第34話 完成

 程なくして作戦は完了した。予想されたアクシデントなどもなく、コアはホッと息をついた。


 外の様子を見ることができないコアにとっては長く感じた時間だった。戻って来たゴブリンストーカー、ダンジョンワーム、アテンの三体を労う。


(さてと、それじゃあやってみますかね)


 現在ゴブリンストーカーとダンジョンワームはダンジョンエネルギーの供給が止まっている状態だった。それ故、ゴブリンストーカーは落ち着きがなく不安の色を隠せていない。逆にダンジョンワームにはそういった様子が見られず堂々としている。コアに寄せる信頼の大きさが見て取れた。


 ちなみにゴブリンストーカーやダンジョンワームからエネルギーを吸収できるようなことにはならなかった。このダンジョンで生まれたモンスターは侵入者扱いにはならないようだ。ダンジョンエネルギーの確保はそう容易ではない。


 モンスターに対するエネルギーの再接続はコアが保有する能力の中にはない。しかし自分のことだ。コアにはできるという確信があった。


「それでは再びエネルギー、加護を与えるぞ。ダンジョンワーム、ゴブリンストーカー。体の力を抜いて、ダンジョンの大いなる力を受け入れると意識しろ。準備はいいな?」


 二体が若干の緊張を見せながら頷くのを確認すると、コアは再接続を開始した。


 無事パスが繋がったのが感じ取れる。ダンジョンエネルギーが二体に注がれているのも確認できた。ゴブリンストーカーの表情が安堵するものに変わる。コロコロ変わる表情を面白く感じた。


 すべきことを済ませると、コアは第二階層へと移動して完成前の最終チェックを行った。


 やはり素材の関係上、満足のいく出来とは言い難いがそれでもなかなかのものだと自負している。特に、変えられない草の長さや幅を創意工夫でそれなりに見せることができたので充実感があった。


(今度は樹木とか蔓とか苔があるともっと楽しいですダンジョン様!)


 さり気なくお願いを済ませると、いよいよ第二階層造りを完了させる。この後の結果で、コアのダンジョン愛がどの程度なのかがわかる。


 ダンジョンが認めれば、きっとフィールド名――広場一つで構成されている階層の名称――は古代遺跡に関係したものになる。そうでなければ……どうなってしまうのか……。


 緊張の瞬間だった。玉の側面を汗が流れていくようだ。荒くなる呼吸を止めることができず、心臓がバクバク鳴っている気がする!


(しかしできることはやった! 今の俺にはこれ以上のものは造れない! 覚悟を決めろッ、自分を、ダンジョンを信じろ!! いくぞ!!)


 コアは意を決して第二階層造りを終えた。その瞬間、第一階層との繋がりができたことを証明するように、階層入り口に設定した場所に石の階段が出来上がり、第二階層からでも第一階層の様子を見ることが可能になった。階段はその位置の関係上、上り途中で宙に消えるように見えなくなっており、なんともファンタジーを感じさせる。


 真っ白だった周囲の空間は、コアの意思を反映するように天井は青空に変わり、側面はフィールドと同じような景色がどこまでも続いていく。


 華やかに彩られ階層が一気に息づいていく。この一時しか見ることのできない……一つの世界が始まる、奇跡の光景だった。


 そして気になる第二階層の名は。


「ッシャ、オラアアアアアアアアアアアアァァァァァッッ!!!!」


 コアは喜びを爆発させる。コアの歓喜の叫びが第二階層に響き渡った。


 フィールド名――空想古代遺跡。コアの努力はダンジョンに認められた。


「しかも何かついてる!! ただの古代遺跡じゃない! 空想古代遺跡だ! なんだか知らんけどやったどーーーーーー!!」


 なかなか下がらないテンションのままその名称の意味を考えようとする。空想と付いていることが良いことなのか悪いことなのか。どうして付いたのかなど、色々考察したいことがあるのだが、嬉しい・楽しい・ヒャッホイという単語しか浮かんでこない。


 コアは本能で『このままではダンジョン初日みたいになる』と悟った。今は第一階層に我が子らを待たせている状態だ。戻るのが遅くなって心配させるわけにはいかない。


 それに、心配が故に第二階層に降りてきて今の姿を見られでもしたら頑張って築いてきた理想の主像が木っ端微塵になってしまう。それは避けねばならない。


(どうする! 何か、何かないのか!? 強制的に思考を切り替える方法は! 何か!!)


 なかった。


「うわあああああああああッ!!」


 やがて嬉しすぎる感情はコアのキャパシティーを突破する! 暴走を続けて高まり続ける感情が辿り着いた先は――!


「ふぅ……」


 賢者タイムだった。急速に冷静さが戻ってくる。


「……何とかなったか。よかった。そうか、こういう方法もあるんだな。緊急回避の手段として覚えておこう」


 それでも時間が取られたことに変わりはない。コアは取り急ぎ、必要なことだけをまとめていく。


「空想と付いているのが何を意味するか。おそらく、良い意味のはずだ。勘だけど。ただの遺跡と、なんちゃら遺跡じゃやっぱり名前長い方が凄い感じするもんな。やっぱりあれかな。この、色味の少ない構成とかが決め手になったのかな?」


 改めて第二階層を見渡す。形こそ工夫して遺跡然としたものになってはいるが、色は変えられなかったためにどこか非現実的な空間になっている。


 まるで絵本の中に描かれる絵のような抽象的さが、この古代遺跡を空想としたのだろう。


「まあそんなところかな? つか、空想とかあるなら幻想とかもあるのかな……。ジュルリ」


 自分の想像に果てしなく香ばしいニオイを感じて興奮してしまう。


「と、イカン! イカンぞ。そっちには行くな……。よし、第一階層に戻って開通記念式だ!! この喜びを我が子らと分かち合うぞ!」


 どうにか自重できたコアは、首を長くして待っているであろう子供たちを迎えに行くのだった。





『『おおぉ……』』


 第二階層へと降り立ったアテン、ダンジョンワーム、ゴブリンストーカーの三体が揃って感嘆の声を上げるのを、コアは第二階層の最奥の場所で見ていた。本当はコアも一緒に階段から降りて第二階層に入りたかったのだが、生憎コアがいられるのは各階層の一番奥だけらしい。


「一緒の景色を見て感動を味わいたかったんだけどなあ。色々説明したかった! 苦労した点、頑張ったところ、アピールポイント、ダンジョンの素晴らしさ! とかさ! そして褒められたかった!」


 そう呟くコアだが、一緒に降りられなくて正解だったのかもしれない。興奮のままにダンジョンを語るコアに、主としての尊厳など皆無になってしまうのだから。


「まあいいか。ここまで来た時にさり気なく自慢すれば。俺の努力の成果、じっくり見てってくれよー」


 どうしても語りたいコアにとって自慢するのは決定事項のようだ。ここには上司の自慢話を延々と聞かされてうんざりする部下みたいな者は存在せず、むしろ話を聞きたがる者しかいないのが救いであった。


「それにしても、あいつらが第二階層に降りて来れるかが少し心配だったんだよな。そこは問題ないようでよかった。それ如何によっては今後が大きく変わってただろうからな」


 コアは懸念していたことを口にする。階層間のモンスターの行き来の可否。これは第二階層が完成するまで確かめる術が無かったので不安だったのだ。


 スタンピードがあるのだから当然階層間の行き来はできるものとはコアは考えなかった。あれは一種の異常事態だ。一時的にダンジョンの仕組みが変わっていても不思議ではない。


 それを除けば、例えば広場の種類によってスポーンモンスターが変わるように、その地に適さないモンスターは他に移動できないということも有り得た。


 第一階層で生まれたモンスターは第一階層から移動することができず、第二階層は第二階層でスポーンするモンスターで守るしかないとなるとたくさんの時間とコストが掛かってしまう。それに、大きな問題として、第一階層で生まれたアテンやダンジョンワームを危険度の基準として、第二階層に攻め込まれるおそれもあったのだ。どう考えても不味いことにしかならない。


 基本的にダンジョンというものは、階層が深くなればなるほどモンスターが強くなっていくもの。ダンジョンの生存性を考えても、このお約束におかしな点はないとコアは思っているのでそういう未来もあっただろう。


「逆に言うと、この階層のモンスターは上の階層のモンスターよりも強いってことだから、結局なんとかなっただろうけどね。……フフフ、この階層のモンスター、か。あ~~~、早く見たい!! 我慢できんぞお!」


 ウズウズを抑えきれずに小刻みに震えながら、コアは子供たちの到着を待った。





 アテンは、この日のことを生涯忘れない。第二階層の完成は、アテンに大きな衝撃を与えていた。


 第一階層最奥の広場に突如階段ができてから暫し、御方が戻って来られた。そして仰るのだ。「第二階層を見せてやる」と。


 光栄だった。御方が一からその手で創造せし世界を、一番最初にお見せになってくれるというのだから。チラと横目で他の二体の様子を伺うと、自分と同じように感動しているのがわかった。


