私じゃなかったら死んでた。私すげー、まじかっけー。……誰も褒めてくれないけど。
そもそも魔王の成り立ちが不味かった。魔王と魔族というモノは、言ってしまえば異世界からの侵略者だったのだ。
聞いた話によると、魔族は人間が主食の種族であり、元の世界の人類を狩りつくしてしまったので、ここの世界に流れてきたらしい。
――この、今私が根城にしている『移動城塞魔王城(仮)』という高度な魔法兵器に乗って。
人間を食べる、というのが怖かったので魔族は一匹残らず殲滅したけど、ちょっとだけ同情しなくもない。ほんのちょっとだけど。
何が言いたいかというと、結局の所ここの人間にとって私は、いくら勇者と言い繕っても、魔族と同じ『異邦人』でしかないのだ。
討伐中もそんな気配をひしひしと感じていた為、聞き分けよく命令に従っていたのだが、それもかなりストレスが溜まった。せめて陰口は本人の耳に入らない所で言ってほしい。
で、計二年の間我慢に我慢を重ねたわけだが、ふと気が付いた。
――あれ?何で私がこんなに我慢しなきゃいけないの?と。
というよりも、状況が詰んでいた。飼い殺しコースまっしぐらである。
此処に呼ばれた際、女神様に貰った魔術知識のチートにより、はっきり言って私に敵はいない。本気を出せばこの世界なんて2、3回は焦土にできる。誇張ではなく、事実だ。
それをすると女神様が本気で怒り狂いそうなので、今の所は自重しておくけど。
「どう思う、レイチェル。こんな有様でまだ私に『英雄』を演じろと? あー、家に帰りたいなー。ホームシックだわこれ。事後確認で誘拐されちゃったもんなー。それに十六歳から十八歳までの黄金の二年間を、異世界で針の筵に座るとか、はっきり言って拷問以外の何物でもないよね。むしろ今まで我慢してきた事を褒めてもらってもいいくらいだよ」
「ご、ごめんなさい」
私の分りやすい嫌味に、玉座の横に佇んでいる少女が申し訳なさそうに俯いた。
……実はこの少女、私にしか見えない神様だったりする。そして私をこの世界に誘拐した主犯でもある。ぶん殴ろうにも精神体の為触れない。
悲しげなその顔を見ると、ちょっぴり同情しそうになるがここは心を鬼にするべきだろう。
私だって、彼女に不満がないわけじゃないのだ。
帰れない事は、最初に説明を受けた。それに関してはもう納得している。思う所はあるし、嫌々だけど。無理なものは無理なわけだし、仕方がない。
でもその後の扱いはまったく納得していない。いくら典型的な日和見主義の日本人とはいえ、我慢の限界というモノがあるのですよ。
ぷっつんした私は、まず初めにこの女神様を説得する事から始めた。
私の献身的な説得――という名の嫌味――に感銘を受けたレイチェルは、快く今回の逃亡に手を貸してくれた。というか、黙認してくれた。もともと私の扱いに心を痛めてたみたいだし、妥当な判断だと思う。
「無意味な謝罪なんかいらないし。これからの事に変に口出ししなければ、それでいいから。――そんなに不安そうな顔をしなくても、人類殲滅なんてしないよ。ただ私は降りかかる悪意を退けるだけ。それだけだよ。だから、それに関しては文句を言わないでね?」
「……あんまり酷い事はしないで下さいね? お願いですから」
「それは相手の出方次第かなぁ? いやぁ、私ってほら、手加減とか苦手だし? うっかり『事故』が起こらないとは限らないよねっ」
「やめてあげて下さいよぅ……。」
正当防衛って良い言葉だよね。……まぁ異論は認める。
王妃生活に飽き飽きした私は華麗なる逃亡を遂げ、この旧魔王領に逃れてきたのであった。
居た国から此処までは日本からハワイに行くくらいの距離があるけど、転移魔法で一瞬でした。流石である。
あ、ちゃんと置手紙を残してきたからその辺の問題はない。『王妃辞めます。探さないでください☆』って感じの内容だけど。
今頃、あの王様怒ってるだろうなぁ。
周りに怒鳴り散らしている様を想像すると、なんかこう、胸が熱くなるね。メシウマ的な意味で。
「ああ、麗しの新天地……!!まずは世界に声明を出さなくちゃ、『この旧魔王領は私が頂いたぁ!!私こそが新しい魔王だ!!』とかでいいかな?」
「それはちょっと止めた方がいいと思いますけど……」
「えー」
中々センスがあっていいと思うんだけどなぁ。駄目かー。
「そもそも、」
「ん?」
「何故魔王なのですか。そんな称号、無駄な混乱を招くだけですよ?」
心配そうにレイチェルが私に問う。
混乱?そんな事は承知の上だ。でもさぁ、今まで嫌な思いをさせられたんだから少しくらい意趣返しをしてもよくない?別に本当に世界征服をするとかじゃないんだしさぁ。
魔王と一騎討ちした時に『俺様を倒したとしても、いずれ第二、第三の魔王が現れるだろう!!』って叫んでたし、私がその第二の魔王になっても別にいいんじゃないかな?
「いいんだよ。私あいつ等大嫌いだし。彼等曰く、『世界は平和』なんでしょ?少しの混乱くらい受け入れろっつーの」
「――平和、ですか」
「そう、平和。お偉いさんが言ってるんだからそうなんじゃない? ――未だに餓えに苦しむ人が大勢いるし、どの国も下らない国家間戦争や貴族階級の汚職にまみれてるけどねぇ。まぁ、都合のよくない事に目を瞑るのは何処の世界も一緒か。――この世界の危機に、彼等は『勇者』を呼び出した。私は言われた通り魔王を倒した。後の事は知らない。勝手に人間同士潰しあえばいい。私の仕事はもう終わったんだよレイチェル。OK?」
「…………そう、ですね。これ以上はもう、望めません」
「物わかりがよくて私は嬉しいよ」
玉座から立ち上がり、両手を上げて伸びをする。ああ、とても清々しい気分だ。
こんな気分になったのは初めてだ。もう何も怖い物など無いように思う。
「楽しみだなぁ。元々此処って人が寄りつかないし、殲滅作戦の時に凶暴な獣もついでに消したから外敵も少ない。国境線に結界を張って人間を締め出せばずっと平和だしね。都合がいい事に森も耕地も山も海もあるし、色んなことが出来そうだ。ふふっ、制限がないって素晴らしいなぁ。――でも、」
くるりと玉座の間を見渡す。
こびり付いた黒い血の跡。所々にある白骨。何よりまず埃っぽい。
うん、決めた。
「まずは掃除から始めよう」
そう言って、私は肩を竦めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます