第78話 シンプル・イズ・ベスト
『おのれ! 悪魔に魂を売り渡したか、ドリック・ペイソン!』
『ハッハッハ! 私が魂を売り渡したのは悪魔ではない。神である!! 口を慎みたまえよ!』
『っ、世迷言を!』
『さあ! 君も神の御もとに旅立ちたまえ!!』
『ぎゃああああああああッ!!』
「おわー、派手に行ったなぁ」
コアの視点では現在、ドリックの救出に来た人間たちが、そのドリックによって耕されていた。愛用のツルハシを大きく振りかぶって思いっきり振り下ろすドリックは実に良い顔をしている。
コアやメイハマーレが予想したように、人間たちはドリックをダンジョンから連れ戻すために人員を送ってきた。以前ドリックにゴマをすっていた丸い顔の研究員と、前回とは別のゴールド級冒険者パーティーだ。この侵入者たちをどうするかはメイハマーレに考えがあるようだったので、コアは手を出さずにただ見ていることにした。
彼らは第二階層で無事ドリックを見つけると安堵の表情を浮かべて、すぐにドリックを連れてダンジョンから出ようとした。しかしドリックも万全の準備を整えてダンジョンまで来ているのだ。当然ごねる。平行線をたどると思われた話し合いだったが、意外にもドリックから妥協案を出した。
帰るのはわかった。ただ、世紀の大発見をしたのでそれの研究が終わってからにしたいと。
欲望を刺激された丸顔の研究員は、その研究内容を知りたいと言ってホイホイとドリックについて行った。ドリックは、コアが岩山の途中に何となく作っておいた、それっぽい洞窟の中に侵入者たちを連れて行くと、メイハマーレが予め仕掛けておいた罠ポイントを次々と通過していった。
一人ずつ減っていく護衛の冒険者たち。焦りと恐怖に塗れた顔で必死に走り逃げる研究員の男を奥へ奥へと誘導するドリックは、必死さを演出しようとしていたがどこか楽しげで、口元の笑みを隠しきれていなかった。
そして冒険者たちが誰もいなくなったところで、待ちかねたとばかりに愛用のツルハシを取り出し、現在に至る。
『おお、神よ! 見てくださっていますか! 今、世界を汚す醜い存在がまた一つ、この世から消えてなくなりました。どうかこの世界に理想郷を! 貴方様の願いを叶えるためこのドリック、これからも身を粉にしてお仕えします!』
身体中を返り血で真っ赤にしたドリックが手を組み膝をつき、洞窟の天井を見上げながらそんなセリフを言っていた。
「やべーやつだ。これ完全にやべーやつだよ。こんな信者いらないんですけど……」
コアは頭を抱えたい気分だった。
そうなのだ。メイハマーレにドリックの相手をさせたら、いつの間にか神にされていた。
意味がわからない。最近はこんなのばっかりだった。
振り回されてばかりではいられないと、コアだって必死に情報収集をして現状の理解に努めている。メイハマーレとドリックの会話だってこっそりバッチリ聞いていた。それでもチンプンカンプンだった。
我が子らからの重い期待。先行きの見えない未来。常人であれば胃に穴が空いてもおかしくないストレスだっただろう。自暴自棄になってしまう人もいるかもしれない。しかし、ここでめげないのがコアの凄いところだ。
コアは度重なる苦悩の末、色々なことを考えるのを止めて、物事をシンプルに捉えると言う悟りを開いた。すると、途端に自分がすべきことが見えてくる。
あの時の二人の会話をシンプルコア的に要約するとこうなるのだった。
『凄いダンジョンを期待している』
何だそんなことかと。いつも通りじゃないかと。
その事に気がつくとコアの気持ちは一気に楽になった。いつもの自分に、少しだけ神っぽいフレーバーを加えればいいだけだったのだ。
凄いダンジョンにしたいのはコアだって同じ。むしろその期待はダンジョニストとして望むところだった。そして都合の良いことに、神アピールをするのに丁度良いものが既に用意してあったのだ。
「くくく。テーマを何にするかで少し悩んでいたが、これで決まったな!」
それは――第三階層。
前回、アテンが持ち込んだ大量の戦利品は、新階層の追加すら齎していた。
今のところ、冒険者たちに攻略される気配が無いのも相まってまだ保留にしていたが、とうとう手をつける時がきたようだ。