 階段を降りていくと突然視界が変わった。周りを囲んでいた土の壁が無くなり、空に出たのだ。空に、階段だけが存在していた。


 どのような御業なのか。三体揃って息を吞むタイミングが重なる。階段から落ちたらどうなるのか、そんなことが一瞬頭をよぎるが立ち止まってはいられない。ダンジョン最奥で御方が我々を待っている。


 少し慎重になりながらも階段を降りて岩のような地面に足をつけた。そこから広がる光景に、我々はただ、意味のない声を零すことしかできなかった。


 眼前に広がるは、非現実的な空間。高い場所に作られた第二階層の始まりの地点からは、所々にかつての文明の残り香とも言うべきものが散見される。遺跡を見ていると、繁栄していたのであろう当時と今の違いをまざまざと感じ、郷愁の念を抱かざるを得ない。その儚さと、単調とも言える色味の少なさは、言葉にするなら『空想的』だろうか。ダンジョンの出入口から見える外の世界とは全く違う。


 降りられる所を探し、迷い込むように進んで行く。高低差に富むこの階層は、侵入者にとって大きな障害になるだろう。物陰や頭上、はたまた下からモンスターに奇襲されるかもしれないという精神的な疲労と、岩場の登り降りによる単純な肉体疲労は避けられない。


 地面まで下りると土と草を踏みしめる。一面に広がる草は全て同じ種類に見えるが、一本一本の長さや葉の幅が異なっている。普通のことを言っているようだが、これらの草は、まるで土の中に葉を埋め込んでできるだけ自然に見せようとしているような、そんな不自然さを感じさせた。そういった点もこの階層の非現実さを加速させる。


 一体もモンスターが存在しない階層を歩いていく。御方をお待たせしておきながら歩いて向かうなど本来ならば有り得ないことだが、これも御方から「景色を見ながらゆっくり来い」という指示あってのこと。後でこの階層の感想を求められた時に十全に述べられるようにしっかり見ておく。


 遺跡のそばに差し掛かる。何者かが住むためであろう石造りの建物が並ぶ。建物にはそれぞれ特徴的な刻印が広く掘られており同じものは一つとしてない。綺麗な状態のものもあれば、崩壊しかけている建物もあって実に雰囲気が出ている。特に、長い時間の経過によって風化したのだと思わせる石の表面は見事であり、これが創られたものだと見破ることはできないだろう。


 広場だと思しき場所の中央には天に向かって伸びる四角錐のオブジェクトがそびえ立つ。それぞれの面には何かのモンスターと人型生物の争いが描かれており、見る者にメッセージを発していた。あたかも蔓が巻き付くように幾つもの草が生えており、時間の経過を演出している。


 遺跡を抜け、遠くに見える岩山を目指す。その間、喋るものは誰もいない。地面を踏みしめる音、這いずる音だけが響いていた。


(この階層に生まれるモンスターは、果たしてどのようなものたちだろうか)


 全く想像がつかない。そして、羨ましく思う。第一階層とは違い、御方が一から創り上げたこの特別な世界で生を受けられることを。


(今更どうにもならんことではあるがな。だが、早く生まれたからこそ、私は今ここにいられるのだ。御方のおそばにいられる幸福は限られた者にしか味わうことはできん。私は強くなり続ける。誰よりだ。これからどのような種族が生まれてこようが、『御方のお役に立つ序列』第一位の座は絶対に譲らん!!)


 強く決意するアテンの目に、岩山の入り口に設置してある門が見えてきた。それは、左右に並ぶだけの朽ちた柱。それが等間隔にいくつも奥に続き一つの道を示していた。


 アテンは道の先にある岩山を見上げる。かなり高所に設置された、第二階層の始まりの場所からも窺い知れなかった場所を。自分たちが崇拝して止まない、御方がおわす聖域を。


 第二階層は完成した。自分が称賛を送るのが烏滸がましいほど素晴らしい世界だった。そしてそれは同時に、自分の旅立ちが間もなく訪れることも意味していた。


 一歩一歩前に進む。旅立つ前にこの世界を見れてよかったと思う。強くなりたいという想いを、更に強くすることができたのだから。未だ、御方のおそばに侍るには何もかもが足りないと、はっきり自覚できたから。


(個人的なことではあるが、外に出る重要度が増したな。外に出ればしばらく御方の尊いお姿を拝見することができなくなる。しっかり目に焼き付けておかねば)


 アテンが強さを求めるのは全て御方のため。御方のことを頭に思い浮かべればいくらでも努力できる。


 外で燃料不足にならぬよう、不躾にならぬ程度にしっかりと見つめようと企てるアテンであった。

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