第六章 六期生(前)

第77話 姉の代わりにVTuber 77


 ◇ ◇ ◇ ◇


「やっほ~~!

おはこんばんにちはッ!! 堕血宮 リムです!

今日はリムのチャンネルじゃない、企業さんのチャンネルで投稿してま~~す!」


リムの声色は緊張感が漂っており、いつもよりも少し固い印象の声で、元気よく挨拶を始めた。


「まぁ……、お気づきの通り! 今回は普通の配信では無くてですねぇ~~。

なんとッ! DMFさんの新作ゲーム。

『反転裁判7』の方をプレイさせていただけるという事で、企業様案件となっております!!」


いつもとは全く違う配信環境、そして、今回のゲーム実況は生配信では無く、動画投稿という事もあり、慣れない初めての環境だった。


「――正直ね、六期生一発目の企業様案件という事で、かなり緊張してますが、このゲームの魅力を皆様に伝えられるようにね。

精一杯頑張りたいと思いますので、お付き合いの程、よろしくお願いします!!」


リムとしてのキャラクターのブレはそこまで大きくないが、いつも以上に丁寧な口調に、しゃべっている穂高すら違和感を感じていた。


あくまで姉である美絆が言いそうな事を、会話の中に含みながら、穂高は進行を進める。


(今回の案件は、動画で出すし、盛り下がったり、流れが微妙なところは、編集で上手くカットしてくれるって言ってたけど、気楽には出来ないよな~~。

配信前に入念な打ち合わせなんて、姉貴の代わりを引き受けた当初でしかやって無かったし……。

動画で出す予定だから、もちろん一般な視聴者はいないけど、顔の見える企業の人とかが俺の配信見てるし、変な緊張はするよな……。

――――なんか、リムの代打を引き受けるときにやった、あのテストを思い出す……)


リムの正体はもちろん隠している為、企業の人達は画面に映るリムの配信風景、録画風景しか見えず、撮影を行っているリムの画面とは別に、ジスコードで連絡を取り合っていた。


ジスコードに関しても、リムのアイコンは非表示になっており、穂高の方から一方的に企業の人たちの顔と、マネージャーである佐伯(さえき)の顔が見えていた。


佐伯は依頼先の企業の会社へと出向いており、穂高は慣れた配信環境がある家で、いつものように撮影を行っていた。


「正直、私はこの『反転裁判』シリーズを一作もやった事は無くてですね~~。

長寿タイトルだから、勿論名前は知ってるし、どういったゲームかは知ってるんだけどね?」


穂高は生配信ばかりをやって事もあり、録画、編集、リテイクといったものがある動画で撮影をした事が無かった。


今日の為に色々と考え、動画用に配信スタイルも変えようかとしていたが、どれもしっくりは来ず、結局いつもと同じような、配信スタイルを取っていた。


「えぇ~~、実はですね、このゲームをやるにあたって色々企業さんから教えてもらったんですけど。

シリーズとして続いてはいるみたいなんですけど、どうやら途中のナンバリングからも新規に入れるみたいで、私と同じで手を出しずらく感じてる人もね?

是非とも手に取って、プレイしてもらいたいです!」


穂高は、佐伯から撮影する為に貰った資料を見ながら、ゲームの概要について簡単にさらっていった。


「――っとまぁ、こんな感じで、事件を解決していくみたいです。

まぁ、やった事の無い私の説明を聞いてもね? ゲームの魅力を一割も伝えられないと思うので、早速やっていきたいと思います」


穂高は口を動かすにつれ、段々と緊張が解け、いくら長々と喋ったとしても、編集で見やすくしてくれると腹を括り、のびのびと撮影する方針へと、流れを変えていった。


そうして、宣伝の動画を30分の動画として出す所、撮影を三時間と、たっぷりと時間を使い、企業の案件を穂高はこなした。


(――撮影時間三時間…………。

時間使い過ぎもいいところだよな……。

姉貴、六期生のみんな……、すまんッ!! もう、案件は飛んでこないかもしれない……)


宣伝を請け負った身であった穂高だったが、後半はゲームの面白さもあり、普通にのめりこむように楽しんでしまっており、じっくりプレイしてしまっていた。


全てを終えた後、穂高は半分放心状態であり、後悔の念ばかりが頭の中で浮かんでいた。


OKコールが出され、撮影を終えた状況だったが、撮影を終えるや否や、企業側は指示が飛び交い始め、佐伯も動画を出すにあたっての、細かい条件を取引先に伝えていた。


「あ、あの~~、撮影時間こんなに使ってしまってすいませんでした。

動画時間30分予定だと思うので、バッサリとカットしてください」


ジスコードを繋ぎっぱなしだった穂高は、しばらくの間、会話に置いてけぼりの状況だったが、少し会話が途切れたところで、リムの声そのままに、申し訳なさそうにジスコードに入っている企業サイドへ謝罪をした。


「え? あ、あぁ、そんな事気にしなくても大丈夫だよ!

