第24話 謎の男

 自分が第二階層でエンジョイしている間に、第一階層最奥の部屋が荒れ果てて、知らない男が跪いていたという場面に直面したコア。どうやら短いながらも話を聞くに、部屋が変わり果ててしまったのはこの謎の男のせいであり、罰を求めているらしい。


 簡素ながらも状況を把握したコアは、謎の男がしきりに自分を上位の存在として扱ってくるので、取りあえずその流れに乗っかってしまうことにした。上に立つ者として相応しいとコアが思う、低くて厳かな声をイメージしながら喋り出す。


「……罰、か。……確かにこの部屋を荒らしてしまったのは、軽率だったな?」


「ハッ。仰る通りでございます」


「うむ。しかし、だ。私は事の経緯を詳しく知らない。罰を求めているようだが、それ如何によっては事情も変わってくる。そうであろう?」


 コアは内心、完璧な問いかけだと自画自賛する。この短い時間で機転を利かせ、自然と相手に説明するような流れを作り出した。これをきっかけにして、自分がいない間に何があったのか。その全てを知る心積もりだった。


「ハッ。そうなのかもしれません。ですが、破壊してしまった事実は変わりません! 時と場合によっては罰の減刑もあるのかもしれませんが、今回は事が事。御方がおわします聖域を汚したこと、許されるはずがございません!」


(頑固かよッ!! 説明しろって言ってんだよ!)


 謎の男は余程義理堅い性格なのか、それともただのマゾなのか、一撃でコアの目論見を台無しにしてきた。コアが人間の身体を持っていたら頭を抱えていたところだ。今の玉の体に感謝する。


 コアにしてみれば部屋が破壊されたところでどうということはないのだ。戻すのに手間がかかるわけでもなければ、なんなら勝手に戻る。謎の男はやたらこの最奥の部屋にこだわっているようだが、コア自身に特別な思い入れがあるわけではない。


 勿論、何の意味もなくただ部屋を破壊したとなればダンジョンに対する不義としてコアだって怒る。しかし謎の男の様子を見るに、そんな性格ではなさそうだ。


 このままだと話が進まなさそうなので、コアは思い切って一歩踏み込んでみた。


「そうか。お前の考えはよくわかった。では、罰を与えよう。……ここであった事のあらましを全て話せ。自らの罪を、自らの口から話すのだ。羞恥、後悔、葛藤。何も隠すことは許さん。この、お前の尊厳に係わる重大な罰をもって、今回の手打ちとしよう」


「御方……」


 何が琴線に触れたのか、謎の男はその言葉にハッとして顔を上げていた。感動している様子がありありと見て取れるその顔に、やはりコアは見覚えがない。


 男の顔は整っていた。堀が深く、力強さと知性を兼ね備えたようなブルーサファイアの瞳に短めの眉がよく似合っている。一つひとつのパーツが奇跡的なバランスで配置され、その美しさはコアが以前の世界を含めて見てきた中でも一番だった。


 男ではあるが、コアがその美しさに見惚れている間、何に感動していたのかよくわからない謎の男はやがてゆっくりと語り出した。


「……わかりました。ではお話しいたします。この有様は、私とダンジョンワームが争った末にできたものです。御方が階層追加でお留守にしている間に、私と奴、どちらが御方のそばに控えるに相応しいか口論になりました。今思えば不敬極まりないことです。それをお決めるのは御方だというのに」


 首を振って自戒の意を示す男は一呼吸おいて気持ちを落ち着ける。ちなみにコアはこの時点で男の正体には薄々感づいていたが、とある理由でその考えを拒絶していた。互いに苦しみを抱えながら男の独白は続く。


「結局話し合いでは結論が出なかったため、ならば実力で決めよう、と。部屋にいたモンスターたちを予め避難させた上で決闘を行った結果、このようになりました。以前の私がどうしてそのような決断をしてしまったのか理解に苦しみます。実に愚かでした」


「……ああ、愚かだな」


「ッ!?」


 地の底から響いてくるような低い声で明確な非難をされたことで、男の身体がビクリと震え、より深く平伏する。しかしコアの心はここにあらずだった。


 コアはダンジョン内を見回してみる。するとすぐに一体だけモンスターがいなくなっていることに気付いた。そしてこれまでの会話を思い出す。


(そばに控えるに相応しい。階層追加時に俺の前にいたモンスター。ああ。ああ、最早間違いない、か)


