第37話 とばっちり
(成る程。これがアテンの言っていた……。ふふ、御方もお人が悪い)
既に承知していることをあえてアタシたちに問い、考えることを促し成長に繋げる。御方が稀に取られる育成手法だ。
(知識は武器。知恵は力。元は低能力種族だったからこそよくわかる。頭の良さは時に単純な武力を上回るということを。そして、力と頭脳を併せ持った時、初めて真の強者になれる。御方はそれを伝えたがってる)
ダンジョンワームはチラッと周囲を確認する。
(ここにいるのはアタシとアテン、ウォーターワームにゴブリンストーカー。今回の委任の問題に関しては、今更アタシに問うまでもないことは御方ならご承知のはず。おそらくアテンも理解している。ということは、ウォーターワームとゴブリンストーカーに考えさせることが狙い。御方は今後この二体が重要になってくるとお考えになってる? ……御方の智謀をアタシが理解し切るのは不可能だけど、とにかく、アタシにわざわざ答えを求めてきた意味ははっきりしてる)
「……ほう」
御方が興味深そうな、こちらを試すような、そんな短い言葉を漏らす。ダンジョンワームはその一言に心の中で感嘆せずにはいられなかった。
(お見事です。流石は御方。たった一言で周りの意識をアタシに集中させてしまった。ここまで御膳立てされれば間違いようがない)
ダンジョンワームに答えさせるその意図。それは、「答え合わせをしてあげなさい」ということに他ならない。
これはダンジョンワームも納得できるものだ。確かにこの問題は少々難易度が高い。現状揃っている条件だけでは解決策が出せないからだ。これに正解するには未来を見通す力が必要になってくる。そしてそこまでの思考力をウォーターワームやゴブリンストーカーは持っていないだろう。現に、わかっていなさそうな顔でダンジョンワームが喋るのを待っている。
(おそらく、御方としては考えさせること自体に意義があるとお思いになってる。だからもう十分だろうと判断して二体には答えを求めず、アタシに答え合わせを命じられている。もしかしたら、こういう経験を通じてアタシに序列上位者としての立場を自覚させようとする狙いも……?)
自惚れではないはずだ。実際にダンジョンワームはこのダンジョンではそれだけの位置にいるし、ダンジョンが大きくなり組織体系が複雑になってくればそれを統括する者がいた方がスムーズに事が運べる。今の内から準備を進めておくのは理にかなっているし、ダンジョンワームは御方からのその期待に絶対に応えてみせる覚悟がある。
(どこまで先を見通していらっしゃるのか検討もつかない。嗚呼、至高の御方。貴方様にお仕えできる幸せをアタシは決して忘れません)
一通りの考えをその優れた頭脳で高速で処理すると、満を持してコアからの質問に答えようとする。しかし、ここでダンジョンワームに欲が出る。
(……待って。これは、チャンス? 御方の思惑をしっかり理解した上で行動できるとアピールするチャンス? 御方にはそのさもしい考えを瞬時に見抜かれるだろうけど、お優しいからきっと熱意は評価して頂ける。そしてこいつらにはアタシとの差を見せつけられる。一石二鳥)
御方にアピールするチャンスはそう多くない。この機会を逃すまいとダンジョンワームは早速行動に移した。
『アタシのその考えとは、……ゴブリンストーカー。何かわかる?』
「はっ!?」
ダンジョンワームからの突然のパスに慌てふためくゴブリンストーカー。どことなく御方からも驚いているような気配を感じる。
『ゴブリンストーカー、よく考える。現状手詰まりなら取れる方法は多くない』
「いや、いきなり言われてもよ!?」
ゴブリンストーカーからは非常に動揺している様子が見て取れた。答えは全然わからないが御方の手前、自分に話が振られたからには何かしら答えないといけないと焦っているようだ。
(……ちょっと可哀想になってきたかも。御方の前で情けない姿を見せるのは誰だって嫌だし、凄いプレッシャーになる。でも追い込まれてる時が一番成長するし……。どうしよう)
ダンジョンワームが手を差し伸べようか悩んでいると、憐れなゴブリンストーカーを救い出す救世主が現れた。
「……ダンジョンワームよ。ゴブリンストーカーはそもそも、委任の能力に関して詳しくは知るまい。ずっと訓練に明け暮れていたのだからな。この問題に答えよというのは些か酷だろう。……ゴブリンストーカー、お前が頑張っていることはちゃんとわかっているからな。落ち込んだりするんじゃないぞ?」
「お、御方!!」
自分の窮地を颯爽と救い出してくれた慈悲深き御方を感動の面持ちで見つめるゴブリンストーカー。
(……やりすぎた。反省。でも、どことなく御方はゴブリンストーカーに甘い気がする……。それだけ気に掛けていらっしゃる? やっぱり将来自分のライバルになってくる可能性が高いのかも)
ゴブリンストーカーに対する警戒度を上げておこうと決めてから、じゃあウォーターワームなら問題ないだろうとそちらを見るとあからさまに顔を逸らされた。
(まあ、目的も達成できたし、もういいか)
わかってないウォーターワームに聞いてもさっきと同じことになりかねない。今度は自分の評価が下がるかもしれないし時間の無駄だ。ダンジョンワームは改めて自分の考えを御方とその他に伝えることにした。
『失礼、いたしました。では、改めまして。アタシの考えですが、策と言うほどの、ものではございません。今すぐというわけには、参りませんが、委任による能力の上昇と、もう一段階の進化を経れば、委任の行動範囲の制限を、一時的に緩和できるようになると、思っております』