むしろ、こんなに撮影に付き合付てくれてありがとう!!

今回、遊んでもらうチャプターもこれくらいの時間はかかる事を想定してたしね!」


「――そ、そうですか……」


明るく言葉を返してくれた取引先だったが、穂高はその言葉を素直に受け取る事が出来なかった。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「お疲れ様、穂高君!」


撮影、その後の打合せを終え、穂高と佐伯は別のグループで、ジスコードを繋ぎなおしていた。


「――普通の配信より気を使いました……。

リムの代打を引き受けた当初は、配信に流れるコメントが怖かったりしましたけど、今となっては、コメントが流れてくれてた方がありがたいですね……」


穂高はどっと疲れた様子で、佐伯に本音を零した。


「佐伯さん……、正直、俺の今日の撮影ヤバくなかったですか?

正直、面白く撮れてるのか分からないです……。

ゲームの魅力も上手く伝えられているかどうか…………」


今まで、配信をこなしてきた穂高はそれなりに、自分の中で自信を付けて来ていたが、今日のあまりの無力さに完全に自信を無くしていた。


「気にしすぎ。

企業さんもお礼言ってくれてたでしょ?

まぁ、最初は思った以上にガチガチで、見てるこっちもビックリしたけど」


「企業さんのあの言葉は社交辞令なんじゃ……?

――確かに、最初の方の緊張はヤバかったですね。

最初の方は、何言ってたか思い出せないです」


「そんなにッ!?

私は、穂高君は六期生の中じゃ一番度胸がありそうだと思ってたけどね。

失敗する失敗するって言われてた成代わりも、たった数週間の準備でぶっつけ本番も成功させてたし……。

今じゃ、そつなく配信もこなせてるし」


佐伯は、心の底から思っている事を続けて穂高に伝えるが、イマイチ届いている様子はなく、少し、考え込んだ後、続けて話し始める。


「そういえば、穂高君のおかげで新しく、ゲームの配信の許可が下りたのよ?

少し古いゲームだけど、今回の件もあって「反転裁判」シリーズの3までは、配信してもいいって……。

これでもまだ、今日の撮影の出来が良かった事を信じられない??」


佐伯はまだ口約の段階での話だったが、そんな話題も出ていた事を穂高に伝えた。


「ほんとですか……?」


「ホントよ~~!

やっぱり、私の見立ては合ってたわけよね!」


「見立て…………?」


気になる言葉に穂高は思わず聞き返す。


「あぁ、今回の仕事の担当は実は、私がリムを推薦したの。

アッチサイドは特に、やって欲しいタレントとかが固まってないみたいだったし……」


「なんで、俺なんですか??

ゲーム上手い奴ならもっと他にもいると思うんですけど……」


選んで推薦してくれたことは、素直に嬉しいと穂高は感じてはいたが、純粋に考えれば、自分以外にも多くの適任がいるだろうと思い込んでいた。


「穂高君が自分で配信すると決めて持ってきたゲームに、サッカーゲームがあったでしょ?

あれ見て、穂高君のリムなら、こういったあまりメジャーに配信されていないゲームタイトルも、上手く宣伝できると思ったのよね……。

自分でも気づいてる節があるんじゃない? メジャーなアクション、FPSといったゲームよりも、こういったあまり動きの無いゲームの方が得意なんじゃないかって……。

穂高君は男性だけど、ニッチな物だったり、人気タイトルだけれど、すこし王道から外れたような、そんなゲームをあんまり知らなそうだから、いい機会だし、まずはミステリー物、謎解きゲームをやって貰ったわけよ」


「――企業案件で、よくそんな半分賭けみたいな事が出来ますね……。

もし、上手くできなかったりしたら問題でしょうに……」


「んん~~、まぁ、確かにリムでそういったゲームの配信は無いし、『チューンコネクト』全体で見ても珍しいから、賭けみたいなところもあったけど……、でも、自信はあったからね~!」


激しく気の使う、難しい撮影だったが、穂高はここまでの話を聞き、この企業案件はやってよかったとそう思った。


そして、そう思うと同時に、また配信の企画を考えていた穂高に、新しい道を指し示してくれた佐伯に感謝をし、自分の事、リムの事をよく見ているのだなと少しだけ感動した。


「いやぁ~~、他の六期生も堂々としてきたし、リムの企業案件も無事終わって、安泰だなぁ~~。

そろそろ五期生の一周年記念もあるし、夏に入ればイベントも盛りだくさんだしね!」


案件も無事に終わった為か、佐伯はいつになく上機嫌であり、近い未来、来る様々なイベントに心躍らせていた。


「二か月後には、リム達も先輩になる事だし!

楽しみも盛り沢山ね!!」


「――え…………?」


上機嫌のままに、ポロリと零した言葉に、穂高は驚き、呟いた。

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