 コアの脳内に映るモンスターと目の前の男があまりにも違い過ぎるので未だ実感が湧かないが、そろそろ認めないわけにはいかないだろう。


 唯一の類似点である額から生えている一本の黒い角を見ながら、男に語り掛ける。


「立て。……ゴブ座衛門」


 その有無を言わさぬ圧力が込められた言葉に、ゴブ座衛門が瞬時に立ち上がる。コアはその姿を改めてまじまじと見つめた。


 身長は一メートル八十センチを超えているだろう。そしてその肉体には無駄なところがなく、いわば一流アスリートのそれ。元々筋肉はそれなりに付いていたゴブ座衛門だったが、今までは線が細く、どこか頼りなく映ってしまうところがあったが今ではその面影は無い。その肉体が織りなす曲線美と圧倒的存在感は最早芸術の領域。見る者の本能を刺激し、魅了せずにはいられない。


 その完璧な肉体を彩るのは少々変わった衣装と多数の装飾品だ。上半身の上質そうな赤い布には金糸で凝った意匠が施されており、それをベストのように羽織っている。ベストをつなぎとめる組紐やボタンの一つひとつにも細かな手間がかけられ、ベストの合い間に映る肉体の魅力を増幅させている。


 下半身は、こちらも質が高いと思われる白い布をスカートのように巻き、上半身のベストよりも暗めの赤を基調とした逆三角形の前掛けをし、それらを先端が尖った形状の長い紺色の帯で留めていた。足首にはやはり金色のアンクレット、履物としてレザーのサンダルを着用していた。


(全然違うじゃん。前と全然違うじゃん!! どうして俺の見てないとこで進化するんだよッ! これ絶対凄い進化のやつじゃん。進化の仕方に違いがあったかもしれないやつじゃん! 見たかったー。すっごい見たかったー。なんか服着てるし。もう人じゃんこれ。ゴブリン要素どこいったの? カッコイイ格好しちゃってさあ。あれだ、ファンタジーゲームに出てくるどこぞの民族のプリンスって感じ? はあ、ウォーターワームの時の失敗を繰り返すとは。へこむ)


 様々な感情が怒涛のように押し寄せコアの頭を埋め尽くす。そして、玉の癖に明らかにガッカリしているとわかる様子を見せるコアを見て、ゴブ座衛門が苦し気な表情を浮かべる。


(失望されてしまった……。くっ、なんということだ。御方に心労をお掛けしてしまうとは。このゴブ座衛門、一生の不覚!)


 大切な聖域で破壊行為を行ったのだからこうなることは当然だった。進化前の自分はそんなことにさえ気付かなかった。あまつさえ、進化直後には御方に褒めて頂けるかもしれない、喜んで頂けるかもしれない、これで漸く御方とお話しすることができる、などと大それたことを考えてしまった。そのような浅はかな考えがこの結果を招いたのだ。


(こんなことではいかん。この程度で喜んでいるようでは。大切なのは私が喜ぶことではなく、御方にお喜び頂くこと。更に精進し上を目指さねばッ。そして此度の失敗をぬぐえるような何かしらの成果を!)


 互いに思考の渦に埋もれて行く間に、いつの間にか重苦しい空気になってしまった。いち早くそのことに気付いたコアは年の功による気分の切り替え術により復活し、悪い空気の払拭にかかった。


(過ぎてしまったことはもうどうしようもないじゃないか。切り替え切り替え! というか、俺は何をしているんだ。俺の目の前に、たゆまぬ努力を重ね続けてその結果を示しているゴブ座衛門がいるんだぞ! 褒めないでどうする! それでもダンジョンコアか! しっかりしろ!)


 常にボロボロになりながら時に他のホブゴブリンたちの訓練相手も勤め上げ、それ以外はコアのそばでシャンと背筋を伸ばして待機していたゴブ座衛門。その努力を、コアは誰よりも見ていたはずなのに。


(自分の欲望に囚われてゴブ座衛門をないがしろにしてしまった。まだゲームのような感覚が抜けないのか。生きてるんだ。現実なんだ。しっかり相手のことを見てやらねば!)