委任とは何か。その能力の大部分はダンジョンワームをして詳しく説明することはできないが、行動範囲の制限についてならばわかる。それは言い直せば空間の制限だ。第二階層を囲む見えない壁のようなものが形成され、委任を付与されたモンスターのみを通さないようにしているのだ。
この個別に識別する空間の壁が少し厄介で、いつも異空間に干渉する時よりもずっと力を使わなければならない。委任による能力アップだけでは足りないだろうと感じるほどだ。
その上、その空間を突破して行動範囲を誤魔化しつつ、ウォーターワームと戦い終わるまで維持し続けるとなると、進化することが必須となる。
すぐに結果を出せない曖昧な作戦で情けなさと申し訳なさが積み重なっていくが、ここ最近のウォーターワームとの命を懸けた殺し合いによって、進化までそれほど時間が掛からないだろうことは幸いだった。
『あやふやな計画で、申し訳ございませんが、必ず、結果は出してみせます。ですので、どうかウォーターワームにも、委任を、お与えください』
『ワタクシからもお願いしますわっ!!』
ウォーターワームと二体揃って御方に頭を下げる。ウォーターワームが先のことを考えているかは甚だ疑問だが、とにかく委任を付与して頂いていたことに酷く固執していたので、その姿には必死さが滲み出ている。
(でも、既に結果はわかってる。これは御方が定めた予定調和に過ぎない。ウォーターワームが懇願し、それを了承することでウォーターワームは一生懸命になる。そしてそれはアタシの進化を早めることに繋がっていく。これが、考えるということ。我が主でありながら少し怖ろしく感じる。御方の手にかかれば、全てが始まる前に終わってる。人間共がいっそ憐れ)
ダンジョンワームが主の深謀遠慮に畏怖の念を抱いていると、ダンジョンワームの考えを肯定するかのようにコアが喋り出す。
「頭を上げよ。ダンジョンワームよ、後々のことまで計算に入れた見事な考えだった。お前のことを信頼し、その願いを聞き届けることにする」
『ありがとう、ございます! 御方のご期待に、添えるよう、これからも、精進いたします』
「うむ。そしてウォーターワームよ。これからの働きに期待しているぞ?」
『勿論ですわっ! ワタクシがこのダンジョンで一番強くなって御方をお守りいたしますわ!』
「はっはっは! その意気だ! では委任範囲を調整する故、しばし待て。ダンジョンワームよ、お前たちの委任箇所は隣り合っている方が都合が良かろう? ……ああ、先程の欠陥修復の影響で、お前に任せる委任範囲が狭くなってしまったのだ。言ったことを違える形になって済まない」
『滅相もないことで、ございます! 任された範囲を、全力で、守護する所存です! 委任箇所については、そのようにお願いいたします』
「相分かった。ではそうだな……ウォーターワームにはこの先にある湖を任せようか。頼んだぞ」
『わかりましたわ!』
「では移動してくれ。湖に着いたら委任を付与する。ダンジョンワームはここでいい。委任してから範囲を確認してくれ」
『承知、いたしました』
喜び勇んでウォーターワームが這いずっていく。それを見届けてからしばらくすると委任が付与された。久方振りに委任による全能感がダンジョンワームを包み込む。
「さて、今回の計画で俺がしてやれるのはここまでだな。後はお前たち次第だが、きっと上手くいくと信じているぞ」
御方の言葉にその場に残っていた者が全員跪く。
「御方の理想とダンジョンの発展のために、必ずやお役に立つ成果を上げて御覧に入れます」
『どのような、侵入者が来ようとも、尽くを打ち滅ぼす、牙となりましょう』
「よし、栄えあるダンジョンの未来のため行動を開始せよ! ダンジョンワームとウォーターワームが訓練できるようになるまで、相手はアテンやブゴーが務めるように取り計らえ」
(……ブゴー?)
御方から聞き慣れない言葉が飛び出す。アテンも少し困惑しているのがわかる。
「御方。ブゴーとは……?」
「ああ、言ってなかったな。お前の訓練の甲斐あって、この間進化した黒いゴブリンがいるであろう。その者の名だ」
御方から告げられた衝撃の事実に愕然とするダンジョンワーム。
(ホブのこと!? 名前……先を越されたッ! 次に名を頂くのはアタシだと思ってたのにッ)
予想していなかった者に自分の目論見を崩されて思わず嫉妬心が芽生える。
(どうして……どうして名を頂けた? 進化? そういえば、ゴブ座衛門の時は別として、アテンが名付けして頂いたのも二回目の進化が終わった時。今回のホブも二回目の進化。つまり、進化を二回果たすと褒美として名前を頂ける……?)
少ない情報から推測することは確実性に欠けるが一応の共通点としては間違っていない。ダンジョンワームの心に火が灯る。
(あと少しでアタシも名を頂ける。これ以上他の奴らに先を越されるわけにはいかない! 上の立場とか考えてる場合じゃなかった。油断してるとすぐに抜かれていく。一刻も早く進化する!)
逸る気持ちの片隅でダンジョンワームは思う。もしかしたら、これこそが自分に答え合わせをさせた本当の理由だったのかと。あの日、自分のことを戒めたつもりだった。しかしどこかで慢心が残っていたのではないか。御方はそれすら見抜き、より自分を高めさせるために今回の流れをお作りになられたのではないか……。
ダンジョンワームの体がブルリと震える。賢くなればなるほど、その深淵が見えなくなっていく。
かつてアテンが相対した底知れぬ恐怖を、ダンジョンワームも身を持って味わっていた……。
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