「あれをやり始めると時間を忘れて監視が疎かになりがちだけど、今はダンジョンも安定してるからな。存分に作り込めるぞ! あああ、ワクワクしてきたあああ!!」
禁断症状のようにバイブレーションするコアのボルテージが高まってきたところで、聖域の入り口にメイハマーレが転移してきたのが見えた。
その瞬間、コアのテンションがすん、と元に戻る。これも理想の主像を守るために鍛え上げられたコアの切り替え術だった。
(メイハマーレは、転移で御方の前にいきなり現れるのは失礼って言って、少し距離をあけてくれるんだよな。いやー助かるわ)
メイハマーレが気遣いのできない子だったら、コアの化けの皮はとっくに剥がれていただろう。それはそれで気持ちが楽になったかもしれないが、ここまできたらコアにだって張りたい意地がある。
行けるところまで行ってやるぞとコアが決意を固めていると、宙を滑るように移動してきたメイハマーレがコアの前で畏まり、報告を始めた。
「御方、あの人間の禊の儀式が終りました。人間としての心は完全に壊れ、今や神に仕える忠実なる僕です。どうぞお好きなようにお使いください」
要りません、と即返却したいところだったが、メイハマーレが時間を割いてまで仕込みをしたのだ。今後、何かに使う場面があるのだろう。そこはもう諦めた。
だが、できることなら訂正しておきたいこともある。無駄だろうなぁと思いながらも、コアは一応の抵抗を試みた。
「神、か。ふふふ、俺はそんな大層な存在ではないさ」
割り切れるとは言え、ハードルは低い方が何かと良い。何気なくを装って否定してみるコア。
「……そうでしたね。今の御方はダンジョンコアで有らせられました。失礼致しました」
(『今の』って何やねん! ……ハッ!?)
コアにこの先ジョブチェンジする予定などない。もし、この玉の体を破って、中から真の姿をしたコアが現れる時がくる、と思われていたら詰んでしまう。
恐ろしい未来に気づき戦慄するコア。対応策を考えようとするも、メイハマーレが話を進めてしまうので出来なかった。
「ところで御方。先ほど、アテンから計画の第一段階が終了したとの知らせがありました。その際に御方への貢物ができたそうで、それがそろそろこちらへ届く時間です。取りに行って参りますので少しだけ外に行って来てもよろしいでしょうか?」
メイハマーレの報告にコアはツッコミが追いつかない。
(いつ連絡とったんだよ……。ていうか、今更だけど組織の長が把握してない計画が勝手に進んでるのってやばくない? 報・連・相はしっかりするべきだと思うんですけどお?)
自分の知らない計画の第一段階が終わったと言われても「はぁ、そうですか」としか言えない。しかし、毎度の事ながらそんなことを言えるわけもないので、コアはそれ以外に対して返事をすることにした。
「貢物か。相変わらずアテンはマメな奴だな。それはそうとメイハマーレよ。その言い方だと、ついに委任をかけたまま範囲外に出れるようになったと言うことか?」
それは以前ダンジョンワームが自分で言っていたことであり、今後の防衛戦力を高める上で重要なことだった。
「はい、御方。まだ長時間の維持はできませんが可能になりました。これでウォーターワームとの訓練もいつでも開始することができます」
「ほう、それは素晴らしい。ウォーターワームの進化が待ち遠しいな。うむ、話はわかった。行ってきてよいぞ」
「はっ、畏まりました。では、御前失礼致します」
そういうとメイハマーレは自分の背後にゲートを作り出し、下がるのと同時に姿を消した。スタイリッシュな退場の仕方にコアは感心する。
「やだっ、なにそれカッコイイ。……昔は、お尻を振って可愛かったんだけどなぁ」
昔を懐かしむような呟きが零れる。
もう一体、ダンジョンワーム作ってみようかな、と冗談半分で考えるコアであった。
――雑魚だった。
クイーン、ただの雑魚だった。
新天地は、魔境だった。意識を半分手放したような状態で、同じことが何度も頭の中を駆け巡る。
「お前は御方のご加護を得られないから、食料は私が外から取ってくる。この階層が成長して食べ物が実るようになったらそれを食べてもいい。御方からご許可はもらっているから大丈夫。……聞いてる?」