 苦悶の表情を浮かべるゴブ座衛門に静かに語り掛ける。


「ゴブ座衛門よ。今回の件、確かに反省すべき点はあるだろう。だが、その失敗は次に活かせばよいだけだ。お前は賢い子だ、信頼しているゆえ、これ以上は何も言わん。だから、そんな苦しそうな顔をするな」


「御方……」


「愚か、と言ったことは取り消そう。正直言うとな、俺は見たかったんだよ。お前が進化するその瞬間を。お前の努力がまた一つ実を結び、報われる瞬間を。その感動を分かち合いたかった。お前たちが成長するところを見るのは俺の何よりの楽しみの一つなんだ。それを逃して残念に思うあまり、キツイ物言いになってしまった。済まなかったな」


「御方が謝られることなど何もありません! この身は全て御方のためだけに存在するもの。それなのにその意を理解もせず、御方の願いを踏みにじった私には正に愚か者という言葉が相応しいでしょう。御方は全てにおいて正しく、間違いなどあろうはずがございません!」


「……ふ。お前という奴は、本当に堅いな。ああ、それもこれも、こうして会話できるまでわからなかった。ずっとお前と話してみたいと思っていたよ。立派になったなゴブ座衛門」


 コアの言葉がゴブ座衛門の胸にズドンと響く。崇拝する主から自分を肯定する言葉を頂けることの破壊力は想像を絶した。ゴブ座衛門を至福が包み込み悶絶しそうになるが、どうにかこらえて感謝の言葉をひねり出した。


「身に余るお言葉ッ! ありがたき幸せにございます!」


「うむ。今日は階層追加やゴブ座衛門の更なる進化など喜ばしいことが続いたな。そうだな、これを祝して、ゴブ座衛門。今のお前に相応しい新たなる名前をやろう」


「ッ!?」


 ゴブリン要素が全くないのにゴブ座衛門というのもおかしな話だ。違和感しか感じないのでこれを機にちゃんと名付けてやることにする。


(うーん。言ったはいいがどうするか。やっぱりプリンスって印象が強いんだよなあ。それをカッコイイ感じで……それとゴブリンから進化を果たしたという雰囲気を残しつつ……)


 あれこれ考えてみるものの、なかなか良い名前が決まらない。コアの中でプリンスっぽさとゴブリンという名前はミスマッチ感が強く語呂が悪いものしか浮かんでこない。


 あまり期待に満ちたゴブ座衛門を立ったまま待たせているのも何なので、ここは直感で思いついた名前にした。


「……アテン。お前は今からアテンだ。新しい名に恥じぬ活躍をこれから期待しているぞ」


(うん。いいんじゃないか? ゴブリンのンも入ってるし。今の容姿にもなかなかどうして、しっくりくるじゃないか!)


 自分のネーミングセンスに満足していると新たな名をもらったアテンが勢いよく跪いた。


「ありがとうございます! 御方に頂いた素晴らしき名前に恥じぬ働きをすることをここに誓います! この身この命は御方のために!!」


 明るく気合の入ったはきはきとした声に、喜びの度合いが表れていた。どうやら気に入ってもらえたらしい。コアの名前プレゼント作戦は功を奏し、重苦しい雰囲気を払拭することに成功した。


「はっはっは。うむ。頑張ってくれたまえよ。まあ立て、アテン。それでは話しづらいだろう?」


「ハッ!」


 アテンが立ち上がり一区切りがつく。第一階層に戻ってきてから怒涛の展開だったので色々確認することが残っていた。落ち着きを取り戻したコアは、まず冷や汗をかくことになる。


(ほげえええええええ! アテン、おまッ。どんだけエネルギー吸ってんのよ!! やめてくれえええ!)


 進化したアテンへのエネルギー供給量が凄いことになっていた。その量は委任を付与したウォーターワームすら軽く超えている。この先が心配になってくるレベルだった。


 階層追加のこともあり増々エネルギーが必要になってくる段階においてこれは嬉しくない事実だった。いつまでもエネルギー問題はコアを悩ませてくる。


(ぐぬぬぬぬぬ……。いや、我が子らを養うはコアの甲斐性よ。腕の見せ所じゃい! こうして考えるのも楽しいしな! ハッハッハ!)


 一先ずカラ元気で問題を先送りにしておく。未来のことは未来の自分がきっとどうにかしてくれるはずだ。それに、元々のアテンの力量を考えれば、このエネルギー消費量はそれだけアテンの強さを表していると思ってもよいだろう。悪いことばかりではないと前向きに考えるコアだった。

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