「ぎぃっ!?」
至近距離から殺気を当てられて気を失いそうになる。
だが、あまりにも情けない姿を見せれば消されるかもしれない。クイーンは根性で耐えた。
「アタシは同じことを説明するのは好きじゃない。よく聞く」
「ぎぃ……」
クイーンは弱々しく返事をするので精一杯だった。
紅蓮の洞から出た後、クイーンはアテンの言うように新天地となるダンジョンに向かった。
分かりやすい目印を用意しておくとは言っていたが、それが何なのかは聞いていなかったので注意しながら飛んでいると、いきなり目の前に人間の子供、いや、『人間のような形をした何か』が現れたのだ。
その瞬間、わけもわからないままクイーンは死んだと思った。
本能が、この『何か』を前に、自分が生きているのはおかしいと判断したのだ。
それほどまでの圧倒的実力差、生命としての格の違いを感じた。
クイーンは頭が真っ白になると意識が飛び、そのまま落下してしまった。
気がつくと、クイーンは見知らぬ場所に横たわっていた。古めかしい雰囲気を漂わせる場所だ。体の向きを正し、周囲を見渡す。
ここはどこなのか、なぜ自分はまだ生きているのか、そんなことを思いながらクイーンが移動を開始しようとすると、急に背後から何者かの気配がした。
先ほどまでは何もいなかったはずだ。もしや、先程の『何か』か!? と、慌てて振り返ると、そこには地獄の光景が広がっていた。
クイーンが絶対に勝てないと直感する強者がズラッと並んでいたのだ。その中にはあの『何か』の姿もあった。
「ぎいッ!?」
何らかのスキルで隠蔽していたのだろう。何故そんなことをしていたのかは分からない。自分を驚かせて慌てふためく姿でも見たかったのだろうか。それにしてはこちらを見て笑っているのは手に鎌を持ち、脚が異常に発達しているゴブリン一体だけで、他の者は大半がクイーンに興味が無さそうだった。
クイーンが強者だと感じる者ほどその傾向が強い。その最たるものが『何か』だ。
並み居る者たちの中でも一番奥、ダンジョンコアの少し斜め前の場所に位置し、クイーンを無機質な目で見つめている。
そこにアントビークイーンがいる。その目が映し出すのはそれ以上でもそれ以下でもない。そこにクイーン自身に対する興味は欠片も無かった。
次に黒い……ゴブリンだかオーガだかわからない奴だ。終始腕を組み、目を閉じて佇んでいる。どうかそのままでいてほしいと願うしかなかった。
あとは、ぐったりしている変なワームを抱えている四本腕の……正体不明の奴もそうだ。手元のワームばかり見ていて少しもこちらに意識が向いていない。
いずれも、力があるからこその余裕の態度。その気になればいつでも殺せる。そう言外に告げていた。
そもそもだ。そこにはゴブリンジェネラルやミドルワームなどもいたが、その者たちでさえ勝てるかどうか分からないほどの力を感じた。クイーンの知識ではそれらのモンスターはそこまで強くはなかったはずだ。
このモンスターたちは自分の知っているモンスターではない。ここから先は行動一つ間違えれば待ち受けるのは『死』のみ。
この、生殺与奪の権利が握られているような状況に、クイーンがどう対応すればいいのかわからず焦っていると、ダンジョンコアが自分に話しかけてきたのだ。
正直、そこからの記憶はあまり無い。そんな余裕のある状態ではなかった。ただその話し合いの結果、クイーンはある条件と引き換えに、ここで生きることを許された。
あのダンジョンコアがそれを認めなければ、クイーンは間違いなくあそこで殺されていただろう。最大の関門を乗り越えたことに、クイーンは自分のことを褒めてやりたかった。
このダンジョンこそが、あの者の言っていた理想の地。
確かにここなら人間たちに殺される心配はないだろう。
あれほどの強者たちを従えているのだから、ダンジョンコアの手腕も信頼できる。クイーンは僅かな労働をしていれば、それだけで生きていられるのだ。それはとても素晴らしいことだと思う。
ただ、心穏やかに過ごしていけると言う話はどこに行ったのかと、それだけが気掛かりなクイーンだった。
――第二章、完――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます